2024年11月26日 安 順花(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
2022年5月就任した韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が11月10日、5年任期の折り返しを迎えた。尹大統領は就任当初から、科学技術が政策の最優先課題と明言していた。任期折り返しにあたって、韓国科学技術情報通信部は尹政権の科学技術・デジタル分野の成果及び今後の計画を公表した。政府自らの評価を踏まえて、尹政権の2年半の科学技術政策を振り返ってみる。
尹政権の科学技術政策における成果としては、まず、国家戦略技術や3大ゲームチェンジャーイニシアティブといった戦略策定による先端技術の育成が挙げられた。
韓国政府は2023年12月、半導体、AI、バイオなど12の国家戦略技術を選定した。さらに2024年4月には、グローバル技術覇権競争に対応すべき将来の成長エンジンとしてAI・半導体、先端バイオ、量子技術のビジョンや戦略を盛り込んだ「3大ゲームチェンジャーイニシアティブ」を発表した。今後2028年までの5年間にこの戦略技術分野に30兆ウォン以上の投資計画を立て、重点支援を行っている。その結果、AI半導体、量子暗号通信の商用化などの成果を上げていると評価した。
もう一つの成果として宇宙開発の本格化が挙げられた。韓国は2022年独自開発ロケットの打ち上げに成功した。尹大統領は2022年11月、未来宇宙経済ロードマップを発表し、韓国版NASAの宇宙航空庁を発足すると明らかにした。宇宙航空庁発足は尹大統領の選挙公約であり、国政課題である。2024年5月に宇宙航空庁が発足し、宇宙開発と宇宙産業の育成に本格着手した。
R&Dシステムの見直しや効率化も成果として取り上げられた。韓国はこれまでの技術先進国を追いかける研究開発から、世界初・世界トップを目指す先導的R&Dへのシフトに向けてR&D革新に乗り出した。民間自らは難しい革新的・挑戦的研究、人材育成に国家R&D予算を重点配分した。国家ミッション中心の研究拠点の政府出資研究機関をグローバルTOP戦略研究団として再編した。また速やかな研究開発推進のネックとなるR&D予備フィジビリティ調査を廃止し、効率化を図った。
AI・デジタル分野における国家競争力を高め、国際秩序の構築を主導したことも成果として取り上げられた。韓国政府は2023年9月に、デジタル時代における国際社会が追及すべき価値、権利、ルール作りなど基本方向を示した「デジタル権利章典」を公表した。2024年5月にソウルで開催されたAIソウルサミットでは、AIの安全、革新、包容の3大原則を盛り込んだ「ソウル宣言」が採択された。
ほかに、米日首脳会談を通じた科学技術協力の強化や、世界最大のEUの研究・イノベーション枠組みの「ホライズン・ヨーロッパ」に準加盟国として参加が決まったことも評価される。
しかし、このような成果に対して評価は割れる。政府のR&D予算はR&Dカルテルの打破を掲げた見直しで、2024年度R&D予算は前年比16.6%削減した。研究現場からは予算削減により進行中の研究が中断されたり、予定のプロジェクトの遅れ・遅延を懸念する声が上がった。結局2025年度予算案では削減前の予算水準に戻ったが、一年間研究現場の混乱を招いたことは否定できない。また、大規模な国家R&D事業の予備フィジビリティ調査の廃止など、効率性・イノベーションを強調しているものの、革新・対策は不十分であるという指摘もある。