【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成②~創業聖地KAIST篇

2024年1月12日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

※【現地専門家インタビュー】韓国大学の創業人材育成シリーズは、韓国の大学発創業、創業人材育成実態について明らかにするため現地調査を行い、専門家のインタビュー内容をベースに作成されたものである。

韓国には科学技術特化大学として、韓国科学技術院(KAIST)、光州科学技術院(GIST)、大邱慶北科学技術院(DGIST)、蔚山科学技術院(UNIST)、浦項工科大学(POSTECH)がある。これらの大学は研究中心大学であり、韓国の科学技術の発展及び理工系の教育を先導している。

アジア・太平洋総合研究センターではこのほど、韓国の科学技術特化大学とファンディングエイジェンシーである韓国研究財団(NRF)を訪れ、大学での創業人材育成についてインタビュー調査を行った。2回目は韓国科学技術院(KAIST)を紹介する。

実験室創業革新チーム長 キム・テソン氏にインタビュー

KAISTは韓国初の科学技術特化大学で、韓国屈指の創業聖地である。2014年にKAIST創業支援センターを設立して、教員や学生の創業を積極的に支援してきた。2022年には教員による創業は12件実現し、教員と学生合わせた創業は年平均60件実現している。2022年末時点で、KAIST出身者が創業した企業は1900社に達した。

KAISTのスタートアップ・ビレッジ

今回は、創業現場の第一線で活躍する実験室創業革新チーム長のキム・テソン氏を取材した。

キム・テソン氏

キム・テソン氏へのインタビューは以下の通り。

「1実験室1創業」をスローガンに

Q1:KAISTの創業支援はどんな特徴があるのか?

キム氏:KAISTでは、2021年に新任総長が赴任してから、「1実験室1創業」とのスローガンを掲げ、教員の評価指標にしている。すなわち、1つの実験室で最低1つの創業を実現できるように、我々が支援している。KAISTには今、700の実験室がある。「1実験室1創業」を実現できても相当な数である。

Q2:韓国が創業ブームと言われているけど、大学はどうなのか?

キム氏:おっしゃる通りである。特に学部生、その中でも新入生の創業の熱意がとても高い。 KAISTに限っていうと、コロナ禍でも創業への熱意は特に変わっていない。教員でいうと、評価指標になっているから、教員も積極的に創業しようとしている。

Q3:科学技術特化大学の中でもKAISTの創業数は圧倒的に高いが、その秘訣は?

キム氏:比較的に早い段階から、体系的に創業支援を行ってきたので、その分成功事例が多い。成功先例の多さは、学生にとって「私もやればできる!やってみたい!」との自信に繋がっている。だから、他大学に比べ、創業希望者が多いと思う。自己投資ゼロ、リスクゼロで創業ができることが知られているので、創業に対する抵抗がない。仮に自分の息子が創業すると言い出したでも私は大賛成である。また、KAISTは創業インフラ、支援体制が整っているので、創業へのサポートが非常に充実している。

Q4:KAISTならではの強みは?

キム氏:まずは何といっても、KAISTネットワークである。OB、OG会のようなものは、他大学でも行っていると思うが、KAISTは卒業生に対する継続フォローを行い、在学生と交流のできる機会を多く設けている。創業でいうと、創業を希望する在学生とスタートアップで成功した卒業生との交流の場を多く設ける以外、似たような創業アイテムやアイデアをもっている卒業生とのマッチングも行い、創業希望者が直接成功ノウハウや経験を教えてもらえるようにしている。

それから、柔軟な制度運営である。KAISTでは創業支援について、審査制ではなく、要件を満たす人は全部創業ができるようにしている。創業のハードルを大きく下げたのである。他大学では「創業休学」の場合、年数制限があるが、KAISTはない。創業のために休学する場合、3年も5年も休学OKである。また、教員創業を促すため、行政手続を大幅にカットし、かつては9段階だったところ今は3段階で済むように改革した。

またKAISTは、創業支援インフラが優れている。全国でもそうだが、特に忠清エリアでは、トップ大学であり、自治体、国、忠清エリアの企業、KAIST卒業生からの支援が豊かであるので、創業を希望する人への支援はどこにも負けないと自負する。

KAISTは学内に、創業希望者用の宿舎があり、創業を希望する実験室のチームメンバーがともに生活しながら、実験―研究―議論―交流ができるようになっている。創業用の宿舎まで用意している大学は数少ない。

Q5:国が行う支援事業以外に、KAISTが独自で行う創業支援プログラムはあるのか?

キム氏:まず、科学技術情報通信部や教育部が行っている支援プログラムは全部対象校となっている。それからKAISTでは優秀な創業チームを3週間の海外研修に行かせている。また、K-スクールを運営しており、ここで経営に関わる教育を体系的行っている。他大学は経営に関する科目をいくつか設けている程度だと思うが、KAISTにはレベルの高い教授と外部専門家が教えるスクールがあり、そこで創業に必要な全ての教育を体系的に実施するので、クオリティが非常に高いと言える。

Q6:そういうことは、創業したいなら、Kスクールへの登録が必修要件になるのか?

キム氏:そうでもない。登録する学生が多いが、登録しなくても必要な単位を全部履修すれば、条件クリアとする。

Q7:エリアを代表するトップ大学であるが、地域の他大学との連携も図っているのか?

キム氏:地域連携も積極的に行っている。KAISTでは、忠清エリアの大学に所属している研究チームで、優秀なので大学の知名度等の影響で支援が受けられない場合、支援対象とする。もちろん、支援を行っている研究チームのうち、半分以上はKAISTの学生であるが、他大学の学生チームもいる。リーダの所属学校で、チーム名もKAISTチーム、忠南大学チームという風に分かれるが、チームメンバーは他大学所属でも入れるようになっている。すなわち、KAISTチームに忠南大学の学生がメンバーで入っているケースもある。

Q8:スタートアップ支援では、投資誘致が難点と指摘されているが、その点はどうなのか?

キム氏:投資誘致が最も重要である。KAISTは、より多くの投資を誘致するため、KAISTホールディングスを立ち上げた。民間企業でKAISTに投資したい場合、KAISTホールディングスでその支援金を受け取って、教員や学生の創業支援に使用している。KAISTは優秀な卒業生や成功した社長も多いので、他大学に比べては、投資に使えるお金が豊かなほうである。

ただ、そうは言っても資金は足りない。初期段階は政府や企業の支援金で解決できるが、上場やもう少しサポートすると成長できると思う段階で、投資誘致で困るケースも度々発生する。

Q9:多い成功事例の中で、いくつか紹介すると?

キム氏:NAVER(https://www.naver.com/)、NEXON(https://www.nexon.com/Home/Game、ネクソンは、PCオンラインゲームの開発及びサービスの提供などを主な事業とする多国籍ゲーム会社)、TMON(https://www.tmon.co.kr/、韓国初のソーシャルコーマスサイト)、IDIS(https://www.idisglobal.com/?lang=KR&country=KR、セキュリティテクノロジー企業)、InBody(https://www.inbody.co.kr/、医療機器企業)等は、成功事例としてかなり知られている。最近の例でいうと、JABISCO(https://jobis.co/、企業や個人の税務、経理サービスを手伝うフィンテック企業)、RETURN ZERO(https://www.rtzr.ai/en、通話音声をテクストに変換するサービスを提供するAI企業)、Rebellions(https://rebellions.ai/?ckattempt=1、AIを基盤にする注文型特化半導体チップを開発する半導体会社)等が、KAISTが輩出したスタートアップ企業である。

Q10:これからの課題や解決したい問題は?

キム氏:課題はディープテク企業の発掘である。創業希望者は多いが、ディープテク分野はまだ数少ない。ディープテク企業を多く発掘・育成するため、KAISTでは院生と社会人向けの「KAIST Startup Team Builder」を新設して、ディープテク分野の創業を支援している。また、創業のサポートのため、外部の専門経営陣を招聘した。解決したい問題は、人材の流失である。KAISTが大田市に立地しているためか、創業して一定規模になったら、ソウルに移す企業が非常に多い。ソウルのほうが、インフラが整っているから仕方ないが、できれば地元に残って活躍してほしい。

Q11:これからのKAISTのスタートアップ事業の展望は明るいと思うか?

キム氏:明るいと思う。韓国科学技術情報通信部(MSIT)が主管する「挑戦、K―スタート」という大学のスタートアップを評価するコンテストでKAISTのチームが大賞を受け取った。KAISTは、質の高い創業を誇っており、これからも注目できる企業が多く発掘されるだろう。

Q12:日本も創業の活性化を目指しているが、できるアドバイスはあるのか?

キム氏:やはり投資である。初期段階は政府や自治体の支援が絶対的に必要である。あとは民間に任せていいけど。それから人件費にかけること。KAISTもそうだけど、人件費のコストが高い。外部専門家の誘致、1対1のメンターにかける費用、講演講師への謝金など。思ったより費用が発生するが、これが果たしてどのぐらい効果を発揮しているかというのは、確言できない。だけど、大胆に投資する必要がある。効果の検証まで時間がかかるが、やはりこのような分厚いサポートが実を結んだと思う。

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