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第55回アジア・太平洋研究会 -科学技術イノベーションを巡る最新事情-
「ASEAN・インドの半導体産業の現在地」
(2026年6月19日開催/講師:熊谷 章太郎)

日  時: 2026年6月19日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 熊谷 章太郎 氏
日本総合研究所 調査部 主任研究員

講演資料: 「第55回アジア・太平洋研究会 講演資料」(PDFファイル 1.4MB)

YouTube [JST Channel]: 「第55回アジア・太平洋研究会 動画

熊谷 章太郎(くまがい しょうたろう)氏

日本総合研究所 調査部 主任研究員

略歴

2008年(株)日本総合研究所入社、2011~2012年内閣府経済社会総合研究所(出向)
2015~2017年 三井住友銀行シンガポール支店新興国戦略本部/アジア・大洋州統括部(出向)
2024~2025年 オーストラリア国立大学 クローフォード公共政策大学院(兼職)などを経て現職
専門はタイを中心とする東南アジア経済と、インドを中心とする南アジア経済


第55回アジア・太平洋研究会リポート
「ASEAN・インドの半導体産業の現在地」

米中対立の激化やトランプ政権下での通商政策の変化を背景に、グローバルな半導体サプライチェーンは大きな転換点を迎え、東アジア集中の見直しが進んでいる。その中でASEAN諸国とインドは新たな生産拠点として注目を集め、各国政府は国家戦略のもと外資誘致・人材育成・インフラ整備を進めているが、各国のビジネス環境や産業基盤は大きく異なり、競合・補完関係も複雑化している。

こうした状況を踏まえ、当センターでは株式会社日本総合研究所 調査部の熊谷 章太郎氏をお招きし、マクロ経済の視点から「ASEAN・インドの半導体産業の現状、各国の取り組み、競合・補完関係、日本への示唆」についてご講演いただいた。本報告は、個別企業の動向(ミクロ)ではなく各国産業のビジネス環境・制度等の全体像(マクロ)を体系的に捉え、各国間の競合・補完関係を多角的に分析する視点を重視している。

一、世界の半導体産業の潮流

熊谷氏はまず、技術は米国で誕生し、1950年代以降は日本、1970年代以降は韓国・台湾・シンガポール・マレーシア、1985年のプラザ合意を契機に1990年代はタイ・インドネシア・フィリピン、2000年代の中国WTO加盟以降は中国・ベトナムへ産業が拡大し、2010年代半ば以降は米中対立や中国の労働コスト上昇を背景に、東南アジア回帰とインドへの分散が顕著になったと概観した。

サプライチェーンの構造について、熊谷氏はSIA統計に基づき、2019年時点で素材・前工程・後工程は東アジアに集中し、設計は米国が強みを有していたと説明。バイデン政権は前工程をCHIP4(日米台韓)・欧州で、後工程をASEAN・インドへ分散するサプライチェーン再編を推進したが、4年間で大きな構造変化はなく、後工程の「その他」シェアが2019年13%から2024年26%へ上昇、中国の後工程シェアは38%から28%へ低下したものの、東アジア依存の構図は維持された。一方トランプ政権は分散より米国回帰を最優先し、同盟国にも関税を課して設計・製造・装置・素材の米国内集約を狙う構想を打ち出したと説明した。

ただし熊谷氏は、米国による東アジア生産機能の代替は現実的に困難であると指摘。理由として、①関税政策による米国製造業のコスト高、②移民規制強化に伴う半導体人材不足の深刻化、③朝令暮改的な通商政策および政権交代を巡る不透明感の3点を挙げ、東アジアの地政学リスク回避のためASEAN・インドへの分散の潮流は今後も継続するとの見方を示した。

二、ASEAN諸国とインドのビジネス環境

熊谷氏は、人口・市場規模は必ずしも半導体産業のポテンシャルに直結しないと指摘した。2022年のエレクトロニクス産業付加価値では人口約700万人のシンガポールが域内最大であり、集積回路の主要輸出国もシンガポール・マレーシア・フィリピンである。

シンガポール・マレーシアが先行する理由として、熊谷氏は半導体産業発展に重要な6要素を挙げた。①質の高い電力、②安定的かつ清潔な水供給、③高度人材の雇用環境、④物流インフラ、⑤政治的安定性、⑥税制優遇措置・産業補助金である。シンガポールは送配電ロス率ほぼゼロ・停電ゼロで電力品質が突出し、1人当たり水資源賦存量は106m3と少ないが輸入水等で工業用水を安定供給している。人材面では、半導体就業者は中国約50万人、日本・韓国約20万人に対しシンガポールは約3.5万人に過ぎない状況ではあるが、賃金水準の高さから海外人材を呼び込みやすい。物流インフラとガバナンス指標でもシンガポール・マレーシアは高評価で、半導体産業の発展度合いと整合的である。今後インドネシア・タイ・フィリピン・ベトナム・インドが目標を実現するには、これらの実質的改善が最重要課題になると強調した。

三、各国の発展に向けた取り組み

熊谷氏は、各国が異なる注力分野を設定していると解説した。

  • シンガポール:高付加価値化を軸に、マイクロンのHBM後工程工場2025年着工、窒化ガリウム特化型の国立イノベーションセンター2025年開設、世界先進積体電路・NXP合弁の40〜130nm工場計画、グローバルファウンドリーズの省エネ型レガシー工場(2023年稼働)を推進。
  • マレーシア:外資誘致と地場企業育成を両立。テキサス・インスツルメンツ等の投資、インフィニオンのSiC前工程工場稼働(2024年)。年商100億リンギ以上の地場企業10社以上等の目標、Arm提携の1万人エンジニア育成、産官学連携で6万人技術者育成(250億リンギ=約8,300億円)を計画。
  • ベトナム:2030年までに後工程10カ所・前工程1カ所設立を目標。地場FPT・CTグループ・ベトテルの参入、クアルコム・NVIDIA・サムスンのイノベーションセンター開設、技術者5万人育成、ホアラック・ハイテクパーク整備を推進。
  • タイ:自動車産業を背景に車載向けアナログ・パワー半導体を重視。ソニー・東芝・PTT等の動き、PCB(台湾企業)・家電(中国企業)・EV(BYD等)の進出。2030年までに専門人材等8.5万人育成、米アリゾナ州立大学との提携、EEC開発。
  • フィリピン:後工程誘致と人材育成。2028年までに熟練労働者12.8万人育成を目標とし、TESDAとSEIPI連携のPSFの導入、マイクロクレデンシャル制度導入、ルソン経済回廊(LEC)開発を推進。
  • インドネシア:資源を強みに原材料産業を発展。シリカ・ダウンストリーミング・ロードマップ(2025〜2045年)策定、信義ガラスのシリカ砂工場、ニッケル・コバルト・銅の輸出規制強化、ICDEC設立(英SoC Labs・ベルギーIMECと連携)、バタム島・ガラン島開発。
  • インド:設計の強みを活かしつつ製造へ参入。インド半導体ミッションISMで12件認可(マイクロン案件は中央政府50%+州政府20%の計70%補助)、グジャラート州ドレラ特別投資地域整備、2026年予算でISM2.0として製造装置・原材料も補助対象に拡大、PLI・ECMSの両スキームで電子産業振興。

2026年前半は、ASEAN・インドへの生産拠点の分散と高付加価値化が継続。各国の課題・リスクとして、①国土の狭さ(シンガポール)、②政情不安による政策実行の遅れ(インドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ)、③財政悪化に伴う税制優遇・補助金の見直し懸念(同前+インド)、④米印関係悪化による投資マインドの冷え込み(インド)が挙げられた。

四、競合・補完関係

熊谷氏は、半導体は規模の経済が働きやすく生産集中の方が収益性が高いため、各国が同時並行で全工程を発展させるのは難しいと指摘した。事業領域を生産工程(設計/後工程/前工程)と技術度(低/中/高)の2軸で整理するフレームワークを提示し、技術度の低いレガシー後工程ではインドネシア・フィリピン・ベトナム・インドが競合、タイが中位技術へ移行すればマレーシアと、マレーシアが高付加価値化すればシンガポールと競合し得るとした。

一方、裾野の広い半導体産業を自国内で完結することは困難であり、補完関係も深まる見通しである。ウェハー、フォトレジスト、エッチング用ガス、ボンディングワイヤ、封止材等を各国が分担し、シンガポールが前工程、マレーシア・タイが後工程、インドネシアが原材料、ベトナムが原材料や一部後工程、インドが設計を担う構図が想定される。実際にASEAN域内・ASEAN・インド間のパートナーシップは拡大し、2025年10月のASEAN首脳会議を契機にERIAがロードマップ作成を進めている。

五、日本への含意

熊谷氏は最後に、米国の求心力低下を踏まえ、日本が効率的なサプライチェーン構築に向けリーダーシップを発揮すべきと指摘した。具体策として、①ASEAN諸国との半導体特化パートナーシップ組成(現状、日本とインド間には半導体特化の枠組みがあるが、他のASEAN諸国とは包括的枠組みのみ)、②ASEAN・インド・韓国・台湾を含む国際協力イニシアティブ形成、③米印関係改善への双方への働きかけを提言。前提として、ASEAN・インドの現状・将来・競合・補完関係を正しく理解し、マクロとミクロを併せて注視する必要性を強調して締めくくった。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 小西 隆)


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