2021年7月13日 西川 裕治(元 JST インドリエゾンオフィサー)
本サイト記事「新インド国家予算案(2021年度)から読む科学技術開発への強い意欲 」で、インド政府の新年度予算の柱のひとつである「イノベーションと研究開発(Innovation and R&D)」に、「深海調査研究事業(Deep Ocean Mission: DOM)」があることを紹介した。
インド政府は6月16日、モディ首相が議長を務める内閣経済委員会(CCEA)が、地球科学省(MoES)からのDOMを承認したと発表した。
このミッションの推定コストは407.7億ルピー(約612億円)で、5年間で段階的に実施される。第1フェーズの3年間(2021〜2024年)の費用は282.34億ルピーの予定。このDOMは、インド政府の「ブルー・エコノミー政策(Blue Economy Initiatives: BEI)」を支援するプロジェクトである。地球科学省は、このミッションを実施する主導的省庁となる。ブルー・エコノミーとは、海を守りながら利用することで経済や社会全体をサステナブルに発展させていこうとする海洋産業である。
DOMは、以下の6つの主要コンポーネントで構成される。
3人を科学的センサーやツールとともに水深6000メートルまで運ぶための有人潜水艇を開発する。この能力を獲得しているのは限られた国のみ。また、インド洋中央部の水深6,000メートルからポリメタリック・ノジュールを採掘するための統合採掘システムも開発される予定。鉱物の探査研究は、国連組織である国際海底機関が商業開発コードを策定した場合には、近い将来、商業開発への道を開くことになる。このコンポーネントは、BEI優先分野の「深海の鉱物とエネルギーの探査と利用」を支援する。
この概念実証のためのコンポーネントでは、季節単位から10年単位の時間スケールで重要な気候変数を理解し、将来の予測を行うための一連の観測とモデルが開発される。このコンポーネントは、BEI優先分野である「沿岸観光」を支援する。
微生物を含む深海の動植物のバイオ・プロスペクティングと、深海の生物資源の持続可能な利用に関する研究が主な対象。このコンポーネントは、BEI優先分野である「海洋漁業とその関連サービス」を支援する。
このコンポーネントの主な目的は、インド洋の中央海嶺に沿って、複数の金属を含む熱水硫化物の鉱化可能性のある場所を探索し、特定すること。このコンポーネントは、BEIの優先分野である「海洋資源の深海探査」をさらに支援する。
海洋温度差発電(OTEC)を利用した海水淡水化プラントの研究と詳細なエンジニアリング設計がこの概念実証案で想定されている。このコンポーネントは、BEIの優先分野である「沖合のエネルギー開発」を支援する。
このコンポーネントは、海洋生物学と工学における人材と企業の育成を目的としている。また、オンサイトのビジネスインキュベーター施設を通じて、研究を産業応用や製品開発に結びつける。このコンポーネントは、BEIの優先分野である「海洋生物学、ブルー・トレード、ブルー・マニュファクチャリング」を支援する。
深海採掘に必要な技術は戦略的な意味を持ち、商業的に利用可能ではない。そのため、主要な研究機関や民間企業と協力して、技術の国産化を図ることになる。また、深海探査用の研究船をインドの造船所で建造し雇用機会を創出する。このミッションは、海洋生物学の能力開発にも向けられ、インドの産業界に雇用機会をもたらす。さらに、特殊な機器や船舶の設計・開発・製造や、必要なインフラの整備を行うことで、インドの産業、特に中小企業や新興企業の成長に拍車をかけることが期待される。
地球の70%を占める海洋は、国民生活にとって重要な役割を果たしている。深海の約95%は未踏の地であり、三方を海に囲まれ、人口の約30%が沿岸地域に住むインドにとって、海洋は漁業や養殖、観光、生活、ブルー・トレードを支える主要な経済要因である。また、海洋は、食料、エネルギー、鉱物、医薬品の貯蔵庫であり、天候や気候を調節し、地球上の生命を支えている。
持続可能性における海洋の重要性を考慮し、国連は2021年から2030年までを「持続可能な開発のための海洋科学の10年」と宣言している。インドはユニークな海洋国家で、全長7517キロメートルの海岸線には、9つの沿岸州と1382の島々がある。2019年2月に発表されたインド政府の「2030年までに新しいインドを」(New India by 2030)というビジョンでは、ブルー・エコノミーが成長のための10の中核的次元(分野)の一つとして位置付けられている。