世界最大の理工系人材供給国インド — 留保制度と多様な学力層の包摂 —

2026年9月1日 小西 隆 (JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

1. はじめに

インド工科大学(Indian Institutes of Technology, IIT)の卒業生は、世界の科学技術産業を支える人材として知られている。GoogleおよびAlphabetの最高経営責任者サンダー・ピチャイはIITカラグプル、IBMの最高経営責任者アルヴィンド・クリシュナはIITカンプルの出身である。インド国内でも、ユニコーン企業108社のうち68社が、少なくとも1名のIIT卒業生を創業者に持つ。IITへの合格率は2%以下と米国アイビーリーグよりも厳しい水準であり、毎年100万人を超える志願者が約1万7000の席を争う。

こうした激しい競争で知られるIITやインド理科大学院(Indian Institute of Science, IISc)であるが、その入試制度がどのような仕組みになっているのかは、あまり知られていない。本稿では、インドの理工・科学系高等教育における入学制度を紹介する。とりわけ特徴的なのは、インドの歴史的背景から選抜制度の中に「留保(reservation)」と呼ばれる仕組みが組み込まれている点である。留保とは、歴史的に不利な立場に置かれてきた社会集団に対し、入学定員の一定割合をあらかじめ確保する制度である。

以下では、IITやIIScの入学制度を紹介しながら、留保制度や女性特別枠がどのように多様な背景と学力層を持つ学生の受け入れを可能にしているのかを見ていく。さらに、入学後の支援体制にも着目し、インドの理工系高等教育における「競争」と「包摂」の両立の仕組みを考えてみたい。

2. 超競争的な入試と留保制度

IITやIIScを志す生徒は、物理・化学・数学を出題科目とする合同入学試験(Joint Entrance Examination, JEE)を受験する。JEEはMainとAdvancedの二段階からなり、JEE Mainの上位約25万名がJEE Advancedの受験資格を得る。IITおよびIIScへ進学するには、この厳しい競争を突破しなければならない。

IITとIIScは、国会制定法によって設置され、中央政府が管轄する「国家的重要機関(Institutes of National Importance, INI)」である。これらの機関は、中央教育機関(入学留保)法2006が適用されており、入学者選抜において留保制度を導入することが法によって義務づけられている。[1]

留保制度は、歴史的なカースト差別や社会的排除によって教育機会が限られてきた人々に対し、機会の実質的な平等を確保するために設けられた。インド憲法は、国家が指定カースト(Scheduled Castes: SC)、指定部族(Scheduled Tribes: ST)および社会的・教育的に不利な立場に置かれた集団の利益を促進するための特別措置を認めている。

現在の主要な留保区分は次のとおりである。

  • SC(指定カースト): 歴史的に不可触民として差別を受けてきた諸カースト
  • ST(指定部族): 地理的隔絶や固有文化を持つ諸部族
  • OBC-NCL: その他後進階級(Other Backward Classes: OBC)のうち、富裕層(Creamy Layer: CL)を除いた者
  • EWS: SC・ST・OBCに該当せず、世帯所得・資産が基準を下回る者
  • PwD: 40%以上の障害を有する者。これは各区分に上乗せされる留保

SCとSTは、所得を問わず、歴史的差別の是正を主な目的とし、OBC-NCLは社会的・教育的後進性を根拠とする。EWSは経済的困窮に着目した比較的新しい区分である。SC、ST、OBC-NCL、EWSは相互に排他的であり、一人の受験者が利用できるカテゴリーは原則として一つに限られる。一方、PwDは各カテゴリーに横断的に適用される。

現在の中央政府基準では、総定員のうちEWSに10%、OBC-NCLに27%、SCに15%、STに7.5%が割り当てられている。留保の合計は59.5%であり、残る40.5%が一般枠(OPEN)となる。なお、一般枠は上位カースト専用の枠ではなく、すべての受験者が成績に基づいて競争できる共通枠である。

留保制度は理念にとどまらず、実際の入学定員に反映されている。2025年度の全23校のIITの学部座席は総計約18160席であり、その区分別内訳は表1のとおりである。[2]

表1 全IIT(23校)の区分別学部定員数
  区分 定員数 所定比率
一般枠 OPEN(一般) 7025 40.5%
OPEN-PwD(一般/障害者) 339
留保枠 EWS*1 1727 10.0%
EWS-PwD*2 87
OBC-NCL 4656 27.0%
OBC-NCL-PwD 238
SC(指定カースト) 2586 15.0%
SC-PwD(指定カースト/障害者) 138
ST(指定部族) 1300 7.5%
ST-PwD(指定部族/障害者) 64
合計(女子特別枠1598席を含む) 18160 100%
  1. *1: JoSAAにおける区分名:GEN-EWS
  2. *2: JoSAAにおける区分名:GEN-EWS-PwD

さらに、一部の中央政府系技術系大学では、留保制度とは別に女性特別枠(supernumerary seats for female candidates)が設けられている。これは、女子比率を少なくとも20%に近づけるためのジェンダーバランス改善のための上乗せ定員であり、SCやOBCなどの社会的カテゴリーとは異なる制度である。女性候補者は自身のカテゴリーに応じて、通常枠と女性特別枠の双方で選考対象となる一方、女性特別枠に空席が生じても、男性候補者へ転換されることはない。[3]

3. 留保制度の大学での実装

留保制度と女性特別枠が実際に各大学の定員配分にどのように適用されるのか、教育省の国立機関ランキング(National Institutional Ranking Framework, NIRF)2025で上位に位置するIITマドラス(総合1位)、IISc(総合2位)、IITボンベイ(総合3位)を例として見てみよう。

IITマドラスでは、2025年度の学部定員1054席に対し、一般枠436席、EWS105席、OBC288席、SC159席、ST80席が配分されている。留保比率が大学全体だけでなく、学部単位にも反映されており、一部の小規模学部では、整数処理の影響によるわずかな増減がみられるものの、おおむね中央政府基準に沿った構成となっている。

研究大学として知られるIIScも同様である。同校は、4年制のBS(Research)課程137席と、B.Tech(数学=計算科学)課程52席を設けているが、学部入学においてはEWS10%、OBC-NCL27%、SC15%、ST7.5%という中央政府基準を適用している。留保は工学教育機関であるIITだけでなく、基礎科学分野の最高峰機関にも共通して導入されている。

IITボンベイについても、各学部の定員規模には差があるものの、一般枠、SC、OBC-NCL、STの各カテゴリーはいずれも中央政府基準に近い割合で配分されている。つまり、留保制度は大学全体の定員に一括して適用されるのではなく、実際には学生が出願する学部・学科ごとに運用されている。

このように、留保制度と女性特別枠は大学全体だけでなく学部・学科レベルにも具体的に反映されている。こうした複数の入学経路は、異なる社会的背景や教育環境の下で学力を形成してきた学生を同じ大学へ受け入れる仕組みとなっている。

4. 多様な学力層の包摂とその課題

留保枠や女性特別枠は、単一の学力順による選抜ではなく、就学前の教育環境や家庭の経済状況など、異なる条件のもとで学力を身につけてきた学生に高等教育の機会を開くことを目的としている。その結果、入学時点では比較的幅広い学力層が同じ教育課程に進学することになる。この点を確認するため、留保区分ごとの合格最低順位(カットオフ順位)を公表していたIIScの2023年度データをみる。[4]

一般枠(OPEN)の通常枠のカットオフ順位が360位であったのに対して、OBC-NCLは7827位、SCは20558位、STは30282位であった。また、女性特別枠を通じた入学では、同一カテゴリー内でもさらに広い順位帯から学生が受け入れられていた。例えばSTでは、通常枠が30282位であるのに対して、女性特別枠は50000位であった。

このデータからは、少なくともIIScの2023年度JEE Advanced経路において、社会的・経済的カテゴリー別選考と女性特別枠の組み合わせによって、多様な学力層が同一課程への入学していたことがわかる。

表2 IISc:2023年度JEE Advanced経路の通常枠・女性特別枠別カットオフ順位(CRL基準)
区分 通常枠 女性特別枠
OPEN 360 777
EWS 7531 10830
OBC-NCL 7827 10830
SC 20558 22000
ST 30282 50000

なお、公開された入試情報を用いた別の分析について、一般区分との入学時得点差がSTで−60%、SCで−51%に達したとする報道もある。

もっとも、このような制度は別の課題も生み出す。共通順位(CRL)が広く共有されると、順位情報から入学区分や社会的出自を推測しようとする行為が生じる可能性があるからである。IITボンベイのSC/STセルが2022年2月に実施した学内調査では、回答者388名のうち37.1%が、出自を推測する意図で順位を尋ねられた経験があると報告している。

また、入学時の試験順位が学生個人の学力が能力全般を表すものとして受け取られた場合、留保区分に対する偏見につながる可能性がある。実際、IITでは、カースト差別、学業不振、孤立、中退をめぐる問題が長年指摘されてきた。

このように、留保制度は多様な背景を持つ学生に高等教育への入口を提供する一方で、入学後には学力差や社会的偏見への対応という新たな課題を伴う。そのため、各大学では学生を支援するための制度整備を進めている。

5. 競争と包摂を支える大学の対応

インドのトップ理工系大学は、多様な背景と学力層を持つ学生を受け入れるだけでなく、入学後の学習と学生生活を支える仕組みも整備している。

IITボンベイでは、SC/STセルが中心となり、1年次学生に対する「Fresher's Companion」、上級生に対する「Department-level Companion」を運営している。これらは、学業、研究機会、進路などに関する継続的に相談できるメンター制度である。

IITマドラスでは、学生ウェルネスを学業面と心理面で支える仕組みとして、啓発活動を担う「SAATHI」、学生相談を担う「MITR」、専門家によるウェルネスセンターが設置されている。また、学科カウンセラーやホステルカウンセラーによる相談体制、学生オンブズ制度も整備されている。

IIScでは、少人数教育を活かした個別指導が特徴である。BS(Research)課程では低学年段階から教員による指導体制が整えられ、上級学年では専攻分野のファカルティ・アドバイザーが、学業面だけでなく生活面の相談にも対応する。さらに、共通基礎課程や学生支援プログラムなどを通じて、多様な背景を持つ学生の学習を支えている。

なお、留保制度はIITやIIScだけに適用されるものではない。国立工科大学(National Institutes of Technology, NIT)やインド情報技術大学(Indian Institutes of Information Technology, IIIT)等の国家重点校、基礎科学系のインド科学教育研究大学(Indian Institute of Science Education and Research, IISER)、さらに医学系の全インド医科大学(All India Institute of Medical Sciences, AIIMS)等においても、中央政府基準に基づく留保制度が導入されている。つまり、留保制度は、インドの中央政府系高等教育全体を支える制度の一つとなっている。

以上見てきたように、インドの理工・科学系高等教育は単純な学力だけでは説明できない。留保制度や女性特別枠によって、異なる社会的背景や学力層を持つ学生が同じ教育課程に集まり、その後の学習を支える支援制度が整備されている。

インドでは、このようなアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)が高等教育機関の入学制度だけでなく、中央政府職員の直接採用など公的雇用にも組み込まれている。世界有数の競争的な入学試験で知られるIITやIIScは、同時に社会的包摂を制度として取り入れた教育機関でもある。インドの理工系人材育成は、「競争」と「包摂」の両立の上に成り立っているのである。

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