2026年7月10日 小西 隆 (JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
インドは2026年6月時点で、世界の30か国以上と「戦略的パートナーシップ」と呼ばれる協力関係を結んでいる。その呼称をみると、「戦略的」「包括的」「特別」などの微妙に異なる修飾語が組み合わされており、そこには明確な序列が存在する。とりわけ最上位の「特別」という言葉を冠する関係は、直近10年間で世界でもわずか3か国(露・日・韓)にしか付与されていない。ところが2026年に入り、わずか3か月間にフランス(2月)とイタリア(5月)が立て続けに「特別」レベルへ格上げされた。
本連載では、この動向を2回に分けて解説する。第1回となる本稿では、まずインドのパートナーシップ体系の全体像を整理し、最上位の「特別かつ特権的戦略的パートナーシップ」と位置づけられるロシアとの関係、および2番目に位置づけられる日本との「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」の中身を、科学技術協力の具体的実態にも触れながら紹介する。続く第2回では、なぜいまフランスとイタリアが立て続けに「特別」入りしたのか、その経緯と背景を読み解く。
インドの外交政策は、冷戦期の「非同盟(Non-Alignment)」から、冷戦後の「戦略的自律(Strategic Autonomy)」を経て、21世紀には「多角的連携(Multi-Alignment)」と呼ばれる柔軟な外交戦略へと進化してきた。この多角的連携は、特定の陣営に組み込まれるのではなく、相手や案件ごとに連携先を選択し、自国の利益と意思決定の自由を最大化する考え方である。
この多角的連携の具体的な形態が「戦略的パートナーシップ(Strategic Partnership:以下、SP)」体系である。2026年6月現在、インドは30か国以上とSPを締結しているが、相手国との関係の深さや重要度に応じて呼称に差異を設けている。
これらの呼称は条約のような法的拘束力を持つものではなく、あくまで政治的な意味合いを帯びたラベルにすぎない。包括的パートナーシップは広範な分野での協力を示す一方、特段の戦略的要素を含むものではない。これに対して、戦略的パートナーシップは、防衛・安全保障・先端技術など特定の優先分野での深い協力を反映するものと位置付けられる[1]。
インド外務省(Ministry of External Affairs:MEA)の公式資料とThePrintの分析を踏まえ、インドの二国間パートナーシップは以下の三層に整理できる[1][2]。
表1は、インドが締結している戦略的パートナーシップを、協力の深度に応じて3つの階層に分類したものである。第Ⅰ層は基本となる包括的な協力関係、第Ⅱ層はそれをさらに広範かつ長期的視野で強化した関係、第Ⅲ層は最上位に位置づけられ、極めて高い政治的信頼に裏付けられた関係を示している。
| 層 | パートナーシップ 区分 |
定義・特徴 | 主要該当国(格上げ年) |
|---|---|---|---|
| 第Ⅰ層 | 戦略的パートナーシップ(SP) | 政治・安全保障・経済・科学技術・文化等の包括的分野で戦略的協力を行う基本関係 | ドイツ(2001)、EU(2004)、ブラジル(2006)、サウジアラビア(2010)、エジプト(2023)等30か国以上 |
| 第Ⅱ層 | 包括的戦略的パートナーシップ(CSP) | SPをより広範かつ長期的視野で強化。ベトナムは2026年5月に「強化版CSP」へ格上げ | 英国(2021)、豪州(2020)、ASEAN(2022)、ベトナム(2016→2026強化版)、UAE(2017)等 |
| 第Ⅲ層 | 特別戦略的パートナーシップ(Special SP)群 | SPの最上位。極めて高い政治的信頼に基づく多層的対話と全領域協力 | ロシア(2010)、日本(2014)、韓国(2015)、フランス(2026.2)、イタリア(2026.5) |
最上位にあたる第Ⅲ層はさらに呼称が細分化されている。ロシアのみが「特別かつ特権的戦略的パートナーシップ(Special and Privileged SP)」、日本が「特別戦略的グローバル・パートナーシップ(Special Strategic and Global Partnership)」、フランスが「特別グローバル戦略的パートナーシップ(Special Global Strategic Partnership)」とそれぞれ異なる名称を用いている。一方、韓国とイタリアは「特別戦略的パートナーシップ(Special Strategic Partnership)」という共通の名称を採用している[1][3]。
戦略的パートナーシップの呼称は法的拘束力を持たないが、外交上の序列を国際社会に示すシグナルとして機能している。この言語的精密さはインドにとって重要であり、条約に基づく軍事同盟を運営しない同国は、関与を伴いつつ拘束を伴わない外交用語体系を発達させてきたと指摘されている[4]。こうした特徴から、インドは同盟関係に伴う拘束を回避しつつ、言葉のニュアンスを用いて各国の重要度を巧みに発信している。
なお、米国との関係は2020年に「包括的グローバル戦略パートナーシップ(Comprehensive Global Strategic Partnership:CGSP)」へ格上げされたが、「特別(Special)」の語を含まない点で第Ⅲ層とは区別されている。また中国との関係は「戦略的協力パートナーシップ(Strategic and Cooperative Partnership for Peace and Prosperity)」(2005年)という、インド外交で唯一の独自呼称が用いられている[3][1]。
この「特別」という呼称を持つ関係は、フランスが格上げされる2026年2月まで10年以上にわたり新たな付与がなく、30か国以上のうちわずか3か国(ロシア(2010)、日本(2014)、韓国(2015))にしか付与されていなかった。それだけに、ロシアおよび日本との関係は、インドの世界戦略において特別な位置を占める。
インドとロシア(旧ソ連)の外交関係は1947年に始まり、1971年の「インド・ソ連平和友好条約」によって強固な基盤が築かれた。2000年10月に「戦略的パートナーシップ宣言」が署名され、2010年12月にメドベージェフ大統領の訪印を機に「特別かつ特権的戦略的パートナーシップ」へと格上げされた。インド政府広報窓口であるPIB(2025)の公式文書は、「2000年の戦略的パートナーシップ宣言以降、印露関係は政治、安全保障、防衛、貿易経済、科学技術、文化、人的交流に至るまで大きく進化した」と記している[5]。
インドとロシアの関係の制度的基盤として、以下のような多層的な対話メカニズムが整備されている[5][6]。
防衛分野は、インド-ロシアの科学技術協力において最も実績の蓄積が厚い領域である。超音速巡航ミサイル「BrahMos」の共同開発は、その象徴的な事例といえる。近年では、サイバーセキュリティ、人工知能、宇宙探査、テロ対策といった分野への協力拡大も示唆されている。さらに2025年12月の第23回首脳会談では、この共同開発モデルを半導体、AI、宇宙技術、重要鉱物にも展開する方向が議論された[8][9]。
タミル・ナードゥ州に位置するクダンクラム原子力発電所は、ロシア技術によるVVER-1000型加圧水型軽水炉6基から構成される大規模プロジェクトであり、現在2基が運転中、残り4基が建設中である。2025年12月の首脳会談では、VVER-1200型原子炉を用いた第2の原発サイトの正式配分に関する協議の加速が合意された。さらに、ロシアの国営原子力企業ロスアトムは2025年4月、マハラシュトラ州との間でトリウムベースの小型モジュール炉(SMR)に関する覚書(MoU)を締結し、インド国内での高度なローカライゼーションを提案している[10][11][9]。
ロシア科学財団(RSF)とインド科学技術省科学技術局(DST)の共同研究公募は、2016年の第1回以降5回を数え、累計110件のプロジェクトが採択されている。DST(2024)の第4回公募要項によれば、対象分野は「新材料、クリーンエネルギー、スマートヘルスケア・医学、安全な食品、スマート交通・通信、植物・動物バイオテクノロジー、人工知能、地震・海洋科学」の8領域で、各プロジェクトには年間最大10万米ドル相当の助成が付与される。第4回公募では約300件の応募のなかから23件が採択された[12][13]。
表2は、2016年に始まった第1回から、最新の第5回(2025-2027年)に至るまでの公募で採択された累計110件のプロジェクトについて、インド側の参加機関を機関種別ごとに集計したものである。インド工科大学(IIT)が約4割を占めて中核となっており、IISER(インド理科教育大学)、CSIR(科学産業研究機構)系列の研究所、NIT(国立工科大学)、IISc(インド理科大学院)等が裾野を形成している。
| 公募回 | 実施期間 | 採択数 | IIT | IISER | CSIR | NIT | IISc | その他 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 2016-2018 | 17 | 6 | 1 | 3 | 0 | 0 | 7 |
| 第2回 | 2019-2021 | 20 | 9 | 3 | 1 | 1 | 0 | 6 |
| 第3回 | 2022-2024 | 26 | 7 | 0 | 2 | 3 | 1 | 13 |
| 第4回 | 2024-2026 | 23 | 12 | 2 | 3 | 0 | 0 | 6 |
| 第5回 | 2025-2027 | 24 | 9 | 2 | 1 | 2 | 2 | 8 |
| 合計 | 110 | 43 | 8 | 10 | 6 | 3 | 40 |
採択件数の内訳をみると、IITではIIT Madras(8件)、IIT Delhi(7件)、IIT Kanpur(6件)、IIT Bombay(5件)、IIT Kharagpur(4件)が上位を占め、全23校中12校が参加している。いわゆる「old IIT」(Madras, Delhi, Kanpur, Bombay, Kharagpur, Roorkee)が中心となっているが、新設のIIT(Indore, Guwahati, Mandi, Jodhpur, Ropar)にも広がりを見せている。IISERでは、Mohali、Pune、Bhopal、Kolkataの各校が各2件ずつ採択され、8校中4校が参加している。CSIR系列の国立研究所群からは37校中7校が参加している。そのほか、国立大学のUniversity of Hyderabad(4件)、私立大学のVIT Vellore(4件)も実績を有している。
2023年に開催された第12回露印科学技術合同作業部会(WG-S&T)では、バイオテクノロジー、AI、量子技術、サイバーフィジカルシステム、海洋学、医学、基礎・応用物理学といった分野で協力深化が議論された。具体的には、ロシア科学アカデミー核研究所がインド研究者をバクサンニュートリノ天文台に招聘する提案や、合同核研究所(JINR)のNICA超伝導重イオン衝突型加速器へのインド人研究者の参画拡大が報告されている[14]。
インドとロシアの宇宙協力は、両国の科学技術関係のなかで歴史と実績を兼ね備えた領域で、「特別かつ特権的戦略的パートナーシップ」の技術的基盤そのものを形成してきた。第23回印露年次首脳会談後の共同声明では、有人宇宙飛行計画、推進工学、衛星航法の3領域が「緊密な対話が確立された主要分野」として位置づけられた。例えばインド初の有人宇宙飛行計画「ガガンヤーン(Gaganyaan)」では、宇宙飛行士の訓練にとどまらず、ロシアのズヴェズダ社による「ソコル宇宙服」の設計・製造、乗員カプセルの生命維持システムの構築、放射線遮蔽技術の提供、ランデブー・ドッキングシステムの技術支援に至るまで、包括的な協力体制が構築されている[10]。
日印関係は、以下の三段階を経て段階的に格上げされてきた[15]。
そして2025年8月の第15回年次首脳会談(石破茂首相とモディ首相の会談)では、「次の10年に向けた共同ビジョン」が採択された。前述のPIBの公式声明は「日印間には70以上の対話メカニズムと作業部会が存在し、安全保障、防衛、貿易・投資、科学技術、人材交流、文化に至る広範な関与と協力を主導している」と記している[15][16]。
PIB(2025年8月)が発表した「インド-日本経済安全保障協力ファクトシート」は、両国が「優先的戦略協力を受ける主要セクター」として、「半導体、重要鉱物、医薬品、クリーンエネルギー、情報通信技術」を特定したと明記している[17]。具体的な取り組みは次の通りである。
直近では、2025年11月のG20サミット(ヨハネスブルグ)でのモディ-高市首脳会談において、「半導体やAIを含む重要・新興技術における両国の強みを活用してイノベーションと成長を促進する」意向が確認された[19]。
日印宇宙協力の旗艦プロジェクトが、月の極地を探査する「LUPEX(Lunar Polar Exploration)」である。JAXA(宇宙航空研究開発機構)がロケットと探査車(ローバ)を、ISRO(インド宇宙研究機関)が着陸機を担当する共同月面探査ミッションである。2025年3月にはISRO内でLUPEXが正式にプロジェクトとして承認され、同年5月のGLEX2025(ニューデリー)では、JAXAプロジェクトマネージャーがゴールド賞を受賞した。同時期にバンガルールのISRO本部で第3回技術交流会議(TIM)も開催され、日本側代表団がミッション設計、ペイロード最適化、通信アーキテクチャの詳細な技術調整を行った[20]。
2026年5月の日印科学技術閣僚会談では、ジテンドラ・シン科学技術担当大臣と小野田紀美科学技術政策担当大臣の間で、量子科学技術に関する協力意向書(Letter of Intent)が日本の内閣府とDSTとの間で署名された。量子コンピューティング、通信、センシング、先端材料を包括的に推進する統合的アプローチで協力を強化することがうたわれている。同時に、AMED(日本医療研究開発機構)、ICMR(インド医学研究評議会)、DSTの三者間で、医療機器分野の協力覚書も交換された[21]。
2026年4月には、「インド-日本科学技術イノベーション交流年」の最終イベントが東京のインド大使館で開催され、ジテンドラ・シン大臣が「印日科学技術協力は我が国の国際的S&T関与の強力な柱の一つ」と述べた。年間1,000人のインド人研究者を日本に受け入れる「Lotusプログラム」や、2025年6月の第11回合同科学技術委員会で立ち上げられた新イニシアチブも紹介された[22]。
ここまで、インドの「戦略的パートナーシップ体系」の全体像と、最上位「特別」グループのなかでも歴史の長いロシア・日本との関係を概観してきた。ロシアとの関係は防衛・原子力・宇宙といった「ハードな技術」の蓄積に支えられている一方、日本との関係は半導体・量子・宇宙・医療といった「先端技術」分野で広がりを見せている。
しかし冒頭で触れたとおり、この「特別」レベルが直近10年で3か国(露・日・韓)にしか付与されてこなかった希少な称号であるにもかかわらず、2026年に入ってから、わずか3か月の間にフランス(2月)とイタリア(5月)が立て続けに格上げされた。次回(第2回)では、両国との関係深化の経緯と、インドが両国に何を期待してこの判断を下したのかを読み解く。