日本に留学したインド人卒業生は何を思ったか アンケート前編:留学前・インドの大学について

2021年10月21日

小林クリシュナピライ憲枝

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。

2014~19年まで5年間続いた「大学の世界展開力強化事業(インド)」(日本学術振興会主催)では、長岡技術科学大学(以下長岡技科大)を含む数校の日本の大学と、インドのトップ大学の一つ、IITマドラス校を含む複数のインドの大学との間に、学生の交換等の交流が活発に行われた。

インド側はこの機会を利用して、日本の大学や企業に研究インターンシップに行った学生、日本の大学に正規留学をした学生が、卒業後に日本の一流企業にエンジニアやサイエンティストとして就職、または日本の大学院に進学、もしくはインドに戻り教職に就いたケースなどがある。

日本の大学や企業などを経験したインドの若者たちは、これからの日本とインドの関係を築き上げていってくれる存在である。彼らの視点からの、それぞれの大学と社会に対する感想、意見、アドバイスは、日印両国の現状の改善点や、今後の両国の発展と、その相乗効果に大変貴重なものであると考える。

筆者は、2014年度の「大学の世界展開力強化事業(インド)」以降、長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターとして日印大学交流に携わっている。2017年度からは並行して、IITマドラス校でゲスト講師として日本語入門・初級クラスを担当している。現在IITマドラス校の日本語クラスは、講師2人体制で、各期、入門クラスは30~60名、初級クラスは20名前後の学生が学んでいる。

そこで、日本語教育や留学コーディネート業務等を通じて、現在でも親交のある12名のインド人卒業生たちにアンケートに協力してもらった。様々な意見を得たので、ここに紹介し考察したい。

これは、個々人の意見を吸い上げまとめたものであるので、全体像の把握までを意図しているものではない。私自身がインドに居住し、日印大学間交流、産学連携、教育に携わる中で得てきた感想と一致しているものを紹介する。日印の大学交流(特に工学系)に関する理解の一助になると考えている。

IITマドラス校の日本語授業風景(中央奥が筆者)

インド人学生たちは日本に来る前にインドの大学でどのような環境で学んだのか。前編として今回は、「インドの大学」に関するコメントを紹介する。

アンケートに協力してくれたインド人卒業生12名の内訳は以下の通り。
10名:IITマドラス校卒。在学中に、IITマドラスの日本語クラスで入門、または入門~初級の日本語を学んだ。うち7名は、日本で就職し、NRI野村総合研究所、株式会社島津製作所、ソニー株式会社、ヤマハ発動機株式会社、株式会社マネーフォワード(会社名順不同)等に勤務中。3名は東京大学、京都大学等に進学した。

1名: 長岡技科大大学院修士課程修了。長岡の地元企業に就職した。
1名: 東京大学大学院博士号を取得。日本での社会経験を得た後、インドに戻りIITマドラス校で教職に就いた。

年齢層は20~30代前半。
男女比は、男性10名:女性2名。

IITマドラス校のシンボル:Gejendra Circle。同キャンパス内には希少種のBlackbuck (インドレイヨウ)も(いずれも筆者提供)

以下、インドの大学(IITマドラス校を中心に)の講義、研究、教育環境、生活一般、に関するアンケートへの回答。

1.インドの大学の講義について:

  • コースワーク(講義)については、特にIIT校では、概して理論をより深く学び、アプリケーションより理論的理解に重点を置く傾向にある。難易度の高い授業内容から得られる利点は、教授や同輩の知識と知性、イノベーション能力から学ぶものが多く、それが自己の能力開発と仕事の即戦力にもつながってくる。また、強固な理論の基礎により、問題解決能力が養われる。
  • 一方で、本の理解を中心とし、筆記試験に基づいた評価制度が多いことに対して、プロジェクトに基づいた学びや、より多くの新規技術を学びたいという声があがった。
  • インドの大学では、概して、教員数:学生数において、教員の比率が低く、学生数が多いため、教員の学生一人ひとりへの注意が及びにくい点も挙げられた。

(参考: IITマドラス校の教員数:学生数は、599:8,922、およそ 1:15) (2021年10月1日時点のWikipedia "IIT Madras" より)

2.インドの大学の研究について :

  • IIT校では、優秀な指導教員と同輩に恵まれ、また、学生の興味の分野への挑戦やリスクテイキングがしやすい環境がある。タイムラインは概して緩やかである。
  • インドでは、研究論文の質以上に、数を重要視しがちであるという批判があった。
  • また、先に挙げたように、概して、教員の比率が低く、学生数が多いことは、研究室においても同様の傾向があり、これは研究の質に影響する。国内での改善が必要な問題だが、海外大学の教員との連携による教員数の増加を希望するという声もあった。⇒ 4.の「考察」の項にコメント。

3.教育環境、生活一般について:

  • IITなど多くのインドの大学では、学生のほとんどが大学のキャンパス内の寮に滞在しているので、学内の様々な活動を通じて育まれる横の関係において、友情や総合的成長が生涯の宝になったという意見があった。
  • インドの大学は、フレンドリーで和やかな雰囲気がある一方で、点数、成績へのこだわりが強く、質より量を求めがち等、競争社会でもある。

4.以上のアンケート結果から筆者の考察:

インド、特にIIT校では、コースワークの負荷が多いがそこから得られる学びも多く、その後の実社会での即戦力や問題解決能力が養えていることがうかがえた。世界企業や外資系で活躍するIIT卒が非常に多いことからも、学部教育の質の高さ、学生の優秀さは興味深い。

一方で、研究に関しては、概して質より数量に傾きがちという意見が複数あった。後編に述べる日本での研究の経験と比較すると、日本の研究の質や方法をより評価する意見が多かった。

上記2.の「海外大学の教員との連携による教員数の増加を希望する」については、本ポータルサイト に2021年9月22日掲載の、「単位互換・共同指導制度の導入で日印の学生学びやすく IITM―長岡技科大が連携」(大塚雄市准教授著) [1] に説明があるように、日印大学間での、双方向海外実務訓練、単位互換、博士課程共同指導により、双方の学生が提携大学の教員からも指導が受けられる制度は、教員数増加に準じ、提携校とその学生への貢献ができる。また、両校の共同研究にも寄与する。

5.インドの大学の最近の動向:

インドの工学系大学または学部では、従来、ほぼ工学系、理数系の科目のみを学ぶ大学が多かった。

しかしながら、インド政府人材開発省(現教育省)の「国家教育政策2020/National Education Policy 2020」[2]でも述べられているように、現代の社会では、大学の包括的で学際的なリベラルアーツ教育の必要性が重視されるなど、様々な角度から大規模な大学の改変が着手されている。

IITマドラス校においても、以前からその傾向と対応は年々高まっている。マドラス校には工学系だけではなく、経営学科と人文社会学科もある。現在、語学は、ドイツ語、フランス語、中国語、日本語が提供されており、語学を含む人文系の科目を、工学系の学生も受講することができ、学生は異なる分野の学習を楽しんでいる。また、工学系学科間でも他学科の授業を受けることも可能であり、こういった取り組みは、年々より柔軟、多様になってきている。インドの大学の今後のさらなる改変や発展に引き続き注目していきたい。

次回の後編では、インド人学生が学んだ日本の大学についての彼らの感想・意見等を紹介する予定。さらに、日印両国の企業文化・システム、職業倫理等についても、インド人卒業生らの意見も紹介できたらと考えている。