イノベーション力と米中間の技術・産業競争―フォーリン・アフェアーズ誌の論考から㊦:中国の「隠れた技術革命」に何を学ぶか?

2023年4月10日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職

フォーリン・アフェアーズ誌のもう一つの論考であるダン・ワン氏による「中国の隠れた技術革命:中国はどのように米国支配を脅かすか」は、過去15年ほどの間に再生可能エネルギー設備等の分野で中国が製造品の大量生産を通じて独自の最先端技術を生産できるようになったが、その実力は決して侮ることができず、米国も中国の強みから学ぶべきであるとする。

「プロセス知識」の活用

中国モデルは、科学的リーダーシップが産業リーダーシップに直結するという米国的な考えに修正を迫るもので、中国は、画期的な研究や科学イノベーションというよりも、新しい産業を拡大する能力(プロセス知識(process knowledge)と呼ばれるもの)を活用することで幅広い戦略的技術で米国を凌駕しているという。

中国の技術力の着実な進歩は、単に西側企業からの技術窃取や科学的進歩に依存したものというよりも、中国自身の産業能力の向上、すなわち豊富で洗練された製造業の労働力からもたらされた利益によって促進されたものだとする。ここでは、技術競争の世界では、「量が質に転換される」ことがあるという事実が示唆されている。

ワン氏は、中国の技術力の強化は、華やかで高度な科学研究ではなく、もの作りの能力を向上させるという地味な仕事を基盤としており、このことは米国をはじめとする西側諸国に重要な教訓を与えるという。テクノロジーについて米国が中国と真剣に競争するには、先駆的な科学以上のものに焦点を当てる必要があり、イノベーションを拡大し、製品をより良く効率的に作るには、製造業を単によりスリリングな発明やR&Dの余興とみなすのではなく、中国が行ってきたように、技術進歩の不可欠な部分として扱い、そこでの労働力を積極的に活用することを学ぶ必要があると主張する。

「隠れた技術革命」

現状では中国が西側に劣後している分野は少なくない。中国は、家電品で世界的なブランドを作れていないし、半導体や航空機産業等で欧米への技術依存度は高い。しかし、こうした脆弱性の中でも、中国は他の多くの技術で急速な進歩を遂げており、高度な工作機械の製造、iPhoneの組み立てに典型的に見られる電子機器のサプライチェーン、超高圧送電線、高速鉄道、5Gネットワークなどのインフラ構築、量子暗号通信等で大きな進歩を見せている。こうした成果は、益々困難となる課題に対処しようとする中国の地道な努力を示すものであり、全体として見ると、中国の技術開発は国のイメージが示唆するよりもかなりダイナミックであるとワン氏は評価する。脆弱性や規制の圧迫等の課題にもかかわらず、中国の産業は世界クラスの基準に達しており、科学も着実に進歩しており、その過程で、中国企業は、米国の優先戦略分野を含め独自の重要なイノベーションを起こしている。これがワン氏が「隠れた技術革命」と呼ぶところのものである。

ワン氏は、このような中国の「隠れた技術革命」の典型的な例として、中国が再生可能エネルギー設備の分野で圧倒的な競争力を獲得するに至るまで辿ってきた製造イノベーションの道筋を後づける。また、同様のことが、電気自動車用(EV)の大容量バッテリーの生産においても起きているという。米国も、グリーン移行に必要なこうした重要技術を中国に依存するリスクを認識している。中国では、技術革新は大学や研究所からではなく、大量生産自体によって生み出される学習プロセスを通じてもたらされるもので、これは先進技術における国の優位性の中心に「もの作り」の能力があるということを示している。材料やレシピ、整った台所だけではおいしいオムレツを作ることはできず、そこには実際の(調理)経験によってのみ学ぶことができるスキルという追加要素が不可欠である。このようなスキルが「プロセス知識」と呼ばれるもので、中国が主要な技術イノベーターとなるのを助けたものの一部であると述べる。

「プロセス知識」は、経験豊富な熟練労働力と産業クラスターの形成に支えられるもので、中国はその両方で顕著な強みを持っている。中国がこの2つの要素を強化する上で米国をはじめとする外国企業の対中投資が大きく貢献している。多くの米国企業が中国で大規模な雇用主になっており、中国はこうした企業から直接学ぶことで技術力を強化することができたし、iPhoneの大量生産は、深圳に幅広い地元裾野産業クラスターを形成することにつながった。

米国の弱点と中国の強み

テクノロジー産業の利益のほとんどは、バリューチェーンの最初の部分(設計・研究・開発)と最後の部分(マーケティング)で得られ、逆に利益が最も少ないのはその中間に位置する製造段階だとされる。このいわゆる「スマイル・カーブ」と言われる現象は、Apple によって典型的に示され、利益率の低い製造工程は中国やアジアの他の場所のパートナーに委ねられることになった。米国は過去20年の大半を研究開発とマーケティングに集中し、製造ニーズの多くを中国に依存してきた。皮肉なことに、それが中国の実力を向上させることにつながった。

ワン氏は、労働力不足や高賃金等のため、米国はものを作るのが難しい場所であるが、これを改善する必要があるとし、米国の製造業の衰退を象徴するソーラー産業の失敗という過ちを繰り返さないためにも、「プロセス知識」の不足をよく認識した上で、高度な製造を優先していく必要があると主張する。製造業を海外で行うことができる単なる「コモディティ化された活動」として軽視するのではなく、新技術の大量生産をイノベーション自体と同等に重視し、労働者、エンジニア、科学者の訓練と統合によって、深い「プロセス知識」を獲得する必要がある。もの作りが比較的難しい場所であるということを勘案すれば、米国がすべてを大量生産しようとする必要はなく、またそうすべきでもなく、比較優位を持つ戦略的産業分野をターゲットにする必要があるという。

製造プロセスの重要性の再評価

前稿でその論考を紹介したシュミット氏も、ワン氏と同様、米国にとって商業化と製造プロセスが重要であることを指摘していることは興味深い。「米国は、基礎研究だけでなく商業化にも資金を提供し、イノベーション・サイクルのすべての部分に投資すべきである。意味あるイノベーションには、発明と実装の両方、すなわち新しい発明を大規模に実行し、商品化する能力が必要である。」「AIから量子コンピューティング、合成生物学まで、あらゆる新技術は、商業化という明確な目標をもって追求されなければならない」

中国の製造イノベーションの現状評価については、すでに内外に様々な分析と評価があり、これを正面から論じるには別稿を立てる必要があるだろう 1。2015年に発表された「中国製造2025」では、製造業におけるイノベーション能力の向上が大きな目標として掲げられ、そのために情報化と工業化の融合を加速させるという方向性が示された 2。そこには中国の製造業が先進国と途上国に挟まれて双方から挑戦を受けているという現状認識と、その状況を打開するためにイノベーションを進める必要性が強調された。中国は、先進国との比較における自らの弱みについて自覚的であり、それを独自の取り組みを通じて克服せんとの意識が鮮明である 3。後発者として、デジタルイノベーションをテコとしてスマート製造に至るプロセスを短縮することで先進国に追いつこうとした中国のこの約10年の足跡は、ワン氏が「隠れた革命」と呼んだところのものと重なって見える。

地政学の文脈における技術・産業競争(まとめ)

今回紹介したフォーリン・アフェアーズ誌の2つの論考は、いずれも現在、米中間で見られる熾烈なSTI・産業競争を、より幅広い地政学的文脈の中に位置づけて論じたものである。その論調は、全体的に「競争」ないし「対決」、「対抗」のトーンがきわめて強い。各国が自国の経済安全保障を巡って神経質になっている現在の状況下では、論者の基本的な「構え」がそのようなものとならざるを得ないことはもちろん理解できる。

他方で、先端技術の行き過ぎた「切り離し」と「分断」がグローバルな技術発展やイノベーションに与える負の影響のリスクを警戒する声も少なからず聞かれる。歴史的に見てもSTIのグローバルな発展に本来内在していると思われる国際的な協力・分業の積極的な側面についても然るべく論じていく必要があるのではないだろうか。

ワン氏は、米国が中国との競争を受けて立つには、中国の強みである製造力重視のアプローチからも然るべく学ぶべきであるとする。米国はこのような指摘をどのように受け止めるであろうか。

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