2025年5月27日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
韓国社会では従来、ブルーカラー職、すなわち製造業や建設業などの肉体労働系職業は軽視される傾向にあった。これは儒教的価値観に根ざし、大学を卒業してホワイトカラー職に就くことが「成功」とされる一方、ブルーカラー職は「学歴がない人の仕事」として見下される風潮が背景にある。また、急速な経済成長と教育熱により、韓国は世界でも有数の大学進学率を誇る超学歴社会となり、学歴主義が社会全体に深く浸透した。
このような背景のもとでブルーカラー職は敬遠されがちであったが、最近では若者の間でその認識に変化が見られる。毎日経済とインクルートが大学生および就職準備生を対象に実施したアンケート調査(2024年度)によると、回答者のおよそ70%がブルーカラー職につく意志があることが分った。今年3月に進学社の就職情報提供プラットフォーム「キャッチ」が就職準備生を対象に行ったアンケート調査でも、回答者の63%がブルーカラー職をポジティブに捉えていると回答した。同様に、「キャッチ」社が今年Z世代の求職者1603人を対象に、「年俸7000万ウォン(約700万円)の交代勤務ブルーカラー」vs「年俸3000万ウォン(約300万円)で残業のないホワイトカラー」をテーマにアンケート調査を実施した結果、「ブルーカラー」を選んだ割合が58%で過半数を超えた。
彼らがブルーカラー職に魅力を感じる理由としては、「労働に見合った高収入」や「技術習得による雇用の安定性」、「組織ストレスの少なさ」などが挙げられている。また、「参入障壁の低さ」「AIによる代替リスクの低さ」も支持を後押ししている。
第一に、ブルーカラー職が「ニュー・ブルーカラー」へと変化している点が挙げられる。かつての単純作業中心のイメージから、現在ではICTを活用した設備管理や電気自動車整備など、技術と知識を兼ね備えた現場技術者へと再定義されている。これにより、単なる肉体労働ではなく、高度技術職としての認識が広がっている。
第二に、若年層の雇用環境の悪化が背景にある。2025年2月時点で、15~29歳の若手雇用率は44.3%にとどまっている。とりわけ金融・流通業界では、業務の自動化やオンライン化が進み、事務職の新規採用が減少傾向にある。これにより、ホワイトカラー職への就職が困難になり、代替的かつ実利的な選択肢としてブルーカラー職が注目されている。
第三に、若手の価値観とブルーカラー職の特性が合致している点が挙げられる。業務の開始・終了が明確で、労働に応じた報酬が得られ、上下関係のストレスが少ないブルーカラー職は、公正さやワークライフバランスを重視し、実利を優先する今の時代の若手にとって魅力的である。
第四に、「職業に貴賤なし」という意識が浸透しつつある。かつては学歴に基づく職業ヒエラルキーが支配的だったが、AI社会への移行により、学歴よりもスキルや適性が重視される傾向が強まり、多様な成功モデルが登場している。
第五に、AIによる代替リスクの低さがある。一般に、単純事務作業などホワイトカラー職の方がAIによる代替が進みやすいとされる一方で、ブルーカラー職の中には、人間の判断力や身体能力、対人スキルを要する業務が多く、これらは技術による代替が困難である。経験を積めば積むほど価値が高まる職種であり、熟練技能者としての地位も確立されやすい。
漢陽大学名誉教授ペ・ヨンチャン氏は、「高進学率による就職難や人材市場のミスマッチ、景気低迷が重なり、高収入ブルーカラー職への関心が高まっている」とし、「学歴主義による社会構造のゆがみが改善される転換点になることを期待する」と述べている。
このように、韓国における若年層のブルーカラー職志向は、単なる職業観の変化にとどまらず、社会全体の価値観や労働構造の変容を示唆している。すなわち、「スペック中心社会」から「多様性と実用性を重視する社会」への移行である。以下の点が特に注目される。
今後、若手ブルーカラー職進出を後押しするためには、政府および産業界による以下のような支援が求められる。
ニュー・ブルーカラー職は、専門教育と一定の熟練期間を必要とするが、経験を積むことで価値が高まり、生涯にわたって安定した職業として成立する。若者たちがこれらの職を通じてキャリアと成長の機会を得ることが、韓国社会全体の持続的な発展にもつながるであろう。