【現地専門家インタビュー】インドのクリーンエネルギー研究を牽引~インド工科大学バス教授

2024年3月15日 斎藤 至・三田 雅昭(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

インドはその目覚ましい科学技術力の成長が注目される一方、研究開発や経済活動を維持するために化石燃料消費も増大しており、世界第3位のエネルギー輸入国となっている。こうした中、二酸化炭素(CO2)排出量を抑える、廉価な水素関連技術の確立が急務である。

本稿では、インドにおいて最先端の研究を牽引するインド工科大学デリー校S. バス教授にインタビューし、クリーンエネルギー研究からみた水電解技術の実際、水素市場の伸びしろ、国際連携を通じた今後の可能性を展望する。

スッダーサトワ・バス(Sudhhasatwa Basu)

1963 年生まれ。ブバネシュワールにある科学産業研究評議会(CSIR)鉱物・材料技術研究所 (IMMT) 所長、インド工科大学デリー校(IIT Delhi)化学工学教授。

研究対象には、燃料電池・水素エネルギーにおける界面動電現象および電気化学現象が含まれる。再生可能エネルギー源と電気化学貯蔵を中心に、燃料電池と水電解の材料およびデバイス開発、水素生成・光化学水分解、Li・Naイオン電池・スーパーキャパシタ、オフグリッド地域の電化、界面工学・マイクロ流体力学、バイオセンシング、燃料CO2排出削減、逆ミセルによる染料除去・光触媒による染料の無機化・その農村への応用などに及ぶ。

バス教授はインド理科大学院(IISc)バンガロール校で化学工学の博士号を取得後、アメリカ・アルバータ大学でのポスドク研究員などを経て、約30年にわたり水電解・燃料電池に関する研究に携わってきた。現在、バス教授が所属する2つの研究拠点では、CSIR-IMMTにおいて水電解、 IIT Delhiにおいて水電解とCO2回収・利活用・貯蔵(CCUS)技術などの研究が行われている。

触媒研究では、CO2を利用するプロセスであるメタネーション、ケミカルルーピングに注目している。研究ステージに注目すると、技術改良の研究としてアルカリ水電解(AWE)、将来技術の研究として固体酸化物形電解セル(SOEC)を位置づけている。

「インドでは、クリーンエネルギー化に向けて、肥料・アンモニア・製鉄・バイオマス利用などについて新たな研究を進めている。もっとも国内市場では軽油とガソリンによる内燃機関が、まだまだ大半を占めているのが現状だ」とバス教授は語る。化石燃料にエネルギー源を依存し、依然として世界最大のCO2排出国の一つであるインドで、研究成果の実用化をどのように進めるのか、大きな課題と見られる。

全世界に卓越人材を輩出するインド工科大学デリー校

輸送方法と価格競争力に課題――水電解

水電解では、水素の輸送方法・価格競争力・コスト削減が課題である。水素の貯蔵・輸送に際しては、水素を液化する方法もあるが、極低温冷却する必要がある。そこで、より常温低圧の30-40バール(Bar)で液化するアンモニア(NH3)および尿素による輸送の可能性を考えているという。

バス教授は現在、アルカリ水電解(Alkaline Water Electrolysis: AWE)の効率を高める研究に取り組んでいると語る。「AWEは実用実績が多い。非貴金属の触媒を利用して、かつイオン交換膜の効率を上げれば、大規模な水電解を実現できる。そして水素製造コストを下げることができる」という。また、電解槽の運転圧力が低いほど低廉化できる。使用するイオン交換膜には、日本やドイツの大手化学メーカーが材料を供給しているという。

異なる水電解の方法として、プロトン交換膜(Proton Exchange Membrane: PEM)を用いるものがある。腐食劣化対応が重要であり、チタニウム(Ti)・イリジウム(Ir)などの材料が検討されている。「電解質膜には発生した水素と酸素の分離性が求められる。ナフィオン膜の改良や、安価な電解質膜に期待したい。一方、出口水素の昇圧コストの考慮も必要だ」とバス教授は語る。

固体酸化物形電解セル(Solid Oxide Electrolysis Cell: SOEC)では、ニッケル(Ni)・コバルト(Co)・リン(P)等を用いた触媒の研究を実施している。高温の水蒸気を電解して水素を作る方式だが、材料耐熱性を考慮して800℃を600℃程度に低減する研究が続く。また、電極触媒では、酸化物材料・セラミックスの開発を行っているという。

一方、水分解(Water Splitting)技術は、原子力による高熱下の製造プロセスであるため、耐熱材料の開発が課題となるという。

グリーン水素製造にむけた可能性

今後、水素利用がインド国内で市場として確立するか否かは「政府の舵取り次第だ」とバス教授は指摘する。インドでは2023年1月には「国家水素グリーンミッション」が掲げられ、グリーン水素燃料1の製造・供給において世界の拠点となるべく、2030年までに最低年産500万トンのグリーン水素生産能力を開発すると謳っている。グリーン水素に対するインセンティブを高め、生産能力を構築するうえで、正にこの財政的支援や推進スキームが鍵を握る。とはいえその実現に際しては、水電解装置の生産やサプライチェーンの確立など、まだまだ課題は多いという。

実用に際しては、企業との連携も不可欠である。インドでは、アダニ・リライアンス・タタ(製鉄)などの財閥企業が、既に水素製造・水素利用に関心を抱き、先に触れたアルカリ水電解(AWE)によるグリーン水素製造に取り組んでいるという。

一方、ブルー水素1について、インドは中東などから天然ガスを輸入せざるを得ず、国内改質原料が十分に確保できていない。そこで「バイオマスに期待しており、バイオマスから反応ガスを合成し、メタノールなどを製造するCCUプロセスに関する技術開発を実施している」とバス教授は語る。もっとも、国家的には2023年のミッションで謳われたとおり、グリーン水素の研究をブルー水素の研究よりも注力したい意向であるようだ。

AIを駆使して最適な材料を探索

電池の開発においては、電極と膜にどのような材料を用いるか、そして何を組み合わせるかが鍵となる。バス教授はこの材料開発に関して「人工知能(AI)およびマテリアルインフォマティクス(MI)などのオントロジー(情報を構造化し整理する仕組み)を活用している。MIによって、電解質膜構造・電極触媒・双極子板などを研究する。MIでは世界各国と協力してMIデータベースの構築ができないか検討している。またMIデータベースでは、肯定的な結果はもちろん、否定的な結果も集積して重複を省き、研究効率を高めるよう試みている」という。

日本の計測評価技術に期待――今後の展望

「日本は計測評価分野では先進国であり、計測機器・センサーの開発では重要な役割を果たしている」とバス教授は見る。「今後の計測技術への期待として、in-situの計測(リアルタイム測定)が重要であり、計測方法としては、ラマン・IR・TEM・SEM・XRDなどである。アルカリ水電解(AWE)、計測、燃料電池における注目企業も多数にわたる」という。

バス教授は今後、新たな国際連携を通じて、水電解および燃料電池のモデリングが進むことに期待を寄せる。2023年12月には日本の材料メーカーと了解覚書(MoU)を締結し、水電解装置に用いる電極材料の共同開発を行うとしている2。このような日本との共同研究が、エネルギー輸入国から輸出国への転換の契機となるか今後も注目していきたい。

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