インド理科大学院(IISc)は10月24日、IISc生化学部の研究者とインドのアーメダバードの物理研究所(PRL)の研究者らが、パン酵母が隕石衝突や有毒塩類など火星環境に近い過酷な条件を生き延びる仕組みを解明したことを明らかにした。研究成果は学術誌PNAS Nexusに掲載された。
パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)は、パンやビールの製造だけでなく、細胞の基本的な仕組みを調べるモデル生物として広く用いられてきた。研究グループはこの身近な微生物を用いて、生命が火星のような極限環境にどこまで耐え得るのかを調べた。
実験では、PRLのバラムルガン・シヴァラマン(Bhalamurugan Sivaraman)研究室にある宇宙化学用高強度衝撃波管(HISTA)を用い、マッハ5.6に達する衝撃波を発生させて酵母細胞に照射した。さらに、火星の土壌に存在する有毒化学物質とされる過塩素酸イオンのモデルとして、100mMの過塩素酸ナトリウムを単独、あるいは衝撃波との組み合わせで酵母に処理し、生存率や細胞内構造の変化を解析した。
その結果、これらの条件下で酵母の増殖速度は低下したものの、多くの細胞が生存することが分かった。鍵となったのは、リボ核タンパク質(RNP)凝縮体と呼ばれる膜のない小さな構造である。衝撃波ストレスではストレス顆粒とPボディという2種類のRNP凝縮体が形成され、過塩素酸塩のみの曝露ではPボディのみが増加した。一方、これらの凝縮体を形成できない変異酵母は、生存率が大きく低下した。このことから、RNP凝縮体がmRNAを守り再編成することで、火星類似の機械的・化学的ストレスから細胞を保護していると考えられるという。また、RNP凝縮体の形成そのものが、地球外環境下における細胞ストレスのバイオマーカーとして利用できる可能性も示された。著者らは、このような仕組みの理解が、将来の宇宙基地などで利用するストレス耐性生物システムの設計にも役立つとみている。
論文の筆頭著者のリヤ・ダーゲ(Riya Dhage)氏は「衝撃波物理と化学生物学を分子細胞生物学と統合することで、生命が火星のようなストレスにどう対処するかを調べられたことが本研究の特徴です」と述べている。責任著者のIISc生化学部プルシャルト・I・ラジャヤグル(Purusharth I Rajyaguru)准教授は「火星類似条件でも酵母が生き残るのを見て驚きました。この研究が、将来の宇宙探査で酵母を搭載する取り組みを活性化することを期待しています」と語った。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部