2023年5月24日 JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至
オーストラリア政府は4月末、移民戦略の見直しに関する提案を発表した1。一定のスキルセットを有する高度専門人材を対象に、受け入れ手続きを迅速化し、永住権への道も円滑化する旨を盛り込んだ。新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大(以後「新型コロナ禍」)で、多くの国・地域にとって人材交流を戻すプロセスにある中、オーストラリアは制度の抜本的な改革に乗り出そうとしている。
制度の見直しで、専門人材屋留学生の受入に活発化が期待される
(写真はイメージ)
国・地域を超えた人材の交流と流動性の高まりは、研究開発活動に互恵をもたらし、自国・地域での科学技術イノベーションを高めることに貢献する。この観点は、20世紀の後半、特に1970年代以降のアメリカにおける留学生の受入成功を背景に語られてきた2。オーストラリアもまた、ヨーロッパ系の人々が人口構成の多数を占めるが、地理的にはヨーロッパから遠いという特徴を持つ移民国家である。歴史的にも、英国女王を名目的元首に置く立憲君主制を標榜しつつ、実質的にはアジアへの接近を強めてきた3。
しかし連邦政府は新型コロナ禍に際し「要塞オーストラリア(Fortress Australia)」と呼ばれる強硬な入国制限政策を講じた4。2020年9月、メルボルン大学高等教育研究所のラーキンとマーシュマンは、この政策が影響して留学生からの学費収入が激減したと指摘し、2025年頃までに国内研究者が11%減少しかねないとする推計を発表した5。
苦境の打開策として、移民呼び戻しの不可欠性はかねてより論じられてきた。2022年2月7日、スコット・モリソン首相(当時)は声明で、新型コロナウイルス感染者数の世界的漸減を受け、全ビザ保有者の渡航再開を発表し、移民の呼び戻しに舵を切った。同年5月に発足したアルバニージー政権も移民の所得水準向上を表明するなど基本的方針を継続している。研究開発ファンディングを提供するオーストラリア研究評議会(ARC: Australian Research Council)でも昨年、2025年までの3カ年にわたるビジョンを策定し、「専門知を有する人材の登用・支援」を戦略的優先事項の3点目に掲げた6。
実際、留学生数は、新型コロナ禍以前の水準には及ばないものの、徐々に戻る兆しを見せている。教育省による留学生数の国別内訳を見ると(図)、2014年から新型コロナ禍の前年にあたる2018年、中国は約12万人から20.4万人と約1.7倍に増加、インドは4.6万人から約9万人へと倍増し、ネパール・ブラジル・マレーシアも順調に増加した。規制が緩和し始めた2022年には、中国は15万人超と2018年水準にはいまだ遠いが、インドは9万人超と2018年水準に戻っている。
図 オーストラリアへの留学生数、4年ごとの推移
出典:豪州教育省(2022年12月12日データ取得)
https://www.education.gov.au/international-education-data-and-research/
クレア・オニール内務相は、会見で「我が国の移民制度は崩壊しており、…何よりも我々オーストラリア人を衰退させている。現状の継続があってはならない」と改革への強い意志を述べた。今回の声明に先立つ2023年3月末には、内務省が200ページに及ぶ大部の調査報告書を公表している7。
韓国のように、新型コロナ禍にあっても学生誘致策を積極展開し、非対面授業へのスムーズな移行などにより、留学生の受け入れを維持して人材確保に「成功」したという国もある8。オーストラリアはこれまで新型コロナ禍への強硬策が裏目に出てきたが、今回の措置で好機に転じられるのか、動向を注視したい。