インド交通渋滞改善プロジェクトにチャレンジ!(2)

2021年6月17日

坪井 務

坪井 務(つぼい・つとむ):
名古屋電機工業
新事業創発本部SATREPSプロジェクト
プロジェクトリーダー(博士)

<略歴>

1955年静岡県生まれ。79年日立製作所入社、重電モーター設計に従事し、87年半導体事業に異動、弱電技術最先端に専門を移す。97年日立アメリカに出向、米国のシリコンバレーの空気に触れる。2000年半導体事業部に帰任し、自動車分野での半導体開発を担当。03年ルネサステクノロジーに出向、10年日立製作所スマートシティ統括本部でスマートシティ事業従事。両親の介護の関係で12年浜松地域イノベーション推進機構に、14年名古屋電機工業に入社。

参考:インド交通渋滞改善プロジェクトにチャレンジ!(1)

前回に続き、2016年4月にいよいよ念願の地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)プログラムのスタートを切ることになり、話はそこから始めることとする。また、今回はその中でも今後のためにも重要なインドと日本における違いに関しても触れておくことにする。

SATREPSプログラムは、5つのテーマが存在しており、その中から、インドにおける交通に向けた取り組みとして、環境・エネルギー分野の低炭素社会を目指すこととした。具体的な課題としては、「マルチモーダル地域交通状況のセンシング、ネットワーキングとビッグデータ解析に基づくエネルギー低炭素社会実現を目指した新興国におけるスマートシティの構築」と少々長い説明のお題目となったが、要は交通実態の把握も難しいインド交通をきちんと把握し、インドが目指すスマートシティに向けた検討を行うというものである。前回ご紹介したように、インド工科大学ハイデラバード校(IITH)学長(当時)の、次回は新校舎で会おうといった言葉通りに、まだ建設中ではあったものの、お会いしてプログラムのスタートを切る約束の書類にサインを交わすことができた。学長室の隣にあるボードルームにてプログラムを実施するにあたっての調印と書類の交換を実施した(写真、右が筆者)。これから5年間のプログラムの推進ということで少し緊張した趣ではあるものの、これから一緒にスタートするという清々しい気持ちであったことは記憶に新しい。ちなみに新校舎とは言っても、周囲は建物の工事の真最中であり、建設現場の騒音も聞こえる中での調印式であった。新校舎の周りの風景の参考として写真を追加した。写真に写る建物はアメリカの建築家によるデザインの学生宿舎であり、その周りは、道路もまだ整備されておらず、9月以降の雨季になると未整備の道路のぬかるみを気にしながら通うことになった。写真の右にIITHに展示されていたマスタープランを示す。写真左の学生の宿舎は、マスタープランの右上部の赤枠にて囲われた部分で、写真は中央部の校舎からの風景となる。

さて、話を本題に戻すと、本プログラム開始の2年前から、実はインド共和国ではモディ政権が発足し、直後の2014年6月、モディ首相は地方から都市部への人口流入を吸収し、拡大する中間層の受け皿となるスマートシティを国内100カ所に設ける「スマートシティ・ミッション」計画を提案して、一丸となって新しいインド実現に向けた努力が始まっていた。さらに、日本国政府からは、日本の優れたインフラ技術の輸出として、新幹線やメトロといった公共交通拡充への支援の動きを加速しており、こうした背景の後押しもあって本プログラムへの期待も大きいものがあった。

本プログラムに関して、民間企業が研究代表として推進するものは、後にも先にもこの「インドSATREPS」が初めてとのことで、このことは、本プログラムを推進する科学技術振興機構(JST)、国際協力機構(JICA)からプログラム採択後に聞いて分かったことである。日本国政府がインフラ技術を推進するという主旨にも沿っていたためではと今となって思い出される。SATREPS自体は新興国との課題可決に向けた共同研究活動であり、相手国の若手研究者の育成もプログラムに含まれている。このため、筆者がお世話になっている名古屋電機工業のみでは、到底その重責を担えるものではなかったため、新興国の交通問題に経験と実績を持つ日本大学理工学部の先生方に、共同研究機関として研究および教育面での多大なる協力をいただくことになった。この点において「産学共同」の形を作り出す絶好の機会となってと言える。

ここで冒頭に触れたインドと日本との重要な違いに触れておく必要がある。それは大学の教育制度の違いについてである。大学制度について本コラムで述べることは主旨がはずれるので、専門家にゆだねるとして、本プログラムを進める上で、教育制度の違いが浮き彫りになった。すなわち、日本の大学では、最高教育機関としての位置づけもあり、学生が授業料を支払い、その中で教員からの指導を受けながら、研究を進めることとなっている。この点において、大きな違いは、インドでは(一般的に他の国においても同様と判断される)、優秀な学生を育てる観点から、大学側から学生に対し研究支援金が支払われるという仕組みになっている。いわば研究のアシスタント料というもので、学生にとっても研究活動への大きなモチベーションになると同時に、教員側からも、それなりに厳しいチェックが入ることが一般的となっている。いわば社会人になる一歩手前の経験が大学の中で行われている。SATREPSプログラムは、相手国の自立発展性を重視する 政府開発援助(ODA)の観点から、相手国側の研究者・学生の人件費補助は認可されておらず、研究に必要となる機材・施設の供与、日本からの研究員派遣、相手国からの研修員受け入れがJICA予算として認められている。一方、JST予算は、国内の研究機関への支援という建て付けで相手国への研究費支援には適用できないといった制限のため、ここに両国間での制度上の制約のために大きな乖離が生じることが、プログラム開始早々顕在化することになった。このためしばしば、全研究機関の参加メンバーにて行われるジョイント・コーディネーティング・コミッティ(JCC)会議の場で、研究の予算配分の話になると、予算の公平性を求めるインド側から問題視され、そのたびに研究以外の予算項目で議論が紛糾し、お互いの冷却時間を必要となる中断が発生した。本件は、SATREPSプログラムの本質にもかかわるため、お互い譲れない点もあったが、JST、JICAの幹部にもたびたび相談を仰ぐ中で、それぞれの言い分を踏まえつつ推進できるようになった。この予算配分の問題は、JCCが行われる度に発生することになったが、さすがに最終年度の5年目を迎える中では、双方の理解も深まり、大きな問題とはなっていない。むしろ昨年(2020年)3月より発生したコロナ禍の問題がプログラム推進に向けて大きな障害となっている。この点は後に触れることにする。

ここで、筆者が強調したい点は、リサーチアシスタント料を提供するインド側の大学教育システムに関することである。このシステムにより、インドの学生にはやる気と企業に入ってからの即戦力を育成する点で大きく貢献しているように感じられる。そして、必ずや将来に、場合によっては既に現在でもインドと日本にて差が開くのではと心配している。今は、あまり見えるほどの差には感じられないものの、共同研究する中で発言面での積極性に違いがみられると考えるのは筆者だけであろうか。会議の席上、IITHの学生に意見を求めると、最初は恥ずかしがってなかなか声を発しなかったIITHの学生も、自身の研究内容に関して、質問を投げかけられると自分なりの意見をしっかり述べる姿勢は見習うところがあると考える。ただし、国民性ということもあってか、こちらの質問が終わる前に自分の意見を述べ始める点には、逆に日本の姿勢を見習ってほしいと感じるところもある。最後に掲載した写真では、第2回目のJCCをIITHにて2017年11月に実施した際の様子を示す。この段階ではまだ、IITH側の学生は参加していなかったが、後に30名近くの参加も珍しくはなくなっている。

次回は、具体的な研究活動が開始され、実際のフィールドに出て行った実証試験の様子を交え、現場ならではの課題やそれに対する取り組みに触れる予定。

第2回目のJCCの様子(場所:IITH、2017年11月)