オゾン層の回復傾向と気候変動緩和の取り組み―オーストラリアの科学技術シリーズ②

2023年5月23日 JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 三田 雅昭

はじめに

紫外線による健康被害の予防という前稿に続いて、本稿では生物に有害な紫外線をカットするオゾン層に注目して、オーストラリアが位置する南半球のオゾン層の回復傾向と気候変動を緩和する取り組みについて紹介する。

1. オゾンホール

2023年1月に世界気象機関(World Meteorological Organization:WMO)は「現在の政策が維持されれば、オゾン層は、南極では2066年ごろまでに、北極では2045年までに、その他の地域では2040年までに、オゾンホールが出現する前の1980年の値に回復すると予想される」と公表した1)

図1は南極オゾンホール面積の年最大値の推移を示す。米国航空宇宙局(NASA)提供データをもとに気象庁が作成したものである。赤色の実線は1979年以降の年最大値の経年変化、緑色の破線は南極大陸の面積を示す。南極のオゾンホールは2000年まで広がり続けたが、その後、徐々に改善し始めた。

図1. 南極オゾンホール面積の年最大値の推移
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/ozonehp/link_hole_areamax.html

1979年10月

2000年10月

2022年10月

図2. 南半球の平均オゾン全量分布(220m atm-cm以下、白色から黒色がオゾンホール)
https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/ozonehp/link_hole_monthave.html

図2に衛星観測による南極域オゾンホールが現れる前後のオゾン全量の分布を示す。米国航空宇宙局(NASA)提供データをもとに気象庁が作成したものである。220m atm-cm以下の領域(白色から黒色)がオゾンホールである。

歴史的には、1970年代からオゾン層の破壊が始まり、オゾン層破壊効果が問題視されて、特定フロンの生産中止、代替フロンの利用、さらにフロン回収処理、そして新たな冷媒・ノンフロン機器の開発などが進み、現在までに禁止されたオゾン層破壊物質のほぼ99%が廃止されている。2)それらの成果について、オーストラリアは「オーストラリアおよび世界のオゾン層破壊物質排出量に関する報告書2022年7)」を公表している。この報告書は、モントリオール議定書によって規制されているオゾン層破壊物質(ODS)の世界およびオーストラリアの排出量に関する情報を一般および科学界に提供するために、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)が作成したものである。モントリオール議定書を遵守するために各国がとった国内行動により、生産と消費、そしてそれに伴う排出量が大幅に削減されたことを確認しており、これらのODS の減少により、オゾン層の回復が始まったと述べている。

2. オゾンホール発生のメカニズム

オゾン層に関わる3次元・化学気候モデルの研究が、計算機の能力向上とともに、2000年頃から世界的に盛んになり、WMO(世界気象機関)の傘下で成層圏大気やオゾン層の長期変動を研究する国際プロジェクトが始まった。研究例としては、国立環境研究所・中島英彰らによる化学気候モデル(CCM)の結果を使用した「2007年と2011年に南極の昭和基地で地上設置のFTIRと人工衛星で観測された極渦の縁付近の塩素分配」3)などの報文がある。そこで、南極オゾンホール発生のメカニズムに注目し、各種文献3) 4) 5) 6)を参考に図3に整理した。

冷媒・洗浄剤・噴射剤・発泡剤などに利用されたフロン類は、地上で放出されたのち成層圏に上昇し、太陽光の紫外線によって分解されて塩素原子が生じる。この塩素原子が触媒となってオゾンを連鎖的に破壊する。

まず、極域では冬季に成層圏に形成される極夜渦により、周囲の空気との交換が制限されて成層圏大気は孤立する。冬季の極域では太陽があたらないため、極夜渦の内部は放射冷却により著しく低温になる。気温が低下すると極域成層圏雲PSCが形成されて、硝酸や水蒸気などが低温で凝結した液相や固相の粒子となり、その粒子の表面で塩素化合物が生成され、冬季の間に極夜渦に蓄積される。次に、春季になって太陽光があたると、塩素化合物は光によって活性塩素原子となり、これが触媒として働いてオゾンを急激に破壊し、オゾンホールが形成される。

この連鎖反応を終結させるためには窒素酸化物が必要で、周囲の空気との交換によって極夜渦が崩れるとともにオゾンホールは消滅する。この際にオゾンが薄くなった空気は南半球中緯度に輸送されるので、オゾン層の減少は広範囲に及ぶことになる。

図3. オゾン層破壊のメカニズム(南極成層圏の例)

おわりに

オゾン層を破壊する化学物質の世界的な段階的廃止について、ウィーン条約やモントリオール議定書が国際的に締結され、人類の共通課題として観測研究・原理究明・メカニズム解明そして改善が図られて来た。地球環境問題・気候変動問題に対して、人類が国境を越えて協力し合う良い前例となったと言える。国連や世界気象機関(WMO)がリードして様々な国と地域の行政機関が連携し、オーストラリア気象局(BOM)や日本の気象庁(JMA)などによる観測研究が進められてきた。

では、どうやってオゾン層や紫外線を観測してきたのだろうか? 次稿では、観測研究に関連する技術革新に焦点を当てる。

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