コロナ禍での国際連携(日印連携)の可能性② ~金沢大学ビヨンド・コロナ・フォーラムの挑戦~

2021年5月28日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

前回取り上げた、昨年2020年度に金沢大学融合研究域が進めてきた、ビヨンド・コロナ・フォーラム(Beyond Covid 19 Forum:以下「BCF」)について、いよいよインドとの連携について話を進めて行きたい。

参考:コロナ禍での国際連携(日印連携)の可能性① ~金沢大学ビヨンド・コロナ・フォーラムの挑戦~

BCFでは、全世界の高校生、大学生から、世界が共通に直面するコロナ禍の課題について、それぞれ5分間の動画で「提言」や「提案」を行ってもらうものであった。このうちインドからいくつかの「提言」や「提案」が寄せられた。今回インドから寄せれた動画は、プネ(Pune)とチェンナイ(Chennai)が中心となっている。これらの地域のスタートアップ環境は、インドのシリコンバレーと呼ばれたベンガルール(Bengaluru、旧バンガロール)とは異なり、製造業の基盤が存在することが特徴ではないだろうか。プネはタタ・モーターの自動車工場を擁する製造拠点であり、またチェンナイはインドのデトロイトと呼ばれ、ヒュンダイや日産・ルノーが工場を構えている。これら製造業の集積、自動車産業クラスタを前提にしたインドのものづくり拠点があることが、インドのスタートアップス環境においても、他と異なった利点を提供しているように思われる。

これは深圳が、スタートアップの拠点として台頭する可能性と近い。深圳は後背地として広東の製造業産業集積を抱えており、このためITなどデジタルが中心となる「ソフト」と、ものづくりの「ハード」との融合が可能となる。実は日本のスタートアップ拠点も、多くがシリコンバレーを向いているが、むしろ「ハード」のものづくりとの融合の視点が重要になるだろう。

インドはコロナ禍で深刻な事態に直面している。そのインドにあって、プネのあるマハーラシュートラ州の感染者数と死亡者数は、377万人と6.0万人、チェンナイのあるタミル・ナード州は同じく、98万人と1.3万人となっている。このように、日本以上にコロナ禍の問題が深刻化していることが分かるだろう。こうした中で、彼らの「提案」や「提言」は大きな意味を持つ。

まず紹介したいのは、チーム名アルケミスト(錬金術師)の女子学生2名による、"A Personal Learning Environment"というEラーニング・プラットフォームの提言である。彼女たちの主張によれば、一挙にオンライン授業が始まったが、なかなか個別対応が難しいという問題点を指摘している。また個人情報に関するインターネット上のセキュリティや授業への出席、小テストや試験などの不正という問題点を特に強調している。やはりインドは試験などの受験に向けた競争圧力が強く、オンライン下の授業では、生徒間の競争の公平性をどのように維持していくのかに注目が集まるのであろう。このように、足元の課題を設定し、その問題解決に向けた「提言」や「提案」を求めることによって、それぞれの地域の課題が浮き彫りになってくるとともに、その国、地域に特徴的な制度や社会的、文化的な背景が明らかになることで、その問題の本質を一層深く抉ることができるだろう。コロナ禍によって、こうした本当に必要なもの、物事の本質が明らかになるという視点は、今回のBCFの活動でも明らかになった。同時に、コロナ禍の学生生活のなかでは、グローバルに共通した普遍的な課題が明らかになることから、後述するグローバルな学生間の連帯に向けた機運が生まれるだろう。

Sriraamさんの「提案」した"Easy Benkyou(イージー勉強)"システムは、こうしたコロナ禍の学習の問題意識からさらに具体的解決を導いたものである。Sriraamさんは、AI(人工知能)を活用した画像診断技術を使い、授業中や試験中の学生の行動を監視するシステムを構築する。これによって、学生の表情や行動をモニタリングすることによって、挙動不審な学生を見つけることができるという。これらは学生の不正行為の摘出が可能となり、またデジタルなE-learningの方法を用いた試験では、出題挙動不審な行為が見受けられた場合には、問題の差し替えを行うことで、試験の公平性を担保する問題解決方法を提供する。さらに、アバターのようなアニメのキャラのようなアシスタントを登場させ、全体のE-learning中の指導を行うことで、単調になりがちなオンライン学習において、学習意欲を維持する方法も検討されている。

 

課題に即応した仕組み作り、「ハード」と「ソフト」の組み合わせによるスタートアップスは、先に言及した通り、インドのものづくりの集積基盤のあるチェンナイやプネでは特に期待できる。インドというと、IT人財であり、インド工科大学(IIT: Indian Institute of Technology)に注目が集まるが、コンピュータ・サイエンス分野だけではなく、「ハード」の「ものづくり」ができるのも、アジアでは、日本とインドの大きな強みではないかと考えている。著者がこれまで交流を深めてきたインド情報技術・デザイン・ものづくり大学(IIITM:Indian Institute of Information Technology, Design and Manufacturing)などは、このような「ソフト」と「ハード」の両立を実現する代表的な高等教育機関であるといえる。

DhaneshさんとRaj Bharathさんの「提案」も、実際に3Dシミュレーションを活用し、「ハード」と「ソフト」の融合に焦点を当てている。彼らは、"Safe Touch"をスローガンに掲げ、接触型のパネルやエスカレーターのひじ掛けなどの掃除を自動で行うロボット=下記イラスト参照=を開発中である。通称AMPS(Automatic Multi-Platform Sanitizer)と呼ばれるこの簡易型ロボットは、接触面を傷つけない配慮など、随所に感染症防止対策の工夫を導入している。その本質は、インドらしいジュガード(jugaad)的な発明といえるだろう。インドの今後のイノベーション環境を観察するうえで、こうしたものづくりの基盤をどのようにかつようするか、日本と同じ問題に直面する可能性があり、今後のコラムで言及して行きたいと考えている。

BCFでは、国際的な連携を通じて、コロナ禍の高校生の巻き込みにおいて大きな成果を収めることができた。現在進行中の高大接続教育の文脈で、北陸の複数の高校が参加し、インドやタイの学生とオンライン上での国際会議を、高校生と大学生が自ら立ち上げることを目指して調整を進めてきた。上記で示したような、コロナ禍の課題解決に向けた「提言」や「提案」を行うことを通じて、高校生による対話のフォーラムとして、WHO(World Highschool Organization)の創設が提案され、のちに大学生も含めた、WSO(World Students Organization)の創設に向けた機運を高めることに成功した。実際、この活動は8月に生配信オンライン・イベント「ビヨンド・コロナ・ライブ」において中継されることとなり、内外の関係者から注目されることとなった。こうしたBCFを通じた金沢大学とインドとの連携を助走期間と位置づけ、コロナ終息を待って一層の協力関係の深化を目指していく予定である。

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