2023年9月28日
小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUT
オフィス コーディネーター
<略歴>
明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。インドでは、チェンナイ補習授業校、人材コンサルティング会社、会計事務所に勤務後、現在は、長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、インド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の日本語教育に携わっている。IITマドラス校の職員住宅に居住している。
前回の本シリーズ①[1]ではIITマドラス校(IITM)の研究拠点の1つとして、センター・フォー・イノベーション(CFI) を紹介した。今回はCFIの中で実施されている学生クラブ活動について取り上げる。
CFIは、イノベーションと起業家精神を育むダイナミックで活気ある拠点である。学生が運営するプロジェクトやイニシアチブを育成するためのプラットフォームとして機能し、最先端のインフラと協力的なエコシステムを提供している。ワークショップ、ブートキャンプ、ハッカソン、イノベーション・チャレンジなどを通じて、IITMのコミュニティーに既成概念にとらわれない発想を促すことを目指している[2]。建物は、同校の 2013年卒業の学生達によってアイデアが提供され、当地の著名な建築家マニ・アイヤー氏(Mr. Mani Iyer) により設計された。設立資金は、1981年卒業の V. シャンカー氏、ゴパラクリシュナン-デシュパンデ・センター (経営の両氏共にIITM同窓生の実業家で篤志家) 、その他複数の同窓生が提供した。
CFI外観
(筆者撮影)
CFIで特にアクティブな学生クラブ活動は30ほどあり、グラウンドフロアは、ハードウェア クラブに割り当てられ、1日24時間体制で学生に活動の場を提供している。
CFIグラウンドフロア、ハードウェアチームのスペース
(筆者撮影)
学生クラブ活動のうち、内外のコンペティションに参加するチームは、主に以下の6チームだ。
1. ラフター・フォーミュラ・レーシングチーム (Raftar Formula Racing Team) [3] :
2012年以降継続している、CFI の中で最も古いチーム。以前は内燃機関/ガソリンベースのレーシングカーを製造していた。 2017年にはフォーミュラ・ステューデント・イタリーの燃費部門で優勝、2020年には国内の燃焼部門でインド最高のチームとなった。(コロナ禍でドイツ大会には参加がかなわず。) ほぼ毎年、国内外の競技に参加し、各種の受賞をしている。2020年に電動カテゴリーに研究を切り替えた。世界的に競争力のあるチームを目指し、インドの学生フォーミュラ文化を促進することを目指している。
(写真: IITM提供)
2. アグニラス・ソーラーベース・レースカーチーム (Agnirath Solarbase Racing Car Team) [4] :
2021年にスタート。エンジニアリングの限界を押し広げ、高効率ソーラーカーの設計と製造を行い、国際的なチームと競争する。 2023年10月には、オーストラリアで開催される、権威ある「ブリヂストン・ワールド・ソーラー・チャレンジ」に参加し、完全に太陽光発電で駆動する車で、ダーウィンからアデレードまでの3000kmを42時間で走る[5]。ビジョンは、インド、そしておそらくアジア初の商用ソーラーカー・メーカーとして成長することだ。
(写真: IITM提供)
3. アヴィシュカル・ハイパーループチーム (Avishkar Hyperloop Team) [6] :
2017年にスタート。本チームは、ハイパーループ・ テクノロジーによる交通の革命に焦点を当てる。ハイパーループは、低圧チューブと磁気浮上ポッドを使用して、高速、効率的、持続可能な移動を実現する未来的な交通システムである。空気抵抗を最小限に抑え、時速1,000キロ以上の速度を達成することを目指している。 電動モーターと磁力を利用したハイパーループは、よりスムーズで高速な移動を実現する。この革新的な交通手段は、長距離移動に革命をもたらし、移動時間を短縮し、環境への影響を最小限に抑える可能性を秘めている。 同チームはインドでハイパーループチューブ研究の先頭に立ち、斬新で費用対効果の高いチューブ設計の特許をすでに取得している。オープンソースの Hyperloop 開発を促進するために、学生が運営するハイパーループ試験施設で世界最大を目指している。チームは、2022年のヨーロッパ・ハイパーループ・ウィーク (EHW) に参加し、電気サブシステム、トラクション・サブシステム、および完全なポッドの 3つのカテゴリーでグローバル トップ 5 に入った。
(写真: IITM提供)
4. アビヤーン自動運転車チーム (Abhiyaan Autonomous Vehicle Team) [7] :
2016年にスタート。自律的でインテリジェントで安全な地上ナビゲーションシステムを構築し、交通事故の94%近くの原因である人的ミスを終わらせようとしている。チームが立ち上げた「ヴィラット(Virat)」 は、「インテリジェント地上車両コンペティション (IGVC) 2019」で世界2位を獲得。同チーム発明の「ボルト(Bolt)」は、今年、米国で IGVC コンペティションの一環として開催されたデザイン チャレンジで優勝、また、米国ミシガン州で開催されたIGVC 2023 のサイバーセキュリティ チャレンジでも優勝した。
ドライバーレス・キャンパスシャトル・プロジェクトで、学長を乗客として実証
(写真提供: IITM)
5. アビュダイ・ ロケット研究チーム (Abhyuday Rocketry Team) [8] :
2020年設立。2023年には、サウンディングロケットを構築し、ISRO (インド宇宙研究機関) のCanSat競技会に出場。また、世界最大の大学間ロケット競技会であるスペースポート・アメリカ・カップ競技会(ニューメキシコ州) に出場。打上げと回収に成功し、10K COTS モーター チャレンジで約 10,000 フィートの遠地点に到達した。サウンディングロケットは一般に、大気上層領域のサンプリングに使用される 1 段または 2 段の固体燃料ロケットである。 また、実際の宇宙飛行での使用を目的とした新しいコンポーネントやサブシステムのプロトタイプをテストまたは証明するための、簡単に入手できるプラットフォームとしても機能する。目標は、IIT マドラス校にロケット工学の種をまき、学生に必須のツールと環境を提供することでロケット工学に対するスキルと熱意を育むことである。
(写真提供: IITM)
6. アンヴェシャック火星探査機チーム (Anveshak Mars Rover Team) [9] :
2015年事業開始。Anveshak チームは、ロボット工学に携わる学生からなるチーム。ロボットマニピュレーターと掘削機を備えた遠隔操作式全地形探査車の構築に昼夜を費やしてきた。火星探査機の 3番目のバージョン - シーザーは、インドのマニパルで開催された インディアン・ローバー・チャレンジ (IRC) 2019 では優勝した。世界大学ローバー・チャレンジ (URC) 2019 では、85 チーム中 12 位であった。2023年は米国ユタ州ハンクスビルの火星砂漠研究ステーションで開催されたURCに参加した。
(写真提供: IITM)
以上、学内のクラブ活動のうち、ハードウエアのコンペティションチームの6チームだけを紹介した。これら活動の多くは、過去10年以内から数年前に立ち上がり急成長を遂げ、世界大会に積極的に参加し実績を蓄積している。これらの学生活動は、プレインキュベーターである、ニルマーン(Nirmaan)チーム[10]と共有されている。 ニルマーンは技術系の学生を指導し、彼らのアイデアをスタートアップ・ビジネスとして成功させる手助けをしている。IITM本校に隣接する、産学連携とインキュベーション・セルのための施設である、IITMリサーチパークとのパイプ役も担っている。
卒業生のスタートアップは21事業、資金獲得は5億6千万ルピー(1ルピーを1.78円で換算して9億9千680万円)、成功スタートアップの価値は40億ルピー以上(1ルピーを1.78円で換算して71億2千万円以上)とのことである。
ニルマーンのポスター
(筆者撮影)
次回、本シリーズ③では、産学連携とインキュベーション・セルの施設である、IITMリサーチパークについて紹介する予定。