AsianScientist-あらゆる予測とは逆に、女性研究者は高性能コンピューティング(High-Performance Computing:HPC)の世界を席巻している。2人の優れた研究者が、どのように商用コンピューティングを推進し、この分野でコラボレーションを推進しているか紹介する。
一般的にはラブレス伯爵夫人エイダとして知られているオーガスタ・エイダ・バイロン (Augusta Ada Byron) は、最初のコンピュータープログラマーとして広く賞賛された数学者であった。チャールズ・バベッジの解析機関に対する彼女の貢献を疑う否定論者は確かにいるが、今日、彼女の名前とレガシーは、科学、技術、工学、数学 (STEM) 分野における輝かしい女性セレブとして際立っている。
コンピューティングは圧倒的に男性が中心ではあるが、女性の先駆者たちはこの分野の歴史の中で地位を確立してきた。コンピューター時代の火付け役となった最初の大型電子機器であるエニアックをプログラムしたのは女性だけのチームであり、最初の高水準コンピューター言語を発明したのはグレース・ホッパー (Grace Hopper) 氏である。
しかし、2017年というごく近い時代であっても、すべての高性能コンピューティング (HPC) 論文のうち、女性著者はわずか10%であった。HPC分野で働く女性の数はまだ多くはないものの、広範囲な影響を与えている。Supercomputing Asia 誌は、コンピューティングに関わる女性というだけでなく、この領域の著名なスペシャリストとして名を馳せている2人の女性研究者にインタビューを行った。
シンガポール科学技術研究庁 (A * STAR) のフレダ・リム (Freda Lim) 博士は計算化学を学び、鎮痛パッチやスキンケア製品などといった消費者向け製剤と消費者の相互作用の解明を目指している。彼女の研究は、実験台を超えてバスルームの棚にまで及び、効果的なソリューションを生み出す。
学部学生だった若い頃、リム博士は将来コンピューティングの世界に進むことに完全に確信を持てなかった。リム博士は当時、計算化学は平凡で反復的で、何の指針もない仕事と考え、興味を持てなかったため、この分野には進まないと心に決めていた。
大学院に進学してからは、指導教官の忍耐と知性に影響され、システム内で電子、原子、分子のモデルを構築し、改良し、試験することの楽しさを知った。これらは計算化学の核となる部分である。
現在、リム博士は、A * STARの高性能コンピューティング研究所 (IHPC) で研究主幹、イノベーション責任者、副部長として指導的役割を果たしながら、消費者ケア製品の分野で研究を行っている。リム博士は多くの仕事を持つが、最も顕著なのは、消費者ケアの分野でHPCを推進し、最終的には人々が毎日バスルームで使用する製品の製法を開発することである。
「大学院での最初の『実際の』計算化学プロジェクトは半導体材料が関係し、2番目のプロジェクトではIHPCで一酸化炭素酸化(carbon monoxide oxidation)用の触媒材料を見つけようとしていました。どちらのテーマも興味をそそるものでしたが、人々が毎日欠かさず使用する消費者向けケア製品と化学の相互作用を調べることほど面白いものはありません」とリム博士は説明する。
リム博士と彼女のチームはHPCを使い、ポリマーと他の成分(ナノ粒子、界面活性剤、さらには他のポリマーなど)との相互作用を研究している。また、分子動力学シミュレーションにより、これらのさまざまな製剤が髪や皮膚などの柔らかい素材とどのように相互作用するかを理解し、人々が効果的かつ安全に使用できる製品の開発に貢献している。
若い研究者のメンターとして、またスーパーコンピューティングアジアなどの会議やスキンリサーチソサエティ・シンガポールのウェビナーの講演者として、リム博士は、シンガポールとアジアのHPCの未来を発展させる上で積極的な役割を果たしている。
「アジア(のスーパーコンピューター)には日本の京(けい)と富岳、そして中国の天河システムがあるため、HPCの分野で過去10年間一貫して存在感を成長させ続けてきました。私が望むことは、今後数年間にHPCの利用がもっと一般的になり、アジアのさらに多くの地域の学生がアクセスできるようになり、HPCの分野で活躍できる多くの人材を健全かつ継続的に育成できるようにすることです」とリム博士。
HPCの世界は、身近な教育やメンターシップの存在に加え、気候変動や公衆衛生などの地球規模の課題に取り組む際には学術界、産業界、政府機関の協力によって活性化されている。
このような協力形態の熱心な支持者であり、取り組みを主導する変革者の1人であるクリスティン・オウヤン (Christine Ouyang) 博士は、IBMでディスティングイッシュト・エンジニア、マスター・インベンター、IBMシステムCTOリーダーといういくつもの称号を持つ。オウヤン博士はHPC教育にも同様に情熱を注いでおり、仕事の一部は、学術機関との関係を構築するために設計されたIBMグローバル大学プログラムを中心に展開されている。 オウヤン博士は「私たちは、ハードウェアとソフトウェアなどのテクノロジー、課程教材、IBM PhDフェローシップ、教員賞、その他の学術賞を提供して、研究とスキル開発を支援してきました」と語る。
このプログラムは60年以上前に開始され、スイスからパキスタンまで世界中の学校とパートナーシップを育くみ、民間企業や政府機関のために多くの人材を育成し、研究開発から市場投入までのイノベーションを加速させ、地域の新興企業とともに経済発展を推進してきた。
事実、IBMは2012年から2013年にかけて13の共同イノベーションセンター(CIC) を設立し、ビッグデータ、アドバンスド・アナリティクス、クラウドコンピューティングなどといった新しい技術分野を推進させた。オウヤン博士が関わったこれらのパートナーシップの1つは、シンガポール国立大学 (NUS) で今でも成果を出している。 このCICの立ち上げに伴い、IBMはNUSに対し、アナリティクスや人工知能 (AI) ソフトウェア、コンピューティングハードウェアに加え、クライアントからの産業ユースケースや学生のためのメンターを提供した。これらはすべて、シンガポールでHPCの人材を育成するために活用される資源である。
オウヤン博士は、IBMでの21年間の勤務の間に、関係者それぞれが高度コンピューティングの利益となる新しいテクノロジーを開発できることを直接目撃してきた。オウヤン博士は、リソースを組み合わせることで、すべての関係者にとって有益な結果が得られるだけでなく、1つの組織が単独で達成できる結果を上回ることが多いと信じている。
「各関係者は、問題解決に役立つ独特の何かを持ち寄ります。学術界は、問題に取り組む好奇心旺盛な人材に対し、成長に役立つ専門ネットワークを提供します。政府機関は多くの場合、挑戦するための資金を提供してくれ、それにより学術界は活動可能になります。テクノロジー業界は、資金などの資源を提供し、コンサルタントを紹介してくれます。最後に、産業界は実社会の課題とその対象分野に関する専門知識を持ち寄ってくれます」(オウヤン博士)
HPC市場は着実に成長を続けており、2028年までに560億米ドル(約7兆円)近くに達すると予想されているため、世界中の学校や組織がもっと多くの女性をこの分野に招き入れようとするのも納得である。HPC業界の先駆者であるアニタ・ボルグ (Anita Borg) 博士は、女性が技術分野で働き、進出できることを目的としてAnitaB.orgという非営利組織を設立した。この組織が2020年に調査を行ったところ、技術分野における女性の全体的な割合は着実に増加を続け、2018年から2.9%増加したことが分かった。
我々が方向性を知り、先駆者にスポットライトを当て、意欲的な若いコンピューター科学者を激励する中で、フレダ・リム博士やクリスティン・オウヤン博士などの研究者は、性別を問わず、HPC分野で達成できる成功を示す強力な例となる。
(2022年04年18日)