マイクロソフトの研究チームは、情報を一風変わった物質状態で保存する装置の中で、初の「トポロジカルキュ－ビット」を作成したと発表した。これは量子コンピューティングにとって大きな突破口となるかもしれない。

同時に、チームはネイチャー誌に論文と今後の研究に向けた「ロードマップ」も発表した。マヨラナ1プロセッサは、その設計から最大100万キュービットを扱えると考えられており、例えば暗号コードを解読し、新薬や新素材の設計を素早く実行するという量子コンピューティングの重要な目標の多くを十分達成できるかもしれない。

マイクロソフトの主張通りに事が運べば、現在量子コンピューターの開発競争をリードしていると思われるIBMやGoogleなどのライバルを引き離したことになる。

しかし、ネイチャー誌の論文は査読済みとはいえ、研究チームの部分的な意見を掲載しているだけであり、ロードマップには克服すべきハードルがまだ多く含まれている。 マイクロソフトのプレスリリースは量子コンピューティング・ハードウェアと思われるものを紹介しているが、それだけで何ができるのかははっきりとは分からない。とはいえ、マイクロソフトのニュースは非常に有望である。

ここまで読んだところで、おそらくいくつもの疑問を持つだろう。トポロジカルキュービットとは何か？キュービットとはいったい何か？そもそも、なぜ人々は量子コンピューターを欲しがるのか？

量子ビットは構築が難しい

量子コンピューターの構想が初めて現れたのは、1980年代のことである。通常のコンピューターが情報をビットに保存するのに対し、量子コンピューターは情報を量子ビット、つまりキュービットに保存する。

通常のビットは0か1の値であるのに対し、量子ビットは (非常に小さな粒子を支配する量子力学の法則のおかげで) 両方を組み合わせた値とすることができる。通常のビットを上または下を示す矢印と考えるならば、キュービットはあらゆる方向を示す矢印と考えられる (または上下の「重ね合わせ」と呼ばれる)。

つまり、量子コンピューターは、特定の種類の計算、特にコードの解読や自然システムのシミュレーションに関する計算では、通常のコンピューターよりもはるかに高速であることを意味する。

ここまではいい。しかし、実際のキュービットを構築して情報を出し入れすることは、外界との相互作用によって内部の繊細な量子状態が破壊される恐れがあるため、非常に困難であることが分かった。

研究者たちはキュービットを作成するために、電場の中に閉じ込められた原子や超伝導体内で渦巻く電流の渦の利用など、さまざまな技術を試してきた。

極小ワイヤと風変りな粒子

マイクロソフトは、「トポロジカルキュービット」を構築するためにまったく異なる手法を取った。同社は、1937年にイタリアの物理学者エットーレ・マヨラナが初めて理論を唱えた、いわゆるマヨラナ粒子を使用した。

マヨラナ粒子は、電子や陽子のように自然に発生する粒子ではない。マヨラナ粒子はトポロジカル超伝導体と呼ばれる希少な種類の材料の中にのみ存在するが、この超伝導体は高度な材料設計を必要とし、極低温まで冷却する必要がある。

実際、マヨラナ粒子は非常に変わった存在であるため、通常は大学で研究されているだけであり、現実の用途には使用されていない。

マイクロソフトのチームは、キュービットとして機能させるために、両端にマヨラナ粒子を閉じ込めた2本の極小ワイヤを使用したと述べている。キュービットの値は電子がワイヤのどちらにあるかによって表され、チームはその値を、マイクロ波を使用して測定する。

編み込みビット

マイクロソフトはなぜここまでエネルギーを注ぎ込んだのか。それは、マヨラナ粒子の位置を入れ替える（または特定の方法で測定する）ことで、マヨラナ粒子を「編み込み」、エラーなしで測定でき、外部からの干渉にも耐えられるためである。（これが「トポロジカルキュービット」の「トポロジカル」な部分である）

理論上、マヨラナ粒子を使用して作られた量子コンピューターは、他の設計では問題になるキュービットエラーをまったく発生させない。

これが、マイクロソフトがこのような手間暇のかかりそうな手法を選択した理由である。他の手法ではエラーが発生しやすく、1つの信頼性の高い「論理キュービット」を生成するには、数百の物理キュービットを組み合わせる必要があるかもしれない。

マイクロソフトはそうではなく、マヨラナ粒子を使うキュービットの開発にあたり時間と資源を投資した。同社は大規模な量子開発競争への参入は遅かったが、すぐに追いつくことができると考えている。

落とし穴は常にある

真実と思えるにはあまりにもうまい話には、常に落とし穴がある。マイクロソフトが発表したようなマヨラナ粒子を使う量子コンピューターでも、Tゲートと呼ばれる操作は必ずエラーがつきまとう。

つまり、マヨラナ粒子の量子チップは「ほぼエラーなし」というだけである。ただし、Tゲートエラーの修正は、他の量子の一般的なエラー修正よりもはるかに簡単である。

マイクロソフトは、より多くの量子ビットをグループ化することで規模を拡大する計画だ
（出典：Microsoft）

次はどうなるか? Microsoft はロードマップを進め、着実にキュービットをどんどん大きくしていくつもりだ。

科学コミュニティは、Microsoftの量子コンピューティング装置がどのように作動し、すでに確立されている他の量子コンピューティング装置と比較してどのように機能するのか、注意深く見守るだろう。

それと同時に、世界中の大学でマヨラナ粒子の奇妙で不明瞭な挙動に関する研究が続けられるだろう。

（2025年3月6日公開）

著者：Stephan Rachel（メルボルン大学 物理学部 教授）

参考サイト(外部サイト)：
Microsoft just claimed a quantum breakthrough. A quantum physicist explains what it means

本記事は、2025年2月19日にThe Conversationに掲載後、著者の許諾を得て再構成したものです。掲載された記事、写真の無断転載を禁じます。