G7仙台科学技術大臣会合-国際科学技術協力の推進に向けた議長国日本の取り組み(中):喫緊の課題としての「研究セキュリティと研究インテグリティ対策」

2023年6月7日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職。

G7仙台科学技術大臣会合の2つ目の主要議題である「研究セキュリティと研究インテグリティ対策による信頼ある科学研究の促進」に関しては、2021年の英コーンウォール首脳会議で採択・発表された「G7研究協約(Research Compact)」の中で示された問題意識がG7の枠組みでの議論の端緒となっている。「開かれた相互主義的な研究協力に対するリスクからG7諸国間の研究・イノベーションのエコシステムを保護し、オープン・サイエンス並びに研究の自由及び独立性の原則を維持する助けとなる共通の一連の原則」(G7研究協約より抜粋)を策定するため「グローバルな研究エコシステムにおけるセキュリティとインテグリティ(SIGRE)ワーキング・グループ(WG)が立ち上げられ、爾来、英と加の共同議長の下でG7間の議論が行われてきている。

G7仙台科学技術大臣会合
(提供:内閣府)

このテーマに関するG7の問題意識は、仙台会合の共同声明の前文の中でも改めて示されている1。ここでは「一部の行為者が、開かれた研究環境を不当に利用し、又は歪め、研究成果を経済的、戦略的、地政学的又は軍事的な目的のために不正に流用する可能性がある」と述べられている。あくまでも筆者の私見であるが、不正行為の主体については直接的に表現されていないものの、「戦略的、地政学的又は軍事的な目的のために」という記述は、単なる私人を超えた主体による行為を想定していることを伺わせる。また、共同声明の後段部分では、「外国(から)の干渉」という表現が2カ所に亘って見られ、想定されているリスク主体はより明確になっていると言える。

具体的な事案に関する情報に機微な面があるためと思われるが、そもそも具体的にどこでどのようなことが実際に起きており、何が問題なのかといった点が、この手の公式文書では直接的に表現されないことも、一般にとってこの問題がややわかりにくい理由の1つと思われる。報道等で取り上げられている事例などから推察するに(もちろん実際には公知になっていない事案はさらに多数あると思われるが)、例えば外国人人材の雇用を通じた不適切なノウハウ等の入手、科学技術情報のスパイや窃取、不透明な外国資金の流れ等が、研究インテグリティに対するセキュリティ・リスクとして捉えられていると思われる。

G7仙台大臣会合の議長を務める高市大臣
(提供:内閣府)

ワーキング・グループの作業

G7のSIGRE・WGでの議論と作業の成果物として想定されているのは、①研究セキュリティと研究インテグリティに関するG7「共通の価値と原則」、②安全で開かれた研究のための「G7ベストプラクティス」、③オンラインの「バーチャルアカデミー」がある。

「共通の価値と原則」文書は、昨年のフランクフルト会合ですでに公表済みである2。この文書は、開放的かつ協力的な研究を原則としつつも、安全保障上の理由を含め、研究及び関連データへのアクセスに関する相応の制限や条件を設定することが適切な状況が存在することに言及し、その上で、「一部の悪意ある行為者が、これらの正当な制限に従わず、許可なく、及び研究への資金提供又は研究の実施に関与した者の尽力を認識することなく、又はこれに報いることなく、および知識や技術にアクセスして不正に使用しようと試みる可能性がある。そのような行為は、経済的、戦略的、地政学的又は軍事的な様々な目的によって引き起こされる可能性があるが、いずれの場合においても、国際的な学術協力を支える規範と価値観に違反するものであり、研究のインテグリティが損なわれ、社会の安全保障に悪影響が及ぶ。G7各国は、これらの行為に反対する。」と述べている。

また、同文書は、「研究インテグリティ」と「研究セキュリティ」の定義、「学問の自由」、「差別、ハラスメント、強制からの自由」、「機関の自律性」、「透明性、開示及び誠実さ」等の価値、「国益とグローバルな利益の均衡」、「開放性の維持と研究セキュリティ」、「協力と対話」、「リスクへの相応性」、「説明責任(accountability)と責任(responsibility)」等の原則を規定している。

「研究インテグリティ」と「研究セキュリティ」は、相互に関連するコンセプトであるが、その区別や関係については、一般読者にはややわかりにくいところもある。あえて整理すれば、「インテグリティ」は、研究コミュニティが保持すべき研究の健全性・公正性を指し示しており、そこに利益・責務相反に陥るリスクや技術・情報流出のリスクが生じているとの認識の下、そうしたリスクに対処しようとする考え方と構えが「セキュリティ」という表現に込められていると考えることができよう。

「G7ベストプラクティス」と「バーチャルアカデミー」については、現在作業が継続中であり、間もなく成果物が公表されるとのことである。「ベストプラクティス」は、研究セキュリティ・インテグリティを確保するためにG7各国が採用している自主的な行動規範やベストプラクティスをまとめた参照文書である。当初2023年春の公表が想定されていたが、実際の公表はもう少し遅れるようである。

「バーチャルアカデミー」は、研究コミュニティの間でのベストプラクティスに関する情報交換の枠組みをEUのプラットフォームをベースに開設する試みである。ここでは、ツールの実効性を担保するために、政府だけでなく、実際の研究コミュニティを巻き込んだ情報・意見交換が肝となってくる。日本についてもすでに国立大学協会や日本学術会議の推薦を受けた専門家等がこのプラットフォーム開設に向けた議論に参加しているとのことである。「バーチャルアカデミー」はまもなく正式に立ち上がることが予定されている。まずはG7各国関係者にアクセスを限定した情報交換の場として開設された後、その後、同志国等にも開放する可能性も検討されるようであるが、具体的には未定である。

国際共同研究の基礎としての「価値観と原則の共有」

科学技術イノベーション(STI)の経済社会へのインパクトの大きさと重要性への認識の高まりとともに、先端科学分野での国際共同研究を強化するという動きが見られる。G7広島首脳コミュニケにおける科学技術関連部分(パラ40)でも、「研究とイノベーションにおいて共通の価値観と原則を共有するパートナーとの協力にコミットする」、「国際的な共同研究の分野を含め、多国間対話を通じて、研究及びイノベーションにおける価値観と原則の共通理解の推進並びに促進にコミットする」等が謳われた。価値観と原則を共有するG7間での共同研究の重要性が改めて強調された形であるが、そのような動きを円滑に進めていくためにも、研究セキュリティ・インテグリティの問題への対応振りにおいて各国間で歩調がとれていることが決定的に重要となる。首脳コミュニケの同パラでは、「我々は、予定されているG7バーチャルアカデミーの立ち上げ並びに研究セキュリティ及び研究インテグリティのベストプラクティスの文書の公表を歓迎する」旨明記された。科技大臣プロセスとSIGRE・WGの作業に対してG7首脳から政治的かつ直接的な期待と祝福が与えられた形だ。

地元歓迎会(アキウナイト)
(提供:内閣府)

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