AsianScientist - バングラデシュのセンジュティ・サハ (Senjuti Saha) 博士は、世界中で公平な研究環境を提唱し、研究者が自分たちの力を取り戻し、南半球の国々が直面している問題に自分たちで取り組むことを呼びかける。
センジュティ・サハ (Senjuti Saha) 博士 小児健康研究財団 (CHRF) ディレクター
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による パンデミックが始まったとき、科学者は時間と戦いつつ、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノム配列を決定し、世界中に広がる様子をマッピングした。数日のうちに、すべての配列がオンラインで公開された。このような迅速な対応が可能になったのは、データと情報の共有が国境を越えて進んだためである。科学者たちはリアルタイムで配列決定プロトコルを最適化し、学界と製薬業界の研究者たちは感染拡大に対抗するワクチン開発の作業を開始した。しかし、すべての国がこの偉大な業績からただちにメリットを享受できたわけではない。
歴史的に、世界の健康研究には不公平が存在しており、低所得国と中所得国は非常に偏った影響を受けてきた。コロナ禍では、ゲノム解読試薬へのアクセスの悪さ、そしてさらに憂慮すべきことに、コロナワクチンの南半球への配布が非常に遅く、不平等であったことから、このことが再度明らかになった。
それにもかかわらず、南半球の発展途上国ではSARS-CoV-2の配列決定と監視を行う地元の研究グループが増加しつつある。事実、南アフリカでオミクロン株型が初めて検出されたのは、SARS-CoV-2変異株の配列決定と監視が行われたためである。
バングラデシュでは、小児健康研究財団 (CHRF):Child Health Research Foundation)のディレクターであるセンジュティ・サハ (Senjuti Saha) 博士が科学者チームを率い、ダッカにあるゲノム解読施設でSARS-CoV-2の全ゲノム配列を解読することに成功した。現在、サハ博士はバングラデシュ全土で懸念されるSARS-CoV-2変異株をマッピングし、その存在を調査する進行中のプロジェクトを継続して進めている。
彼女はグローバルヘルスにおける研究と情報の公平性を熱心に提唱している。Asian Scientist Magazine誌のインタビューでは、バングラデシュでのSARS-CoV-2変異株のマッピングと監視の中で彼女と彼女のチームが直面した課題、そして公平性の高い研究環境の構築に必要な忍耐力の重要性を語ってくれた。
このゲノム解読施設を開設する前、私はカナダで分子遺伝学の博士号を取得し、11年間そこに住んでいました。バングラデシュに戻ることを決めたのは、「10/90ギャップ」に対処したかったからです。「10/90ギャップ」とは、発展途上国には健康研究用の世界の資源の10%しか投資されず、予防可能な子どもの死の90%が発生しているという問題です。これは実に不公平なことだと思います。私は、ゲノム解読の専門知識を母国に持ち帰り、そこの科学コミュニティに力を与えて、この10/90ギャップを縮めたいと思いました。
2016年にバングラデシュに戻り、自分のゲノム配列解読施設を開設する手続を開始しました。2018年には、小型の配列解読機を手に入れました。私は資金を確保し、地元の配列解読グループと協力して、髄膜炎や腸チフスなどバングラデシュの風土病である病原微生物の配列解読に機械を使用する練習を互いに行いました。
COVID-19がバングラデシュを襲ったとき、私たちはすでに施設を設立し、ゲノム解読に必要な専門知識を確立していました。そのため、ここでSARS-CoV-2の解読に必要な物と能力について考える必要はありませんでした。資源がどのようなものであろうとも、国内で流行している変異株が何であるかを正確に記録することから始めなければなりません。
SARS-CoV-2のゲノム解析を開始した当初は、資源を利用できず、プロトコールが最適化されていない状態でした。使用できる試薬も非常に限られていたため、1つのサンプルの解読しかできませんでした。それに加え、CHRFで配列決定のトレーニングを受けた科学者は、午前中は診断研究所で働いていたので、配列決定のためのサンプルを準備できるのは夜だけでした。
SARS-CoV-2の配列解読に成功した時点では、あまり多くのことは分かりませんでしたが、このようなことがバングラデシュのような国でも成功するのだという自信を持つことができました。その後、バングラデシュの多くのグループがSARS-CoV-2の配列解読を開始しました。私たちは、バングラデシュのいくつものグループと協力し、患者や疑いのある症例から無作為にサンプルを採取し、ゲノムの配列を決定し、集団に存在する変異株を追跡調査しました。現在では、国内のSARS-CoV-2変異株の拡散を監視するための共同作業となっています。
もちろんです。私たちがここCHRFとバングラデシュで行ってきたことは、南半球の科学者が行う研究が独自に成功する可能性を持つことを浮き彫りにしたのだと思います。北半球の研究者がやってきて、午後には靴を汚してサンプルを採取し、その後はサンプルが本来採取された国の外でデータを処理し、解釈するという植民地的手法に対抗することができるのです。
しかし、私としては、この国の人々が自信を持てるようになったことに一層の価値があると思います。植民地文化は、両側で働いていると思うからです。北半球だけが悪いというわけではありません。植民地文化が続くのは、北半球南半球両方に問題があると思います。なぜなら、私たちは自分たちの能力をおそらく忘れてしまっているからです。
仕事を進める原動力となるのは、感情、情熱、生きた経験、コミュニティへの愛です。歴史を振り返ると、アパルトヘイト、フェミニズム運動、そして最近ではブラックライブズマター運動が見られます。変化をもたらすのは抑圧者ではなく、問題を経験し認識している抑圧された人々なのです。彼らは、これらの社会運動を動かし、先導し、前進させます。力は与えられるものではなく、勝ち取るものなのです。
私はまだこの教訓を学習中です。数年前、私は北半球の人々の考えを変え、真実を示すために、彼らに対し南半球が受ける問題についてよく語っていました。私はそれは重要なことだと思っていますし、今でもそのような話をしていますが、もっと重要なことは、バングラデシュや他の低中所得国の研究者が問題を認識し、自分たちの問題として扱い、テーマを前進させることであると考えています。
忍耐は非常に重要です。これは私がキャリアを通じて学んだことであり、今も学んでいます。力ずくで通り抜けることもできますが、そこまでです。私たちは戦略的でなければならず、団結しなければなりません。何世紀にもわたる考え方を数年で変えることはできません。これは時間がかかります。ですから、私たちは忍耐強く、団結を強め、価値と使命を意識する必要があります。
(2022年09月07日公開)