日本に留学したインド人卒業生は何を思ったか アンケート後編:留学後・日本の大学について

2021年11月29日

小林クリシュナピライ憲枝

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。現在はインド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の職員住宅に居住している。長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、IITマドラス校の日本語教育に携わる。

本編は、2021年10月21日同ポータルに掲載の「同題 アンケート前編:留学前・インドの大学について[1]の後編。

以下、日本の大学の講義、研究、教育環境、生活一般、に関するアンケートへの回答。なお、回答者は全員工学系。

1.日本の大学の講義について:

  • 大学で理論を多く勉強するインド人学生(特にIIT)にとっては、概して、日本の大学の授業の内容はより平易であり、新たに学ぶことが少なかったという意見が複数あった。
  • 一方で、日本のほうがプロジェクトベースの学びがより普及しており、課外のスキルも尊重される。
  • インド人にとって知識の習得は重要であるところ、日本の大学の「英語ミディアム」の授業が、実際には日本語が多用され、留学生である彼らが当然期待する英語ミディアムにはなっていないケースがあった。
  • 日本の大学には英語が話せる学生が少ないので、基本的な英語能力は備えてほしいとの意見が多くあった。キャンパスで英語でのコミュニケーションが通じなければ、より多くの海外の学生に日本に興味を持ってもらうことは難しい。
  • 教員数:学生数の比率は良い。

(参考: 長岡技術科学大学の場合 教員数:学生数は、202 : 2,185、およそ1:11) (2021年 同大学HPより)

2.日本の大学の研究について :

  • 全体として日本の研究室は、インフラ、設備、装置等が充実しており、ファンディングに恵まれているという感想が多かった。
  • 日本の大学の研究では、規定の時間内に質の高い結果を出すことが求められる。目的に対し、リソースと、しっかりと焦点を合わせる姿勢がある。問題解決のために要する多大な努力と、その過程から養われる能力等、総体的アプローチへの評価があった。また、初期から研究に対する判断力の養成に力を入れているので、これが長期的な利益となるという感想があった。
  • 研究室単位、または研究室相互間で行われる週例ミーティングは、リサーチプランの紹介や、個々の課題が情報共有され、その批評やサポート制度により、効率性の改善や研究の方向性が得られることが評価されている。読書サークルも楽しまれている。これらをインドでも採用するとよいという意見が多かった。
  • 地域企業との産学連携システムができている。社会に関連する問題解決に重点を置くことが、より大きな公的利益をもたらすことにつながる。

IITマドラス校での実務訓練を経験した長岡技科大学生が、IITマドラス校からの研究留学生を歓迎

日本企業での実務訓練インターンシップに参加したIITマドラス校学生。
長岡技科大・ IITマドラス校・日本企業の三者連携で実施された

3.教育環境、文化、生活一般について:

  • 概して、日本の大学の「よく学び、よく遊ぶ」総合的な成長に重点を置いていること、また、労働倫理、労働文化、勤勉性が評価されている。
  • 日本の文化は西洋的思考とは対照的であり、日本留学によって西洋とは別の世界観に触れることができたという感想もあった。
  • 課外活動としては、日本の大学の研究室では、教授と学生が一緒に旅行をしたり、パーティーをしたり、各種イベントが多くある。
  • 日本側の英語力の問題、ベジタリアンへの理解不足と対応の少なさ、の2点は、多くのインド人留学生が日本で困難に感じる問題だった。
  • 日本の大学を卒業した後の将来が日本社会であることが想定されがちで、日本の大学を卒業してグローバルに働くという進路が容易ではない。
  • 国際化、多様性、包摂性の改善が必要であり、大学および日本社会が、システマティックにこれを実現していく努力が求められる。

4.以上のアンケート結果から筆者の考察:

  • 日本の大学で、恵まれた環境で、研究の方法や姿勢を学んだという感想が多かったことは喜ばしい。
  • 両国で、実践的高度技術者の育成のため、より多くの産学連携活動が望まれている。
  • 日本側の 1)英語力強化、2)ベジタリアンへの対応 を増やしていくこと、の2点は、多くのインド人留学生が日本に求めている課題である。

1)英語力強化について:

個人的には、日本の小学校以降の教科書、特に算数、理科について、誰でも英語訳にアクセスできるようになっていれば、必ずしもインターナショナルスクール等に通わなくても、多くの人が自然と理数系の英語を基礎から学ぶことができ、英語の構文、構造の理解も身につくことになるのではないかと考えている。

英語に触れる場について、教師が教える場と英語学習教材による英語「を」習うことだけでなく、英語「で」習う機会が早期から増えるのが、実際的な英語習得への近道ではないかと考える。

インドでは、数多くの出版社が出版している各種教科書は、通販サイトで誰でも容易に手に入れることができる。興味さえあれば誰でも教科書を入手でき、学びの主体と場所が制限されないメリットは大きい。

また、インド教育省(旧インド人材開発省)の「国家教育政策2020」[2]等に言及されているが、インド教育省の、学校教育のデジタルプラットフォームである"DIKSHA"[3]、高等教育を中心とするデジタルプラットフォームである"SWAYAM"[4]は、現在、開発・アップロードが順次進行中で、各学習サイトは、英語及びインドの複数の主要言語を選択できるようになっており、学習者が、英語だけでなく、母語や地域言語でも学習できるように開発されている。これは、多言語国家であるインドの文化に基づくものなので、あくまで参考として紹介するが、日本でも、日本語以外の他言語での学習に関し、教員の負担とすることなく、学びたい人たち、必要とする人たちが誰でもアクセスできる英語(及びその他の多言語)訳があれば、とても役に立つと思うのだが、いかがなものだろうか。

2)ベジタリアン対応について:

インドの食料品には、ノンベジタリアン食品には赤茶色の○、ベジタリアン食品には緑色の○がついている。日本では、ベジタリアンの留学生は、いちいち食料品パッケージの漢字の多い成分表をチェックして、どれが食べられるものかを確認しなければならず、生活の基本である「食」自体に大きな困難がある。日本でも、少なくとも、ベジタリアン食品にマークをつけてあげれば、彼らの負担は軽減する。

25年以上前になるが、筆者がイギリスの大学に1年間留学した際、登校初日に、フォームにベジ/ノンベジのチェック欄があった。以降、初日から、それまで一度も会ったことがないウェイター、ウェイトレスが、学生全員の誰がベジで誰がノンベジかを把握しており、正確に給仕していたことに感嘆した。インド人だけでなく、アメリカ、ヨーロッパの学生にはベジタリアンも多く、ベジ、ノンベジの個人のポリシーは尊重され、常に両方、各種用意されていた。また、乳製品もとらないヴィーガンにも対応していた。当時日本食レストランではベジタリアンメニューは提供されていなかったが、他の多くのレストランでベジタリアンメニューは複数用意されており、ベジタリアンが多くの不便を感じる社会ではなかった。

日本も最近、徐々に変わって来ており、ベジタリアンメニューのある大学もある。だが、25年以上前のイギリスと比べても、まだまだベジタリアン学生の不便が続いている。

インドと日本は、国家間の友好関係も継続しており、今後さらに相互理解と扶助による両国の発展が期待される。その一つの方法として、大学間交流が担う役割は大きい。

また、日印大学交流が、双方の学術、技術、公益の発展に寄与するためのみならず、まずこれに関わる「人」の生活と幸福感をより高めるための"KAIZEN"を考えたい。日本において彼らの自己実現が達成されることを切に願っている。

現在、日本との懸け橋として、日本の企業等で活躍してくれているインド人卒業生からは、日本の企業、職業文化、社会についての感想、意見が私のもとに届いている。本編の続編として、「日本で就業経験を得たインド人卒業生は何を見ているか」について、次回紹介する予定。

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