【演 題】『中国の国防イノベーション・システム ―「模倣」から自主開発へ:装備開発を支える仕組み―』
日 時: 2026年9月29日(火) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師:
荻野 匡史 氏
航空幕僚監部 1等空佐(元在中国防衛駐在官)
YouTube [JST Channel]: 「第58回アジア・太平洋研究会動画」

荻野 匡史(おぎの まさし)氏
航空幕僚監部 1等空佐(元在中国防衛駐在官)
略歴
防衛大学校航空宇宙工学科卒業。政策研究大学院大学修士課程修了(科学技術イノベーション政策)。
オランダ国防大学欧州安全保障課程、中国人民解放軍国防大学国際問題研究課程、防衛研究所一般課程を修了。
航空自衛隊入隊後、外務省北米局日米安全保障条約課課長補佐、第6航空団修理隊長(小松基地)、第9航空団整備補給群司令(那覇基地)、航空幕僚監部整備・補給課長、航空研究センター総括主任研究官(防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所兼務)などを歴任。
2015年から2018年まで、在中国防衛駐在官(在任中、空軍武官団長)として、同時期に本格化した中国軍改革、軍民融合などの動向把握に従事。
近年、ドローンやAI、サイバー技術などの先端技術が安全保障分野に急速に取り込まれ、装備開発のあり方も大きく変化している。こうした中、大学や研究機関、民間企業を含むイノベーション・エコシステムを活用し、先端技術を迅速に装備化へ結び付ける国防イノベーション・システムへの関心が高まっている。こうした動向を踏まえ、今回研究会では元在中国防衛駐在官で、現在防衛省航空幕僚監部一等空佐の荻野匡史氏をお招きし、軍民融合政策や研究開発体制、大学や企業を含む多様な主体の連携に着目しながら、中国の国防イノベーション・システムとそれを支える仕組みについてご講演いただいた。
なお、本講演は講師個人の研究成果に基づくものであり、防衛省・航空自衛隊の見解を表すものではないことをあらかじめお断りいたします。
荻野氏は、2015年から2018年まで在中国日本国大使館の防衛駐在官として勤務した際、中国各地の軍関係施設、国防関連企業、大学、研究機関、IT企業、スタートアップなどを訪問した経験を紹介した。その過程で、中国軍の装備近代化は国防費の増加だけでは説明できず、研究成果や技術、人材を装備開発へ結び付ける独自の仕組みに注目するようになったと述べた。
2015年は、中国の国防・科学技術政策にとって大きな転換点となった。習近平政権は同年3月に「軍民融合」を国家戦略に格上げし、5月に公表した国防白書でも軍民融合の推進を掲げたほか、「中国製造2025」を発表した。また、同年から大規模な軍改革や軍の定員削減も進められた。
また、荻野氏は毎年訪問した軍民融合関連展示会の変化も紹介した。当初は説明パネルが中心だった展示が、2017年頃には実際のシステムや装備関連技術の展示が増加し、多くの企業や研究者が集まるようになったという。特に、鞄メーカーや食器・食品メーカーまで、多様な民間企業が軍民融合を新たなビジネス機会と捉え、国防市場への参入を試みていた点が印象的だったと振り返った。
中国の国防装備開発は「ロシア依存」や「模倣」が中心とみられてきたが、2025年9月の北京軍事パレードでは自主開発を含む多数の新型装備が公開された。航空宇宙分野でも新型機の公開や試験飛行、運用の進展が相次ぎ、複数種類の航空機や無人機を並行開発する能力を備えつつあることがうかがえる。荻野氏は、中国が短期間で自主開発能力を拡大した背景に習近平政権下の戦略・政策があると述べた。
荻野氏によれば、本講演の題名である「国防イノベーション」と、それに近い「軍事イノベーション」は先行研究では区別されて使われており、前者は「軍事・デュアルユース用途のアイデアや知識を実際の製品、プロセス、サービスへ転換すること」、後者は「軍の戦い方を変えること」を意味する。
2015年3月、習近平政権は「軍民融合」を国家戦略へ格上げし、民生分野の技術・人材・資源を国防分野へ活用する取り組みを本格化させた。この方針は科学技術政策にも反映され、その代表例が、2017年に公表された「次世代人工知能発展計画」である。同計画ではAIの軍民融合を独立項目として位置付け、軍の指揮・意思決定、軍事シミュレーション、国防装備への活用に加え、民間研究機関の国防研究参加や軍民共通の技術標準整備を明記した。近年は、AI搭載無人機の飛行試験やAI制御による空戦実証、AI指揮官を用いたウォーゲームも報じられ、政策方針の具現化が進んでいる。
中国共産党による指導体制も強化され、2017年には中央軍民融合発展委員会、2023年には中央科技委員会が党中央に設置され、軍民融合と科学技術イノベーションを統括する司令塔機能が強化された。こうした体制は地方にも展開され、中央軍事委員会にも関係部門が整備されている。また、2017年には「軍民融合発展戦略」が党規約に盛り込まれ、2020年の国防法改正でも関連原則が明記されるなど、制度上の位置付けも強化された。
こうした体制の下、中国は国防イノベーション促進のため制度改革も進めてきた。例えば、装備開発・生産への参入資格である「軍工四証」の規制緩和による民間企業の参入障壁の引き下げ、国防特許の機密解除や「国防知財情報プラットフォーム」を通じた軍民間の技術移転環境の整備、2015年に運用を開始した「全軍武器装備調達情報ネットワーク」での調達情報の公開や企業の製品・技術の紹介による民間技術活用機会の創出、軍工研究機関の全部または一部の企業運営化による市場メカニズムの導入などが進められた。
荻野氏は、中国の国防装備開発は、中国共産党を頂点として政府、軍、企業、大学、研究機関が連携する「党政軍産学研」の枠組みによって支えられていると説明した。
党の指導の下、中央政府は制度設計、政策立案、資源配分、関係機関の調整を担い、そのうち工業・情報化部は産業政策や重要技術の開発、自主イノベーションの推進を担っている。
工業・情報化部傘下の「国家国防科技工業局(国防科工局)」は、国防産業行政を担い、武器装備の研究開発や生産を調整している。その主要な実施主体は、航空、宇宙、船舶、兵器、核、電子など、中国の国防産業の中核分野を担う「十大軍工集団」であり、航空装備の開発を担う「中国航空工業集団(AVIC)」も、その一つである。
工業・情報化部直属の「国防七校」は、双一流建設対象で軍所属ではない一般大学であり、国防科学技術研究と人材育成の中核を担う。また、旧兵器工業部直属の「兵工七校」は、兵器産業との歴史的な結び付きが強く、中国の兵器分野を支える重要な教育・研究基盤となっている。さらに、北京大学や清華大学などを含む一般大学約50校(「十三五」期)を、国防科工局が教育部や地方政府と共同で「共建大学」として支援し、幅広い国防研究基盤を整備してきている。ほかに、学科レベルでも「国防特色学科」を指定し(「十三五」期には53大学、280学科)、国防基礎研究や専門人材の育成を進めている。
さらに、国防科技大学を始め多くの軍大学(2018年時点で44校)、軍研究機関が存在する。
荻野氏は、中国の国防装備開発体制の特徴として、多様な主体が研究開発に参加し、軍自身も重要な研究開発主体となっていること、行政機構が国防産業と研究基盤を横断的に管理・支援していること、多層的な研究ネットワークが形成されていること、の3点を挙げた。
これらの国防イノベーション・システムが機能している事例としては、「国防七校」の一つである西北工業大学の「翼型・翼列空気力学」国防科技重点実験室があり、同実験室は戦闘機や極超音速機、ロケットなど36機種以上の装備開発に貢献している。2024年にはAVIC傘下研究機関との共同運営による全国重点実験室へ再編された。無人機開発でも、北京航空航天大学、AVIC傘下の企業・研究所、民間企業が連携し、地方政府は研究開発から生産・運用支援までをつなぐ産業クラスターの形成を支援している。また、中国は外国との技術協力や武器輸出入を装備開発能力の強化に活用している。最大の武器輸出相手国であるパキスタンとの間では、共同開発や共同訓練、輸出後の運用で得られた知見を中国側へ還元する仕組みも形成されている。
荻野氏は、米国と日本の国防イノベーション体制についても概要を紹介した。米国では、1958年に設立された国防高等研究計画局(DARPA)が革新的技術の創出と実証を担い、2015年に設立された国防イノベーションユニット(DIU)が、スタートアップなどの民生先端技術を迅速に国防分野へ取り込む役割を果たしている。さらに、政府が運営する研究機関であるGOGOや、民間などに運営を委託するGOCOのほか、外部研究機関のFFRDCや大学を基盤とするUARCを活用し、国防イノベーション体制を構築している。
日本では、2024年10月に防衛装備庁内に「防衛イノベーション科学技術研究所(イノベ研)」が設立された。同研究所は、DARPAを参考にした「革新型ブレークスルー研究」と、DIUを参考にした「実証型ブレークスルー研究」を推進している。また、防衛省は「安全保障技術研究推進制度」を通じた基礎研究への支援も拡充しており、大学などからの応募件数も増加している。
日米中はいずれも、民間・大学等の研究力を国防に取り込んでいるが、その仕組みは大きく異なる。
荻野氏は、中国の国防イノベーション・システムでは民間企業や大学の参画が拡大している一方、参入審査に時間を要することや、国防特許の機密解除後の取り扱いが不明確であることなど、運用上の課題も残されていると指摘した。他方、制度の改善も進んでおり、今後、民間企業の参入がさらに進む可能性があると考えている。
政策的含意として、次の3点が挙げられた。第一に、軍民融合の国家戦略化や制度改革、継続的な国防需要を背景に、民間参入を促す制度設計と需要基盤が形成されている点である。第二に、軍工集団間・集団内や地域間で、研究資源や調達をめぐる競争を制度的に生み出し、イノベーションを促進する仕組みが整備されている点である。第三に、国防当局以外の政府機関も積極的に関与し、研究資源の重点配分と、研究・教育から実装までの一貫した体制を構築している点である。
中国の国防イノベーション・システムの特徴をまとめると、「党政軍産学研」が一体となった多層的な構造の下、重点分野への研究資源の集中、基礎研究・人材育成から開発・装備化までの接続、組織間の競争を通じて成果の創出を促している。一方、大国間の戦略競争の激化や先端技術規制などの外的制約に加え、国内経済の減速などの内的制約もあり、今後の動向が引き続き注目される。
(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 渡辺 浩司)