2025年6月6日 安 順花(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
6月3日行われた韓国の大統領選で李在明(イ・ジェミョン)氏が当選した。前大統領の罷免による補欠選挙だったので、李大統領の任期は投票翌日の4日からスタートした。
2024年12月3日尹錫悦前大統領の非常戒厳宣布により国政混乱に見舞われた韓国は、政権交代による新政権の発足で、様々な政策変化が予想される。ここでは、李大統領の科学技術関連の選挙公約と主要論点に基づき、新政権の科学技術政策の方向性と課題をとりまとめる。
李大統領は大統領選で優先すべき10大公約を以下のように掲げた。
上記の10大公約のうち、科学技術に関わる 1 と 10 について主要論点を中心で紹介する。
李大統領は「世界を先導する経済強国」を最も優先すべき課題として掲げた。そのためにAIなど新産業の重点育成を通じて新しい成長基盤を構築すると明らかにした。具体的な目標として、AIトランスフォメーションを通じた「AIトップ3」への跳躍を掲げて、以下のような施策を示した。
また、このようなAI政策を推進するために、現在の大統領直下の「国家AI委員会」の役割を強化し、国家レベルのAIトランスフォメーション戦略を策定・推進するための「AI戦略機構」を設置する案も含まれている。併せて、大統領室に「AI政策首席」を新設するなど、強力なリーダーシップに基づいた組織体制で積極果敢な政策実行を予告している。
ただし、投資財源となる100兆ウォンの調達方法について具体的な触れておらず、AI基盤モデルの国産化を通じて全国民に無料で生成AIサービスを提供するという「みんなのAI」プロジェクトについてはその実現可能性を疑う声もある。
今回大統領選で最も争点となったのは環境・エネルギー政策だった。 李大統領は公約を通じて気候リスクへの対応及び脱炭素産業構造への転換を掲げた。そのために、先進国としての責任に相応しい温室ガス削減目標の設定、再生可能エネルギー中心のエネルギーシフトの加速化、エネルギー・ハイウェイの構築を挙げて、その方策を示した。主な内容は以下の通りである。
李大統領は世界的な潮流に合わせて、脱原発、再生可能エネルギーへの迅速な移行を強調した。そのために、気候・エネルギー省の新設も検討しており、今後脱原発・再生可能エネルギーへの移行は加速化すると予想される。ただし、原子力産業育成を重点的に推進した前政権の政策をひっくり返すことで、混乱を招きかねない。また、地理的制約、発電コスト、安定的電力供給、経済安全保障の観点から、急進的に進めてはいけないという声もあり、難航が予想される。
他にも李大統領は前政権でのR&D予算削減に対する批判を受けて、科学技術研究開発予算を大幅拡大し、自治体が自律性をもってR&D投資の方向性を決める「地域自律R&D制度」も積極推進すると明らかにした。