【The Conversation】 オーストラリアの研究セキュリティ、外国からの干渉により強い対策が必要

スパイといえば、トレンチコートを着てサングラスをかけ、政府の文書を盗もうとしている人物、あるいは高官の電話を盗聴しようとする人物を想像するかもしれない。

もちろん、現実では、はるかに巧妙に行われている。各国が自国の大学研究を外国の干渉から守る手段は、新たな懸念事項の一つとなっている。また、他国と安全に共同研究を行う方法も、オーストラリアの研究が最先端であることを保証する重要な手段であるため、懸念事項の一つである。

今週、筆者を含む研究セキュリティの専門家たちがブリュッセルに集まり、世界中でセキュリティリスクが高まる中、自由で開かれた研究をどのように実施すべきか話し合うことになっている。

オーストラリアは、自国の大学研究を効果的に保護するために何をすべきだろうか?

研究セキュリティとは何か?

研究セキュリティとは、研究開発(R&D)を外国政府の干渉や不正アクセスから守ることである。特に、発表、共同研究、そして共同作業の自由が美徳とみなされるオーストラリアの大学においては、研究セキュリティは重要である。

オーストラリアの大学では、商業的・軍事的に価値のある研究の盗難、外国政権への批判的な意見の抑圧、そしてデータベースハッキングといった計算された攻撃が激増している。

筆者は2025年7月の報告書で、敵対勢力はもはやデータを盗み、非公式な人脈を築くだけではないことを指摘した。悪意のある者を内部に侵入させ、研究者を標的にし、データやサイバー空間の脆弱性を悪用しようとする計画的な動きを目の当たりにしている。

オーストラリア保安情報機構 (ASIO) のマイク・バージェス (Mike Burgess) 長官は、オーストラリアの学術界はスパイや秘密工作員による脅威に晒されていることを強く訴えた。

2024年、同長官は学術界を標的とする「Aチーム」というスパイ集団の存在を警告した。

「オーストラリアの著名な学者や政治家が、主催者が全費用を負担する海外の会議に招待された [...]。会議終了から数週間後、ある学者がAチームに対し、オーストラリアの国家安全保障と防衛の優先事項に関する情報を提供し始めた」

しかし、外国との共同研究を止めればいいという話ではない。オーストラリアよりもはるかに科学技術が発達している国もあり、共同研究をやめるとオーストラリアは最新技術の開発から取り残されるリスクがある。

場合によっては、他国の研究者に対する不当な差別にもつながる。

変化する国際研究環境

1月以降、米国のドナルド・トランプ (Donald Trump) 大統領は大学への資金を削減し、留学生の受け入れを禁止し、大学構内での活動に対する訴訟や調査を次々と展開してきた。

オーストラリアは科学技術研究資金において米国と強い結びつきを持つため、この変化はオーストラリアに大きな波及効果を与えた。

そのため、オーストラリアは信頼性と持続可能性が高い資金提供パートナーとしてEUに注目している。

このことから、 オーストラリアは、1000億ユーロ(1790億豪ドル)規模のホライズン・ヨーロッパ基金への参加交渉を再開した(2023年、オーストラリアは「プロジェクトへの拠出にかかる潜在的なコスト」を理由に参加の試みを断念した)。

ホライズン・ヨーロッパは、オーストラリアの研究者に巨額の資金を提供するだけではない。EU科学外交同盟など、他の取り組みにおいてもオーストラリアをEUに近づける手段ともなっている。EU科学外交同盟は、すべての人々の安全、安心、及び利益のために科学の発展を推進することを保証する。

しかし、オーストラリアがホライズン・ヨーロッパへの参加を希望するならば、他のEU諸国と同様に、研究セキュリティに対する真摯な姿勢を証明しなければならない。2024年4月、オーストラリアとEUは、「重要技術を保護するために研究セキュリティと措置を強化し、研究とイノベーションへの外国による干渉に対抗する」ことに合意した。

適切な政策を持たないオーストラリア

しかし、オーストラリアには研究セキュリティに関する適切な国家政策がない。また、43の大学が取るべきアプローチや最低基準に関する適切な指針もない。

「外国の干渉に対抗する」ための指針は完全に任意であり、遵守状況について中央からの監視は一切行われていない。

2022年の連邦議会報告書には、オーストラリアの大学にアクセスしようとする外国工作員による数々の試みが詳しく書かれている。報告書には、状況改善のための27の推奨事項が記述されている。しかし、連邦政府は今日に至るまで、これらの推奨事項の約4分の3についてまだ何もしていない。

推奨事項の中には、中国などの国で研究を再現するために巨額の資金やその他の手当を研究者に提供する「人材獲得プログラム」への関与の禁止といったものが含まれている。

EUのアプローチ

オーストラリアのアプローチは、研究セキュリティを最優先事項としているEUとは対照的である。

2024年5月、欧州委員会は加盟27か国全てに対し、「機密情報の悪用を防ぐための協力」に関する法律と政策を制定するよう指示した。

その後、ドイツは「セキュリティ倫理委員会」を導入した。これはヒトと動物の倫理委員会をモデルとしており、危険性又は高危険性を伴う可能性を持つ研究に関するプロジェクトを精査することを目的としている。

オランダ、デンマーク、英国はいずれも、政府が窓口を作り、研究者が研究セキュリティの実践に関する質問に答えられるようにしている。

政策だけでは不十分

オーストラリアは研究セキュリティについて、明確かつ強力な国家政策を必要としている。しかし、この問題を真剣に取り組むためには、政策指針だけでは不十分である。

大学が研究を正しく精査し、準備するためには、時間・支援・情報を必要とする。つまり、さらに多くの資金が必要となってくる。

大学によっては、研究セキュリティの責任者が1人しかおらず、その者が他の職務も兼任している場合がある。

したがって、研究者が研究におけるリスクを特定・管理し、研究機関間で情報共有をできるようにするための資金も必要である。

これらの措置を通じて、オーストラリアは安全性を確保して研究を行っていること、そしてオーストラリアに資金提供を行い、協力することは安全であることを世界に示すことができる。

(2025年11月10日公開)

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