【演 題】「中国第14次5カ年計画期の産業・科学技術イノベーションの諸相」
日 時: 2026年7月17日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
調査報告書: 『第15次5カ年計画を控えた中国の産業・科学技術の現状と課題』
登 壇 者:
金 堅敏 氏
富士通株式会社 チーフデジタルエコノミスト
高口 康太 氏
ジャーナリスト、明治大学 客員研究員
大西 康雄 氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー
講演資料: 以下の講演タイトルをクリックしてご覧ください。
YouTube [JST Channel]: 「第56回アジア・太平洋研究会動画」

金 堅敏(きん けんびん)氏
富士通株式会社 チーフデジタルエコノミスト
『Huaweiは制約をいかに競争力へ転換したのか
—「技術自立自強」政策から読み解く企業戦略の示唆—』
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略歴
1998年富士通総研 主席研究員、2020年より富士通株式会社 チーフデジタルエコノミスト、博士(国際経済法)。
理工と社会科学の知見を融合させ、グローバルなビジネス視点でソートリーダーシップを発揮。
グローバル経済やデジタルイノベーション、AI時代の産業構造変革・企業変革を主なテーマに、深い洞察に基づく出版・執筆、講演、コンサルティング等を通じ、ビジネスリーダーへ実践的な示唆を提供。

高口 康太(たかぐち こうた)氏
ジャーナリスト、明治大学 客員研究員
『合肥モデルと政府引導基金』
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略歴
1976年生まれ。中国経済、中国企業、在日中国人社会などを中心に『月刊文藝春秋』『週刊東洋経済』『Wedge』『WWDJAPAN』などのメディアに寄稿。
『ピークアウトする中国「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』(文春新書、梶谷懐氏との共著)、『中国"コロナ封じ"の虚実―デジタル監視は14億人を統制できるか』(中央公論新社)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐との共著)、『プロトタイプシティ深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和との共編)など著作多数。

大西 康雄(おおにし やすお)氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー
『第15次5カ年計画を控えた中国の産業・科学技術の現状と課題』
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略歴
1977年早稲田大学政治経済学部卒業。同年アジア経済研究所入所。
在中国日本国大使館専門調査員、中国社会科学院工業経済研究所・客員研究員、アジア経済研究所地域研究センター長、ジェトロ上海センター所長、同アジア経済研究所新領域研究センター長等を経て、2020年7月より現職。
専門は、中国経済。
著書に『東アジア物流新時代』(共編著、アジア経済研究所、2007年)、『中国 調和社会への模索』(編著、アジア経済研究所、2008年)、『習近平政権の中国』(編著、アジア経済研究所、2013年)、『習近平時代の中国経済』(単著、アジア経済研究所、2015年)、『習近平「新時代」の中国』(編著、アジア経済研究所、2019年)、『「自立自強」の中国』(編著、勁草書房、2025年)ほか。
中国では、現代化された産業システム形成と「自立自強」の確立を掲げた第14次5カ年計画が昨年末をもって終了し、本年より新たに第15次5カ年計画がスタートした。アジア・太平洋総合研究センターでは、このタイミングにおいて、令和7年度調査研究プロジェクトとして、「第15次5カ年計画を控えた中国の産業・科学技術の現状と課題」について、複数の中国の産業、科学技術、イノベーションに関する専門家に参集頂いて調査研究を行い、その成果を調査報告書として取りまとめた。
今回、プロジェクトメンバー6名のうち3名の専門家を招き、主にこの5年間の中国の経済・産業のマクロ面の成果・課題を整理した上で、地方政府系ファンドの実態や、米国による制裁下での個別企業の生き残り策といったあまり注目されてこなかった側面を取り上げてご紹介して頂いた。
まず初めに、第14次5カ年計画の特徴を整理した上で5年間の成果と課題を振り返り、すでに開始されている第15次5カ年計画のポイントについても紹介する。
第14次5カ年計画では、イノベーション分野で非常に高い目標が設定された。研究開発投資、高価値特許、デジタル産業比率に加え、安全保障分野、特に食料とエネルギー生産についても具体的な数値目標が掲げられた点が特徴的である。
全体として、イノベーション駆動型発展を継承しながら、サービス産業中心から再び製造業重視へと重点を戻し、戦略的新興産業を成長の牽引役とする方針が採られた。対象は、次世代情報技術、バイオ産業、ハイエンド製造業、新エネルギー、新素材、新エネルギー車などである。その背景には中国製造2025を継続し推進する意図があった。
中国は、この5年間で研究開発と人材への投資を大幅に強化した。研究開発費のGDP比率は2025年に2.8%へ上昇し、OECD平均を上回る水準に達した。STEM分野の卒業生は年間500万人規模に達し、研究開発人員も700万人を超える規模となった。一方で、研究開発費に占める基礎研究の比率はOECDの半分以下の7.1%にとどまり、課題として残った。
産業面では、EV、太陽光パネル、リチウムイオン電池のいわゆる「新三様」が急成長し、世界シェア首位を占めるに至っている。また、DeepSeekに代表される生成AI分野など、「ゼロから1」を生み出すタイプのイノベーションも現れ始めている。他方で、こうした急成長はいわゆる内巻と言われる国内での過当競争や、輸出拡大に伴う国際的な貿易摩擦も引き起こした。
中国の技術・産業面での成果に対しては、米中経済安全保障委員会(USCC)が公表した「Made in China 2025評価報告書」において、新エネルギー関連産業やバイオ医薬、高性能医療機器などでは目標を達成したと評価されている。一方、目標未達分野として、半導体やハイエンドコンピューター、数値制御機器などが挙げられており、その要因として基礎研究の蓄積不足や知的財産権の壁に加え、米国による技術・設備輸出規制などが挙げられている。
第14次5カ年計画期間をマクロ経済動向から見ると、中国の成長構造は相当混乱していた。コロナ禍におけるロックダウンを伴う厳格な防疫政策や不動産不況の影響などにより消費が低迷し、その不足分を投資と輸出によって補おうとしたが、補い切れなかった。加えて、トランプ関税などの外部要因も影響した。
中国政府が掲げる双循環戦略は、国内循環を強化しながら国際循環の利益を取り込むことを目指したが、国内では過当競争や需要不足、国際面では貿易摩擦の激化という課題を残した。
こうした経験を踏まえ、第15次5カ年計画では、サプライサイド重視の基本路線は維持しつつ、「新型挙国体制」の下で科学技術の自立自強とイノベーション能力向上を進め、自立的なイノベーション・エコシステムを構築していくことに重点が置かれている。
最後に、現在の米中関係は、双方が互いのチョークポイントを握り合う構造にある。中国は一部先端技術で米国や同盟国への依存を抱え、米国もレアアースなどで中国への依存が高いことから、当面は膠着状態が続くと考えられる。
(注)「新型挙国体制」:国家の発展と安全を最優先目標とし、社会的資源を集中させ、制度・メカニズムを最適化することで国家総合競争力を高め、国家安全を確保する革新的な発展体制を指す考え方。
中国では2010年代初頭から半ば頃にかけて、「中国ベンチャー黄金の十年」と呼ばれる時期があった。イノベーションというと技術や人材、政策が注目されがちだが、中国のベンチャー企業の成長を支えたのは大量のリスクマネーであった。
当時は、中国のA株市場ではベンチャー企業のIPOのハードルが高い一方、BAT(百度、アリババ、テンセント)による買収という出口が存在し、民間資金が積極的に流入していた。しかし現在では状況が変化し、中国のベンチャーマネーの半分以上は公的機関から供給されていると考えられる。民間資本中心に見えるものの、その実態は国家色が極めて強い。
もっとも、国家や地方政府が直接出資しているわけではない。複数のファンドを経由して小口出資を行い、中国全体へ広く資金を供給している。この構造を「投資家国家(Investor State)」として理解しようとする研究が増えている。
今回注目したのは、地方政府による政府引導基金である。政府引導基金は2015年前後から急速に拡大したが、その背景には2014~2015年頃の財政規律強化があった。補助金による企業支援が制限されたため、補助金ではなくファンドで支援する方式へ転換したのである。
その代表的成功事例が安徽省合肥市である。合肥はGDPを大きく伸ばし、BOE、CXMT、NIOなどの先端企業を誘致することで、中国有数のハイテク産業集積地へ変貌した。中国国内では「合肥モデル」として評価されており、以下の四つの特徴がある。
第一は、投資による企業誘致(以投帯引)である。代表例が新興EVメーカーNIOへの出資である。経営危機にあったNIOへの大胆な投資を決断し、その後のEVブームによって企業価値が上昇したことで、合肥は産業誘致と投資利益の双方を獲得した。
第二は、サプライチェーンごとの誘致(鏈式招商)である。中核企業を呼び込むことで関連企業やサプライヤーも集積させる。合肥は「1+5戦略」を掲げ、本社だけでなく重要機能そのものを誘致することを重視している。
第三は、イノベーション重視(科創駆動)である。調べた結果、投資を通じて合肥へ移転した企業が477社確認された。近年は「学術研究・専門技術サービス業」の割合が高まっており、工場誘致から研究開発機能や知識集約型企業の誘致へ重点が移っている。
第四は、投資利益の確保(利益確保)である。ただし財務データを見ると、代表的な投資プラットフォームのROE(自己資本利益率)は1%台にとどまる。合肥モデルが非常に儲かっているという評価については、NIOのような成功事例の印象が強すぎる可能性がある。
一方で、政府引導基金には副作用もある。地方政府にとって重要なのはハイテク産業の誘致と政治的評価の向上であり、必ずしも企業の成長やイノベーションそのものが最優先ではない。さらに中国では国有資産の損失に厳しく、失敗時の責任追及や資金回収も厳格である。
近年は中央政府も地方政府ファンドの過熱を抑制し始めている。地方間競争による重複投資や重複建設への懸念が強まっているためである。もっとも制度そのものが廃止される状況ではなく、今後どのような方向へ修正されていくのかが注目される。
中国のイノベーションを考える上で重要なのは、「ソブリン技術」という視点である。地政学リスクや技術規制が強まる中、自国や自社でコントロールできる技術を持つことが競争力の源泉になりつつある。
2015年頃の中国は、消費者向けや効率向上型のイノベーションでは成果を上げていたものの、科学技術そのものに基づくイノベーションはまだ弱く、マッキンゼーからは先進国の既存の科学知識や技術をスポンジのように吸収・適応し、大規模な市場で商業化・効率化させる「イノベーション・スポンジモデル」と評価されていた。しかし、この10年で状況は大きく変化し、海外技術を吸収する段階から、自ら「ゼロから1」を生み出す段階へ移行しつつある。
その象徴が、AI、ヒューマノイドロボット、バイオ医薬といった新しい「新三様」である。特に創薬分野では国際的な存在感が高まっている。一方で、中国には依然として半導体という大きなボトルネックが存在し、その問題が最も象徴的に現れた企業がHuaweiであった。
Huaweiは米国による市場規制、技術規制、設備規制を集中的に受け、TSMCによる先端半導体製造が利用できなくなり、2021年には売上高が約30%落ち込んだ。しかし、その後V字回復を果たした。その背景には二つの生き残り戦略があった。
第一はサプライチェーンの再構築である。中国国内に存在する技術は量産・改良によって拡大できるが(1→N)、EDA(Electronic Design Automation)や半導体製造装置のような技術はゼロから構築しなければならない(0→1)。Huaweiは2~3万人規模の特別チームを動員して国内サプライヤーを育成し、さらに2019年には半導体、AI、ロボット分野のベンチャーファンドを設立して、有望企業を将来のサプライチェーンとして取り込んだ。
第二は事業ポートフォリオの転換である。Honorブランドやx86サーバー事業などを売却して約2.8兆円の資金を確保し、研究開発や新規事業へ投入した。同時に、海外通信インフラ中心の事業構造から、国内通信インフラや自動運転、エネルギーDXなどを含むデジタルサービス企業へ転換し、BtoCからBtoBへ重心を移した。研究開発費は売上高の20~25%へ拡大し、研究者数も11万人を超えた。
またHuaweiは、将来の規制強化や競争激化を見据えた次世代技術の準備を「バックアップ1.0」として10年以上前から進めており、現在は「バックアップ2.0」の段階にある。
こうした戦略的対応によりHuaweiはAIインフラ企業へ進化した。その中心がAI半導体Ascend(昇騰)シリーズである。7ナノプロセスを用いており、世界最先端との差はなお2~5年程度存在するが、Huaweiは単体チップ性能ではなく、システム全体で競争する戦略を採っている。AIクラスターのAtlas 900 A3では184個のAscend910Cチップを接続し、全体として競争力を確保している。これは「Good Enough Technology(十分に良い技術)」という考え方に基づくものである。
さらにHuaweiは、ムーアの法則に代わる「タウスケーリング」を提唱している。チップ単体ではなく、サーバー、クラスター、AIデータセンター全体で最適化を図る考え方である。
Huaweiの事例から得られる示唆は三つある。第一に、制約を前提として戦略を設計すること。第二に、半導体を単なる部品ではなく戦略資産として捉えること。第三に、AI時代には「トークン経営」が重要になることである。
AI時代は、AIを導入するだけでは意味がない。重要なのは成果であり、今後は人材や設備だけでなく計算資源そのものが経営資源となる。企業は自らの実情に合った技術を選択し、価値創出につなげていく必要がある。
(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 光盛 史郎)