2026年7月16日 安 順花(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
韓国政府は、2030年に向けた国家科学技術政策の新たな設計図を打ち出した。6月26日に科学技術情報通信部(MSIT)が公表した「第6次科学技術基本計画(2026~2030年)」は、今後5年間にわたり200兆ウォン以上を研究開発(R&D)に投資し、AIと先端技術を軸とした国家競争力強化を目指す壮大な国家戦略である。
今回の計画の特徴は、単なる研究開発投資の拡大ではなく、「科学技術イノベーションとAIトランスフォーメーション(AX)による、誰もが恩恵を享受する新たな成長」をビジョンに掲げている点だ。日本の「科学技術・イノベーション基本計画」に相当する最上位計画として、政府全体の科学技術政策やR&D投資の方向性を規定する。
計画の中核をなすのは、国家全体のAXの推進だ。
政府はAIと科学技術の融合によって研究開発の生産性を飛躍的に高めるとともに、製造業やサービス業、公共分野に至るまでAI活用を拡大する方針である。国民が日常的に生成AIを利用する社会の実現を目指し、生成AIサービス利用率を2025年の44.5%から2030年には70%まで高める目標を掲げた。
また、AI技術そのものの競争力強化にも力を入れる。韓国独自のAI基盤モデル(ファウンデーションモデル)を育成するとともに、超知能時代を見据えてAI半導体や量子技術を戦略的に育成する。スタンフォード大学のAI Indexで「注目すべきAIモデル」と評価される韓国発のモデル数を、2025年の8件から2030年には20件へと増やす考えだ。
AIインフラへの投資も大規模だ。政府は2030年までにAI用GPUを26万基導入し、コンピューティング資源やデータ基盤を強化するほか、国際的なAIルール形成においても主導的な立場を目指す。
韓国政府はAIだけでなく、未来産業を支える戦略技術への集中投資も進める。
半導体、AI、先端バイオ、量子技術などを含む「国家戦略技術10大分野・55重点技術」に対して、今後5年間で60兆ウォンを重点的に投入する。分野別ロードマップを整備し、省庁横断的な支援体制を構築することで、先進国との技術格差を縮小することが狙いだ。政府は世界最高水準の技術保有国との技術力格差を、2024年の2.8年(韓国KISTEP分析)から2030年には2.0年まで縮める目標を掲げている。
研究成果の事業化も重要な柱である。大学や公的研究機関が生み出した技術を積極的に市場へ結びつけるため、技術系スタートアップの創出や成長支援を強化するとともに、知的財産の活用や革新的金融も後押しする。大学・公的研究機関の技術移転収入は、2024年の2780億ウォンから2030年には3500億ウォンへの拡大を目指している。
さらに、半導体分野での圧倒的技術優位の確保、防衛産業・宇宙航空産業の育成、重要鉱物への依存低減や素材・部品・装置の自立化などを通じて、グローバル産業競争力の向上を図る。OECD基準のハイテク輸出シェア国別ランキングについても、2023年の12位から2030年には7位への上昇を目標に掲げた。
イノベーションの源泉となる人材育成も今回の計画の重要なテーマだ。
政府は基礎科学と先端科学の研究基盤を強化するとともに、若手研究者や新進研究者、科学英才への支援を拡充する。科学技術人材が社会的に尊重される環境づくりも進め、高被引用研究者(HCR)数を2025年の76人から2030年には100人へ増やす計画である。
地域振興策にも注目したい。韓国政府は「5極3特」構想のもと、首都圏への一極集中を是正しながら地域主導のイノベーションエコシステムを整備する。首都圏、東南圏、大慶圏、中部圏、湖南圏の5つの広域経済圏と、済州、江原、全北の3つの特別自治地域を成長拠点と位置付け、大学・研究機関・企業の連携による産学官エコシステムを構築する方針だ。
計画の最後の柱は、科学技術を通じた持続可能な社会の実現である。
政府は先端バイオ技術や健康増進技術の開発を進めるほか、災害や安全保障上のリスク、新たな社会課題への予測・対応能力を高める。さらに、再生可能エネルギーへの転換や無炭素エネルギー技術開発を推進し、次世代スマートグリッドの整備を進める。
こうした取り組みにより、研究開発特区に所在する企業の総売上高を2024年の85.9兆ウォンから2030年には150兆ウォンへ拡大し、国民の健康寿命も65.5歳から70歳へ延伸する目標を設定した。また、国家温室効果ガス削減目標(NDC)の達成率についても、2024年の18%から2030年には40%へ引き上げるとしている。
今回の計画から見えてくるのは、韓国政府がAIを単なる産業政策ではなく、国家全体の成長戦略の中核に据えていることだ。研究開発、人材育成、地域振興、産業競争力、脱炭素社会など、これらをAIと科学技術で横断的に結び付けようとしている。
200兆ウォンを超える巨額投資と明確な数値目標を伴う今回の基本計画は、韓国の科学技術イノベーション戦略の方向性を示すだけでなく、日本を含む各国にとっても科学技術政策のあり方を考える上で示唆に富む内容といえるだろう。