「世界から学生を集めた古代の伝統復活を」 インド「国家教育政策2020」➁~高等教育・前編~

2021年9月3日 西川 裕治(元 JST インドリエゾンオフィサー)

参考:「世界的な知識大国に」 インド「国家教育政策2020」①~イントロダクション~

インドの新教育政策である「国家教育政策(NEP)2020」は、2020年7月29日にインド連邦政府により承認された。前回①で紹介したようにNEP2020は以下の構成となっている。

Introduction

第I部
学校教育(初等・中等教育)
第II部
高等教育
第III部
その他の重点分野
第IV部
実現に向けて

「第II部 高等教育」は、以下の通り第9章から19章までの計11章で構成されている。この第II部について前編と後編の2回に分けて紹介する。

第II部 高等教育

第 9章
質の高い大学とカレッジ:高等教育システムのための新しい前向きなビジョン
第10章
教育機関の再構築と統合
第11章
全体論的で学際的な教育の実現に向けて
第12章
最適な学習環境と学生へのサポート
第13章
やる気と活力に満ちた有能な教授陣
第14章
高等教育における公平性と包括性
第15章
教員の教育・育成
第16章
職業教育の再構築
第17章
新しい国立研究財団(NRF)を通じた、あらゆる分野における  質の高い学術研究の促進
第18章
高等教育の規制システムの変革
第19章
高等教育機関の効果的なガバナンスとリーダーシップ

この新国家教育政策において、インド政府は、過去の教育政策における反省を踏まえ、自国教育の歴史と伝統に根ざし、かつ、最新・最先端の知識を取り込み、多様性、内包性に配慮した、世界に通用し、かつ世界をリードする教育システム・体制を構築しようとする意欲に溢れている。

同時に、リベラルアーツとSTEM教育を融合し、学際的かつ包括的な教育を目指し、加えて、レベルの高い教員の育成、効果的な職業訓練の強化と融合を通じて、「社会で使える人材」を育成するために、大学を核とする高等教育システムの全体を大きく改善、改革することを目指していることが分かる。

以下で、第9章から19章までの各章の概要を紹介する。

第9章 質の高い大学とカレッジ:インドの高等教育システムのための新しい前向きなビジョン

高等教育は、インド発展に極めて重要な役割を果たしており、国の持続可能な生活と経済発展に大きく貢献する。インドは知識経済社会へと移行するにつれ高等教育を受ける人口は増えていく。

目指すべき質の高い高等教育とは、幅広い分野において1つまたは複数の専門分野を学び、21 世紀型の能力が身につき、個人の達成のみならず社会への貢献および、経済的な自立を可能とする。各学習段階において特定された一連のスキルと価値観を組み込む。また、知識の創造とイノベーションの基盤を形成し、国家の発展、経済の成長に寄与するもの。この政策で高等教育制度を全面的に見直し再活性化する。

新ビジョンにおける現状の政策からの重要な変更点:

  1. (a) 高等教育機関を大規模で学際的高等教育システムに移行し、全ての州・地区に設置する。
  2. (b) 学際的な学部教育を目指す。
  3. (c) 教員と機関の自律性を高める。
  4. (d)カリキュラム、教育法、評価、学生支援を刷新し、学生の経験を向上させる。
  5. (e)教員や教育組織のリーダーの地位を再確認する。
  6. (f) 大学の研究を支援するため国家研究基金(NRF)を設立する。
  7. (g) 自治権を持つ独立理事会による高等教育機関のガバナンス強化。
  8. (h) 単一の規制機関による「軽くて厳しい」規制の実施。
  9. (i) 恵まれない環境の学生への教育機会の拡大、奨学金制度の拡充、オンライン教育、オープン・ディスタンス・ラーニング(ODL)の実施。障がいを持つ学生がアクセス可能なインフラと学習教材を整備しインクルージョン(包括性、多様性の受入れ)を向上する。

第10章 教育機関の再構築と統合

全ての高等教育機関は、2030年までに学際的な機関となり、学生数を一定レベルまで増加させる。各高等教育機関が3,000人以上の学生を持つことで、高等教育の断片化を解消する。芸術やスポーツを含む分野横断的な教養を身につけ、学際的で活発な研究コミュニティを発展させ、物的・人的資源の効率を高める。世界から多くの学生を集めたインド古代の大学の伝統を取り戻す。

大学認定システムを通じて、カレッジに段階的な自治権を付与するメカニズムを確立する。一定の期間を経て、全てのカレッジは、自律的に学位を授与するカレッジ、または大学の一部(構成カレッジ)のいずれかになることを目指す。

教育機会の公平性、および包括性を確保するために、へき地にも高等教育機関を設立し、地域言語、公用語またはバイリンガルで授業を行う。そして、職業教育を含む高等教育の総就学率を、(2018年の26.3%から)2035年までに50%に引き上げる。

公立の高等教育機関に対する公的資金の支援レベルの向上を決定するために、公正で透明性のあるシステムを導入する。最高品質の教育を提供する高等教育機関にはインセンティブが与えられる。

教育機関は、認定を受ければディプロマや学位につながるオープン・ディスタンス・ラーニング(ODL)やオンライン・プログラムを実施することができる。

単科の高等教育機関は廃止され、学際的・横断的な教育・研究を可能にし、学際的な高等教育クラスターの一部となるように移行される。全ての高等教育機関は、認定を受けて完全な自治へと徐々に移行される。

新たな規制システムは、15年かけて段階的に「提携大学」の制度を廃止する。既存の提携大学(university)は、提携カレッジを指導する責任を負う。

高等教育部門全体で、専門教育および職業教育を含む統合された高等教育システムを目指す。また、「みなし大学」、「提携大学」、「提携工科大学」、「ユニタリー・ユニバーシティ」など、現在の複雑な高等教育機関の名称は、規範に定められた基準を満たすことで、単に「大学」と置き換える。

第11章 全体論的(ホリスティック)で学際的な教育の実現に向けて

「リベラルアーツ」は、まさに21世紀に必要とされる教育であり、学部教育は、人文・芸術と科学・技術・工学・数学(STEM)を統合したホリスティックで学際的、かつ専門的・技術的・職業的な分野を含むアプローチとなる。

IIT等の工学系の教育機関でも、芸術や人文科学を重視した、よりホリスティックでマルチディシプリナリーな教育に移行する。文系の学生は、より多くの科学を学ぶことを目指し、全ての学生は職業科目とソフトスキルを取り入れる。

学際的な大規模大学における修士・博士教育では、厳格な専門性を提供する一方で、学界、政府、産業界を含めた学際的な仕事をする機会も提供する。

教育学では、コミュニケーション、ディスカッション、ディベート、リサーチ、そして学際的・融合的な教育の機会に重点が置かれる。

学際的で刺激的なインドの教育と環境に必要な、言語、文学、音楽、哲学、芸術、舞踊、演劇、教育、数学、統計、純粋・応用科学、社会学、経済学、スポーツ、翻訳・通訳などの学科が、全ての大学に設置される。

全ての高等教育機関のカリキュラムは、コミュニティへの参加と奉仕、環境教育、価値観教育の分野における単位制のコースとプロジェクトを含む。また、現代のグローバルな課題への対応として、グローバルシチズンシップ教育(GCED)が推進される。

全ての高等教育機関では、地元の産業、企業、芸術家、工芸家などとのインターンシップや、教員や研究者との研究インターンシップの機会を提供し、学生が学習の実践面に積極的に取り組み、副産物として雇用適性をいっそう向上させる。

学位プログラムの構成と期間は、次の通りとする。

(1)「学士プログラム」は3年または4年制とし、この期間内に複数の終了オプションを設ける。
例えば、職業や専門分野を含む分野や領域で1年間の学習を終えた後の「サティフィケート」、2年間の学習を終えた後の「ディプロマ」、または3年間のプログラムを終えた後の「学士号(ディグリー)」など。また、4年間の学際的な学士プログラムは、専攻と副専攻に焦点を当て、ホリスティックで学際的な教育の全範囲を経験する好ましい選択肢となる。また、アカデミック・バンク・オブ・クレジット(ABC)を設立し、高等教育機関で取得した単位をデジタル化して保存する。

(2)「修士プログラム」は柔軟に運用する。

  1. (a) 3年間の学士プログラムを修了した者には、2年目を研究に特化した2年間のプログラムを提供する。
  2. (b) 4年間の研究付き学士プログラムを修了した学生には、1年間の修士プログラムが可能。
  3. (c) 5年間の学士/修士統合プログラムが可能。

(3)「Ph.D.(博士号)」取得には、修士号、または4年制の研究付き学士号のいずれかが必要となる。M. Phil.プログラムは廃止する。

MERU(Multidisciplinary Education and Research Universities)と呼ばれる「モデル公立大学」が設立され、インド全体で学際的な教育の高基準設定の指標となる。MERU は、IIT(Indian Institute of Technology)やIIM(Indian Institute of Management)などと同等の総合的かつ学際的な教育を行う。

高等教育機関は、スタートアップインキュベーションセンター、技術開発センター、フロンティア領域の研究センター、産学連携の強化、人文・社会科学研究を含む学際的研究などを設置し、研究とイノベーションに注力する。

感染症、疫学、ウイルス学、診断、機器、ワクチン学、その他の関連分野の研究を高等教育機関が率先して行う。イノベーションを促進するための具体的な仕組みやコンテストを開発する。

国家研究財団(NRF)は、高等教育機関、研究所、その他の研究機関において、このような活気ある研究・イノベーション文化を実現し、支援する役割を果たす。

第12章 最適な学習環境と学生へのサポート

効果的な学習には、適切なカリキュラム、魅力的な教育法、継続的な形成的評価、および適切な学生支援を含む総合的なアプローチが必要である。また、最新の知識に合わせて定期的に更新され、最新の知識と要求を満たす必要がある。

教育実践は、学生に提供される学習経験を決定し、学習成果に直接影響を与えるので、評価方法は科学的でなければならない。また、質の高い図書館、教室、研究室、テクノロジー、スポーツ/レクリエーションエリア、学生のディスカッションスペース、ダイニングエリアなど、適切なリソースとインフラを提供する学習環境の整備が必要。

第一に、創造性を促進するために、教育機関と教員は、カリキュラム、教育法、評価に関する革新のための自治権を有し、カリキュラムと教育法は、教育機関と意欲的な教員によって設計される。選択式単位制度(CBCS)は、革新性と柔軟性を浸透させるために改訂される。各プログラムの学習目標に基づいて学生の達成度を評価するクライテリオン・ベースの成績評価システムに移行し、高得点を競う試験から、より継続的で包括的な評価へと移行する。

第二に、各教育機関は、多様な学生集団を学問的・社会的領域で支援するための強力な内部システムを構築する。例えば、科学、数学、詩、言語、文学、ディベート、音楽、スポーツなどのクラブや活動に資金を提供する。教員は、メンターやガイドとしても機能する。

第三に、社会経済的に恵まれない学生支援のため、サポートセンターを設置する。また、学業やキャリアや、健康を確保するためのカウンセラーも配置する。

第四に、オンライン学習(ODL)は、品質基準の遵守を確保し更新され、最高品質のクラス内プログラムと同等のものを目指し、ガイドラインが作成され、推奨される品質のフレームワークが開発される。

これらの取り組みは、海外からの留学生を増やし、インドの学生の海外留学や、研究にも役立つ。世界的な教育品質基準を達成し、より多くの留学生を惹きつけ、「自国での国際化」という目標を達成する。教育機関は、留学生オフィスを設置する。また、質の高い外国の教育機関との研究・教育協力や教員・学生の交流を促進し、相互に有益な関連MOUを締結する。

インドの大学が他国にキャンパスを設置し、同様に、世界のトップ100大学がインドで活動できるようにする。さらに、研究協力や学生交流も強力に促進する。外国の大学で取得した単位は、適切な場合には学位授与のために算入が可能とする。

学生にはスポーツ、文化・芸術クラブ、エコクラブ、活動クラブ、社会奉仕プロジェクトなどに参加する機会が与えられ、カウンセリングシステムやホステルの設備を増やし医療施設も確保する。

学生への経済的支援は、様々な手段を用いて行われる。社会的に恵まれない(低カースト等)学生へのメリット供与を奨励する。国家奨学金ポータル(National Scholarship Portal)を拡大し、奨学金を受けている学生の支援、育成、進捗状況の追跡を行う。私立大学には、費用免除や奨学金の提供が奨励される。

第13章 やる気と活力に満ちた有能な教授陣

高等教育機関の成功の最も重要な要因は、教員の質と関与である。公的機関の常任教員の報酬水準も大幅に引き上げられ、教員に専門的な開発の機会を提供するための取り組みも行われてきた。しかし、高等教育機関における教育、研究、サービスの面での教員のモチベーションは、望ましい水準よりもはるかに低く、モチベーションが高い状態に維持する必要がある。この目的のために、本方針は以下の取り組みを推奨する。

  • 清潔な飲料水、清潔な作業用トイレ、黒板、オフィス、教具、図書館、研究室、快適な教室スペースやキャンパスなどの基本的なインフラや施設を備え、より良い学習体験を可能にする最新の教育技術を利用可能とする。
  • 教務も過度にならず、学生と教師の比率も高くせず、教務活動が快適に行われ、学生との交流、研究の実施、その他の大学の活動のための十分な時間の確保が可能となる。
  • 教員は、一般的には教育機関間の異動はできないものとし、教員が自分の教育機関やコミュニティに真に投資され、つながりを持ち、コミットしていると感じられるようにする。
  • 承認された枠組みの中で、独自のカリキュラムや教育的アプローチを設計する自由が教員に与えられ、創造的な仕事を行うための重要な動機付けとする。
  • 優優れた業績は、適切な報酬、昇進、表彰、昇進を通じて動機づけられ、一方、基本的な規範を未達な教員には責任が課せられる。
  • 高等教育機関は、教員採用のための明確で、独立し、透明性のあるプロセスと基準を持つ。現行の採用プロセスを継続しつつも、卓越性をより確実にするために、「テニュア・トラック」、すなわち適切な試用期間を設ける。高い研究や貢献を評価するために、迅速な昇進制度を導入する。適切な業績評価のための終身在職権、昇進、昇給、表彰などのシステムは、各高等教育機関が開発し、機関開発計画(Institutional Development Plan: IDP)の中で明確な説明責任を負う。
  • 熱意ある教育機関のリーダーの存在が必要とされている。学術的にもサービス的にも高い評価を受け、リーダーシップとマネジメントスキルを発揮する優秀な教員を早期に特定し、リーダーシップポジションの育成システムを通じてトレーニングされる。教育機関の指導者は、交代時期が重なることで、円滑な運営を確保する。リーダーは、卓越した革新的な教育、研究、組織への貢献、コミュニティへの貢献を教員が意欲的に行うような文化の創造を目指す。

「第II部 高等教育」の第14章から第19章については後編として次回紹介する。

上へ戻る