北陸企業とインド連携②鶏卵をコールド・チェーンで輸送へ

2021年9月9日 松島 大輔(金沢大学教授)

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

参考:北陸企業とインド連携①スマート農業・医薬品で大きなポテンシャル

前回に続いて、直近における北陸企業のインド進出の特徴を通じて、インドの現状を紹介することとしたい。2019年7月北陸経済連合会主催の「北陸・インド交流会議」ではイセ食品株式会社(https://www.ise-egg.co.jp/ (外部リンク))が登壇した。イセ食品といえば、鶏卵業界最大手の一つである。このイセ食品、実は富山県福岡町(現在の高岡市福岡町)が発祥である。実際、イセ食品のインド戦略は、インド自動車産業を牽引してきたマルチスズキ(Maruti Suzuki India Limited)のスズキ株式会社と合弁で展開する。ご存じの方も多いと思うが、マルチスズキは、インド自動車市場の半分近くのシェアを有しており、著者も駐在当時の2006~2010年の間、何度かインドにあるスズキ工場を訪問させていただいた。ある時、政府の経済ミッションを同工場にご案内した際には、鈴木修会長(当時)が誰よりも早く、かくしゃくとして工場内に次々に指示(あるいは檄)を飛ばしながら、駆け足で日系企業のインドミッションを案内しておられたのが印象深い。日本からの要人御一行も、スズキ会長についていくのがやっとのことだった光景を思い出す。

両社は現地法人「イセ・スズキ・エッグインディア(Ise-suzuki Egg India Private Limited)」を設立し、共同でインドでの鶏卵事業を展開するという。現在、インドでは鶏卵が高価であり、インドにおける国民一人当たりの鶏卵消費量は、まだ日本の23%程度(77個/年(インド)、338個/年(日本)) にとどまっており(下記表参照)、供給量拡大の余地は大きいとしている。

一人当たり鶏卵消費量(個)2019年
順位 国名 個数
1位 メキシコ 372
2位 日本 338
3位 ロシア 306
33位 インド 77

出典:International Egg Commission
International Egg Commission | Connecting the Egg Industry (外部リンク) )

さらにコールド・チェーン(Cold Chain)が未発達であることがら食品の廃棄ロスが尋常ではない。またインド人はベジタリアンが多いが、卵については口にすることができるという方も多く、今後のインド人のたんぱく源としても鶏卵が期待されている。ご存じの方も多いと思うが、インドのベジタリアンは一通りではない。最も禁忌が強いジェーン(Jain)、ジャイナ教徒は「根こそぎ」を避けるため根菜類すら口にしない。また、宗教上代々ベジタリアンを堅持している、"by nature"という立場と、自ら選択してベジタリアンを選択した"by choice"が存在する。このあたりもインド人との付き合い方で注意すべきポイントである。いずれにせよ、食糧資源のロスや安定供給など、様々なグローバル課題の視点は、現在注目されているSDGs(Sustainable Development Goals)、すなわち、2015年9月の「国連持続可能な開発サミット」における「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」にも通じるものである。

インドに駐在したことがある方なら知っておられると思うが、インドの卵はとにかく、「薄い」印象である。日本の卵に比べても黄身が大変薄い黄色をしており、直観的にこれは栄養価が低いのではないか、と疑いたくなる。著者がデリーやグルガオンで生活していた2006年から2010年の間は、まだインドラ・マーケット(Indra Market)というデリー市内の市場は、アジア的混沌のなかにあった。その当時、「インド進出を期待して、日系企業をお連れするのは、ハイエンドの高級ショッピングモール、自分の会社の人事を連れて行くのはインドラ・マーケット」というジョークがあった。そのココロは、インドの多様性と格差を前提に、高級スーパーに行くと、インドもここまで発展したか、大変生活しやすいではないか、という印象を与える一方、伝統的なマーケットでは、その場で鶏を轢いて鶏肉を提供するという大変「残酷な」光景を見せて、インドでの生活に関して「印象操作」するというものであった。人事担当にこうした伝統的なインドを訴求することで、自らの駐在生活の生活改善を期待するわけである。実際、駐在当時住んでいた時には、どうしてもチキンカレーを食べたいときはメイドさんと一緒にインドラ・マーケットを訪問し、目の前で生きた鶏がチキンに変わる光景を目の当たりにして食欲を失いかけたこともある。

ちなみに、食肉でも羊は違った印象をもった記憶がある。高級繊維カシミアで有名なカシミール地方(Jammu & Kashmir)の州都シュリーナガル(Srinagar)を訪問した時の事。当地のムスリムの結婚式に招待され、羊の解体ショーを見学させていただいたことがある。ハラル料理の奥深さを理解したが、羊を伝統的な屠殺の方法にのっとって、動脈部分を突いていく様は、羊に過剰な苦痛を与えない配慮かとみえるほど、手際のよいものであった。

いずれにせよ、こうした伝統的な流通サービスと、モダンな、むしろ日本を凌駕する場合もあるハイエンドの流通の二重性を前提に、インド市場を検討するうえで、イセ食品の取り組みは先駆的であるといえるだろう。

その一つがどのように鶏卵を輸送するかというポイント、コールド・チェーンの問題である。これも著者の個人的な体験であるが、2006年にインド駐在したての頃、日本からの出張者のある先輩が、「君も大変だろうから面白いものを日本から持ってきてやろう」という有難い申し出を頂いた。なんとそれが、生卵。久しぶりに卵かけご飯、特にインドのカレーのうえに、生卵をかけると定めし美味しいだろうと思い、早速、ダール(豆)カレーにかけて食べてみたのだが、どうしたことか、早速その日のうちにお腹を壊してしまった。ちなみに著者はインドでも熱中症で2度入院した以外は、ほとんどお腹を壊したことが無いにもかかわらず、である。もしかしたら、空港から自宅までのわずかな間に傷んでしまったのだろうか。それ位、インドでは食品の衛生管理、コールド・チェーンの管理を慎重にする必要がある。

インドの食品流通において、「コールド・チェーンを制するものはインドを制する」といっても過言ではない。著者が駐在当時、日本貿易振興機構(ジェトロ)の出版企画として『インド物流ネットワーク・マップ』(2009年、ISBN-13:978-4822410650)という調査を行い、何千キロと踏査調査を行った。この時、既に三菱商事が、デリーとベンガルールの間のアイスクリームのコールド・チェーンを仕掛けておられたのを記憶している。これは大変先駆的な試みであり、そのあと、やはりコールド・チェーンを前提とした、酒類、特に日本酒の流通を検討した方がおられたが、こちらはムンバイ港から入れて大消費地デリーに運ぶという話もあったが、州をまたぐ付加価値税(VAT:Value Added Tax)の取り扱い問題等の税制上の課題などによって困難に直面して苦戦しておられた。

こうしたインドの困難な物流状況に対し、イセ食品はどのように対応しようとしているのだろうか。イセ食品の事業は、日本の鴻池運輸と連携し、2019年5月から鶏卵の輸送実験を進めている。同社は、農林水産省の「令和元年度フードバリューチェーン構築推進事業 インド事業化可能性調査支援事業」において、「北インドでの鶏卵の安全・安心・確実な輸送の実証」を提案し、これに採択された。いよいよ日系企業によるインドのコールド・チェーン完成に向けた一歩として大変期待している。

ちなみにイセ食品の伊勢彦信会長は、世界的な美術品のコレクターとしても有名である。創業の地、富山県福岡にある創業の地やご自宅にもお邪魔したことがあるが、洋の東西、古今を問わず、様々なコレクションがところ狭しと飾られている。本物のアートに囲まれた生活のなかで、真のアート思考に基づくインド進出を通じた「破壊的なイノベーション」が生まれていくのではないか。同社の果敢な取り組みを思うにつけ、コロナ後の新しい日印ビジネスの戦略的連携が期待される。