「インドの科学技術を牽引するIITMリサーチパーク」―IITマドラス校が高評価の理由③

2024年1月25日

小林クリシュナピライ憲枝(こばやし・くりしゅなぴらい・のりえ):
長岡技術科学大学 IITM-NUTオフィス コーディネーター

<略歴>

明治大学文学部卒。日本では特許・法律事務所等に勤務した。英国に1年間留学、British Studiesと日本語教育を学ぶ。結婚を機にシンガポールを経てインドに在住。インドでは、チェンナイ補習授業校、人材コンサルティング会社、会計事務所に勤務後、現在は、長岡技術科学大学のインド連携コーディネーターを務めるとともに、インド工科大学マドラス校(以下IITマドラス校)の日本語教育に携わっている。IITマドラス校の職員住宅に居住している。

前回の本シリーズ②[1]では、IITマドラス校学内の活動の1つとして、Centre for Innovation (CFI) を拠点とする学生の高水準なクラブ活動と、プレ・インキュベーションのシステムを紹介した。

今回は、大学に隣接するIITM リサーチパーク (IITM-RP)[2]における産学連携活動について、関係者への取材に基づき報告する。

IITM リサーチパーク (IITM-RP)の建物
(筆者撮影)

IITM-RP の沿革

IITM-RPは、インド初の大学ベースのリサーチパークである。先見の明のある、元IITM教授/現IITM-RP & IITMインキュベーションセル プレジデントのアショック・ジュンジュンワラ博士 (Former IITM Professor / Current IITM-RP & IITM Incubation Cell President Dr. Ashok Jhunjhunwala) によって発案され、2009年に設立された。

アショック・ジュンジュンワラ博士

設立の目的は、産学間の共同研究を促進し、技術革新を可能にし、起業家精神を育成するためである。IITM-RPは、独立した非営利企業であり、著名な実業家、学者、上級公務員で構成される理事会によって運営されている。研究に重点を置く企業がパーク内に拠点を構え、IITマドラス校の専門知識を活用できるよう支援している。

IITM-RPのフェーズIは、2010年3月に稼働を開始し、フェーズIIは、2013年に建設が開始され、2016年に完成。IT、機械、エレクトロニクス、バイオサイエンス、エネルギー等の各分野に対応した研究棟、インキュベーター、立体駐車場、会議ホール、ミニ講堂、託児所、体育館、フードコート、ワークショップ等を包摂している。46,215平方メートルの敷地(東京ドームとほぼ同じ面積)を有し、11万平方メートルを超えるワークスペースを提供している。

このキャンパスには、企業の研究開発部門、多国籍研究センター、公共部門、政府研究機関、IITM センター オブ エクセレンス(CoE)、スタートアップ企業、で働く 3,000 人以上の専門家がいる。いくつかのCoE拠点は、特定の研究のために企業/新興企業と提携しており、ラボのリソースをパートナーや新興企業と共有している。研究開発パートナーは70社以上、設立されたスタートアップ企業は200社以上、研究・試験施設は200以上、特許申請数は1300件以上となっている。

特徴的インフラ

IITM-RP は、IIT マドラス校が開拓した技術を導入し、エネルギー効率の高いキャンパスの構築を目指してきた。 統合ビル管理システムと浄水技術を採用するとともに、省エネを目指してファサードには複層ガラス、一体化された高性能ガラスを選択した。 また、エネルギー効率の高い冷却システムを採用する一方で、ソーラー インバーターレス技術を通じた DC 照明などの自社開発のイノベーションを育成し、統合してきた。 また、同施設では、入居企業にはプラグアンドプレイのインフラを提供している。

IITM-RPの報告書 ‟Zero to Green - Buildings for Planet and Profit"[3]によると、同施設は、屋上太陽光発電に、タミルナドゥ州内の太陽光および風力エネルギーと、蓄電池技術の活用を組み合わせて、90%の「グリーン電力」で運営できると予測している。再生可能システムを導入することで、年間約4千万ルピー(電気料金の30%: 1ルピー=1.75円換算で、約7千万円)を節約できると報告書を通じて試算している。

IITM-RPはすでに1MWの屋上太陽光発電を導入しており、冷水貯蔵システムも設置している。また、大型蓄電池システムの設置も進んでいる。この複合施設では、現在、グリーン電力の使用率が30%から40%程度であり、目標達成のために5MW(メガワット)の太陽光、2MWの風力エネルギー、そして冷水貯蔵やリチウムイオン電池貯蔵などのエネルギー貯蔵システムを組み合わせて使用する予定である。このような再生可能システムの設置にかかる資本コストは、5年半以内に投資回収が可能であるとしている。

「インドは今後、現在の2倍の商業施設が建設される予定であり、新しい複合施設は、ゼロからこのモデルを検討すべきである。不足しているのは、意識と、冷水貯蔵やバッテリー貯蔵などの技術の成熟度だ」とジュンジュンワラ博士は指摘している。

IITM-RP入居企業の2例

IITM-RPには数多くの魅力的な企業が入居している。そのうちの2社を以下に紹介する。

1. 先端ものづくり技術開発センター (Advanced Manufacturing & Technology Development Centre/AMTDC)[4]

本センターは、現IITM名誉教授のN. ラメシュバブ博士 (Professor-emeritus Dr. N. Ramesh Babu) を中心に、2016年に設立された。

N. ラメシュバブ博士

AMTDCは、インド政府重工業省の支援を受け、「インド資本財セクターの競争力強化」というスキームの下に設立された、工作機械と生産技術に焦点を当てた、卓越センターである。主な目的は、資本財製造部門で利用可能な商業的に実現可能な技術を創造・開発することであり、同時に、製造部門の可能性や新技術のインキュベーションのために利用可能な最高の人材を活用することである。

AMTDCは、変革をもたらす研究のための双方向機関として、著名な教授陣、業界の専門家、研究者、エンジニア、熱心な学生の専門知識を結集する。商業的に実行可能なソリューション、技術、製品の革新に取り組む産官学連携施設となっている。

(施設内一部の写真:筆者撮影)

現在、このセンターでは、長岡技術科学大学から、学部4年生2名が5か月間の長期インターンシップに取り組んでいる。(長岡技術科学大学では、大学院修士へ進学する学部生全員が必修科目「実務訓練」を履修し、国内外の企業、研究機関・大学で、インターンシップを行う。)

彼らの研究内容を、AMTDCの実務に基づく研究教育活動例として以下に示す。

1) 高速列車におけるパンタグラフ-カテナリーシステムの動的挙動を研究するために開発されたソフトウェアアプリケーションのシミュレーション精度の向上の調査:

電車の安定した走行のために、パンタグラフと架線は走行中常に接触し、電力を電動機に供給しなくてはならない。この条件を満たす設計のためにパンタグラフ-カテナリ系のシミュレーションが使われている。変形が大きい架線では、局所座標系を用いた従来のFEMよりも、絶対座標系を用いたFEM: ANCF (Absolute Nodal Coordinate Formulation)の方が適していると考えられる。

本プロジェクトは、ANCF法を用いて作成した架線モデルを従来のFEMモデルと比較し、パンタグラフ-カテナリ系のシミュレーションの高精度化について検討する。

2) CNC旋盤での旋削加工のデジタルツインシミュレーションの作成:

旋削加工のデジタルツインの開発を試みている。このデジタルツインにより、評価時に実機を使わずに、リアルタイムに工程を検討でき、加工の最適条件を評価することが可能となる。目的は、工作機械のコントローラからリアルタイムデータ(工作機械とプロセス)を取得し、そのデータを使用して、実機とシミュレーションの両方で、ワークピースの表面仕上げやサイズ変動などの出力パラメータを推定することである。

上記1)、2) の研究課題に関し、IITM側、長岡技術科学大学側の担当教授を含め、ディスカッション
(筆者撮影)

なお、長岡技術科学大学では関連企業と共同で、IITマドラス校から研究インターンシップ生を受け入れており、両大学で双方向の共同指導を行っている。

2. インド国立医療支援技術センター (National Center for Assistive Health Technologies / NCAHT) [5]

本センターは、IITマドラス校のスジャータ・スリニワサン教授 (Prof. Sujatha Srinivasan) が率い、2023年6月に設立された。

スジャータ・スリニワサン博士

スジャータ教授は、IITマドラスのTTKリハビリテーション研究・機器開発センター(R2D2)[6]も率いている。機構設計と動作バイオメカニクスを応用して、機能的で手頃な価格の、義足や車椅子等の補助器具を開発することを研究テーマとしている。

NCAHTは、これら器具を用い、体験ゾーンを通じて、適切な支援技術とトレーニングを行い、これらのサービスを必要とする人々が最大限に充実した人生を送るために活動し、インド国内に普及もしている。 この主旨に賛同し、センターのビジョンを支援し実現するために、政府補助金、CSR (企業の社会的責任) 資金、数社のパートナーも参加している。

NCAHTセンター内部と職員
(筆者撮影)

このセンターでは、実際に複数の支援技術を利用し身体機能を補助した職員が学外から通勤、勤務している。職員による「病気に処方箋はあっても車椅子にはなかった。これを個々人のニーズに合わせカスタマイズして最適なものを提供している」との説明が印象深かった。

IITマドラス校の研究チーム R2D2 によって開発された、電動アドオン装着・分離可能な「NeoMotion」車椅子
(写真はIITM提供 及び 筆者撮影)

以上、IITM リサーチパーク (IITM-RP) の産学連携活動や入居企業の例をみてきた。IITM-RP は、その目的が、商業的に実現可能な製造技術であれ、医療補助や社会福祉活動であれ、これら活動を卓越した知識と技術で支える教育・研究機関として、持続可能性を日常生活に組み込み社会に広げる実践を、多角的に続けている。

次回のシリーズ④では、IITM-RP内のインキュベーションセル/スタートアップについて紹介する予定。

上へ戻る