積極的な人材戦略により材料研究分野で世界トップレベルの成果を:物質・材料研究機構(NIMS)・宝野和博理事長に聞く

2023年8月10日 聞き手 科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当) 樋口 義広

国際頭脳循環シリーズの今回のインタビューでは物質・材料研究機構(NIMS)の宝野和博理事長に話を伺った。

物質・材料研究機構(NIMS) 宝野和博理事長

NIMSの概要と「中長期計画」

── 最初に、今年度から新たにスタートした「第5期中長期計画」を含め、NIMSの概要について教えてください

NIMSは材料研究に特化した国立研究機関だ。これまで世界を変えるような材料開発の研究を行い、2016年に特定研究開発法人に指定された。特定研究開発法人は世界トップレベルの成果を生み出すことが使命であり、我々は国内ナンバーワンというだけでなく、世界トップの創造的な成果を生み出していかなければならない。7年間の中長期計画で目指すのは、まさにこのミッションを達成することである。

NIMSは材料科学分野では、クラリベイト・アナリティクスの被引用件数に基づく論文ランキングで2012年以降、わが国でずっと1位である。トップ10%論文の比率、研究者1人当たりのトップ10%論文数、直近5年間のトップ10%論文数等でも国内の他の研究機関よりもはるかに高い位置にある。

ただし、国の研究機関に期待されているのは論文の被引用数だけではなく、技術革新やイノベーションにつながるような成果を出していくことだ。これらをバランスよく伸ばしていくことが重要と考えている。

「中期計画」にあるように、NIMSの研究は、社会課題解決のための研究開発と技術革新を生み出す基盤研究の2つに大別される。前者は、エネルギー・環境材料、磁性・スピントロニクス材料、電子・光機能材料、それにNIMSが伝統を持つ構造材料の4分野である。

後者は、研究者が自由な発想で、新たな技術革新をゼロから生み出すことを目指す基盤研究で、優秀な研究者を呼び込むためにはこのような問題設定が重要となる。こちらは3分野で、一つ目は量子・ナノ材料で、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)を継承するMANA(ナノアーキテクトニクス材料研究センター)でこれを進めていく。そこでは、研究者は基礎研究を行い、新規性の高いインパクトのある成果を出すことに力を入れる。次代の材料開発には、量子現象を活用した材料開発といった基礎研究が必要不可欠である。

二つ目は、今年から新たに始めた高分子・バイオ材料である。2001年に金属材料技術研究所と無機材質研究所が合併してNIMSができた当時は、金属とセラミックス材料が中心課題だった。NIMSになってマテリアルサイエンス全体をカバーしようということでポリマーとバイオ材料を取り入れたが、これらの分野の研究者の所属がバラバラで、NIMSでポリマーやバイオ材料の研究が行われていることが外部からは全く見えなかった。そこで、関連する研究者を結集して、高分子・バイオ材料分野を新たに築いた。

三つ目がデータサイエンスを使った材料開発だ。橋本前理事長が強力に推進した「データ科学で材料をクリエイトする」という方針を引き継ぎ、データ駆動型の材料開発の手法と先端解析を行っていく。マテリアル開発全てに共通した基盤研究を行おうという観点から、マテリアル基盤研究センターとした。

データ駆動型の研究を進めるためには、材料に関するデータを集積するだけでなく、そのデータを材料開発に使えるようにするツールが必要で、AI手法も駆使しつつ、それらをまとめて材料データプラットフォームを構築していく。社会課題解決のための研究開発と、ボトムアップで新しい材料研究を提案する基盤研究を両輪として進め、それをつなぐ形で材料データプラットフォームを展開していく。

基本的には7年間の中長期計画に基づいて取り組んでいくが、世の中のニーズはNIMSの中長期計画とは関係なくどんどん変わっていくので、必要に応じて研究テーマやメンバーも柔軟かつ機動的に変えていくとともに、各センターから人が参画できるような重点領域研究を定めていく。

NIMS千現本部(NIMSホームページより)

優れた研究成果を出すための人材戦略

── 様々な課題の中で、特に力を入れておられるのはどのような点でしょうか

NIMSは大学ではないので、論文統計上の成果だけでなく、イノベーション創出や産業界に貢献する基盤研究で成果を出すことを明確なミッションとしている。そのために最も力を入れているのは、優秀なマテリアル人材をどうやって確保するかということ、すなわち人材戦略である。組織にはリスクマネジメントが必要だが、NIMSにとっての最大のリスクは、組織が魅力を失って、優秀な人材が来なくなり、優れた研究が行えなくなることだ。優秀な人材確保こそがわれわれの最優先リスク対策だと定義している。

優秀な人材は常に大学との取り合いになる。NIMSは敷地も広く、設備的にも恵まれ、研究に専念できるという環境があるので今まで何とかやってきた。しかしやはり何かが欠けている。大学では人がざわざわしているが、NIMSは人口密度が低い。やはり人がもっとざわざわといるような環境が必要で、若い研究者や学生にもっとたくさん集まってもらい、研究に向けた活気を作り出したい。

そのために2種類の連携大学院制度を活用している。一つは、日本の有力な大学と協定を結び、連携教員ポストをもらうもの。例えば筑波大学の場合、独立専攻としてNIMS連係物質・材料工学サブプログラムがあり、そこで30名の連係教授、准教授のポストを確保している。このプログラムを通して、大学院生をNIMSジュニア研究員として雇用してNIMSの研究プロジェクトに参加させることができる。現在、筑波大学、北海道大学、横浜国立大学、早稲田大学、大阪大学、九州大学の6校と連携している。連携教員ポストは68あり、160名の博士・修士課程の学生がNIMS連携大学院生としてNIMSで研究している。

学生たちは実際にNIMSに常駐して研究を行っている。たとえば、筑波大学の場合は、NIMSがキャンパスの一部として定義されており、それに基づいてNIMSで研究活動が行われている。連携大学院制度でNIMSに来る学生は外国人が多い(全体の3分の2が外国人学生)ので、必然的に英語での教育を行うことになる。

もう一つは、国際連携大学院という制度で、こちらは現在、世界の中で学生水準の最も高い大学33校と協定を結んでおり、そこにはインドのIIT 4校なども含まれている。国内の連携大学院の場合は、大学から大学院生を連れてきて、事実上NIMSのジュニア研究者にしてしまうわけだが、外国の大学の場合は同じようにはできないので、学生の指導教員と共同研究を行うという前提で、博士課程の学生を在学期間中の最長1年間受け入れて、NIMSで研究をしてもらい、それを共同研究の成果として出していく。博士課程の審査にNIMSは副査として参加し、先方の指導教員と共同で博士課程の学生を指導していく。年間約30名を受け入れている。

外国人学生からは、ヨーロッパなどの大学では装置を扱う担当者がいて、学生が直接装置を操作することはできないが、NIMSにはいろいろな先端装置があって、しかもそれを自分自身で使えて、非常に勉強になる、NIMSに本当に来てよかった、という話を聞く。このように大学ではできないことを提供するとともに、双方が共に学生を指導しながら共同研究を推進していくというのがこの制度だ。アジア、ヨーロッパ、アメリカなど世界中の有力大学と協定を結んでいる。「日本に行きたい」という学生はたくさんいるので、そういう人たちを呼び寄せている。

── NIMSには国際化が進んだICYS(若手国際研究センター)もあります

ICYSはユニークな若手研究者向けの制度で、ポスドクではなく、いわゆるフェローシップだ。日本人も応募できるが、大多数は外国人だ。ICYSの採用率は3%で狭き門で、その中の約30%がNIMSの定年制研究職として採用されている。NIMSのトップ1%論文の著者の16%がICYS出身者なので、彼らがNIMSの研究に大きく貢献していることが定量的にも出ている。また、論文指標として使われるFWCIでは、世界平均が1.0とされるところ、NIMSの平均は1.5、ICYSは1.84という高い数値になっている。このように国際化を推進すると、やはり論文実績も統計的によくなることが経験的に分かる。スタートアップをやっている外国人研究者もいる。

外国人が一定数いると、一般的なセミナーなども英語化され、それによって、NIMSの日本人研究者が外国に行っても外国人研究者たちと対等に話せるようになれる環境を作れるという大きなメリットがある。「国際化が重要だ」、「英語化しよう」と言っても、外国人が全くいないところでは難しい。NIMSは定年制研究職の14%が外国出身者で、それにポスドクと大学院生を含めると、研究者の外国人比率は33%となる。

アメリカでは大学院の博士課程は外国出身者が圧倒的に多く、欧州もインドなどの国からたくさんの大学院生やポスドクが来ている。国籍は中国だがオーストラリアで研究しているというような人たちもたくさんいるので、真の国際化という時に、国単位で色付けをしてもなかなか難しいところがあると思う。

── おっしゃるとおり、研究機関にとって一番大事なのは、優れた研究成果を出すことで、国際化自体が目的ということではありません。成果を出すための重要なアプローチとして、研究環境の国際化や国際的な人材交流という課題があります。国際化は新しいテーマではありませんが、昨今は、日本の研究力の低下という文脈でこの課題の重要性が再認識されています。国際競争力のある研究成果と研究人材の国際的モビリティや頭脳循環には連関があるとされているからです。国際人材を含めて、優れた研究人材を獲得することが最大のリスク対策だというお話がありましたが、理事長ご自身もかつて直接関わられたMANAもそういう発想でできたものですね

NIMS内にあるWPI-MANA棟(NIMSホームページより)

国際化と研究成果が関連しているというのはその通りである。まさにMANAは最初からそういう発想だった。当初の助成期間が終わって7年経ったが、運営費交付金で事業を継続している。やはり論文統計を見てもMANAの成果が非常に高いことは裏付けられている。ただ一方で、それが必ずしもイノベーションにそのままつながるということではないとも感じている。そこら辺が難しいところである。

── 外国人材を積極的に受け入れることに加え、逆に日本人の若手研究者を国際的な場面にエクスポーズしたり、海外経験を積んでくることができたりするような機会を提供するプログラムはあるでしょうか

NIMSには在外派遣制度があり、通常は1年間だが、2年間滞在することも可能だ。若い時期にぜひ外国を経験してほしいと奨励しているが、コロナで3年間止まってしまったことなどもあり、明らかに応募する人が減ってきている。研究者がかなり内向きになってきていると感じる。

実験に関しては、NIMSの設備や環境が良すぎるから外に出ることで実験研究が止まってしまうことが心配だという面があるかもしれない。理論研究の場合は、比較的どこにでも自由に行けるだろうし、Webを通じてコラボレーションできる。我々としては特に若いうちに外国に行ってほしいと声掛けしているが、反応はそれほど強くない。外国に出たいと希望するのは、定年制職員に採用された外国人研究者が多い。日本人研究者の方は日本の居心地が良すぎて内向きなのかもしれない。

外国人材を引きつけるための取り組み

── 外国人材をNIMSに引きつけるための具体的な取り組みについてお聞かせください

英語環境の推進とそのための支援については、ICYSやMANAの時から生活支援の面も含めてかなり充実していると思う。全ての公的文書は英語化されているし、セミナーなどの多くも英語で行われている。私自身もグループリーダーやディレクターなどをやってきたが、私のグループは全部英語だった。外国人が一定の比率でいれば英語化せざるを得ない。外国人がいないグルーブもあるが、英語を標準語として研究活動を行っているところもある。それはグループリーダーによるところも大きい。

外国出身のポスドクや学生が入ってくれば、英語化していく流れになるし、組織としてもそれを支援している。国際・広報部門の中にグローバル人材支援室を設けている。MANAはスタッフを含め、全員が英語で対応できる。こうした点ではかなり進んでいると思う。

研究者採用の公募は全て日英で行っているし、国籍は問わない。給与面でも国際的な水準にできるだけ近づけようとしている。ICYSフェローやNIMSジュニア研究員に関しては、15年間給与改定が行われていなかったが、国内の全制度を比較して、国内最高レベルで、国際的にも十分対抗できる額に改定した。博士・修士課程の学生にも給料を出している。これはこの1、2年に日本でも当たり前になってきたが、我々は25年前に始めた。NIMSに来てNIMSの研究に従事してもらうのだから、その対価を払うのは当然だという考え方だ。また、ICYSのフェローには給料の他に年間200万円の研究費をつけている。

真の国際化の推進に向けた課題

── 国際人材の育成や外国人材の活用は、少子高齢化を迎える中で活力を維持していかなければならない日本社会の大きな課題とも言えます。NIMSという枠を超えて、日本全体としてこの問題に取り組む上で必要なことは何でしょうか

今、国際化が改めて重要だということで、さまざまな予算措置が取られ、新しいプログラムがつくられているが、日本では研究者を外国に派遣する場合、こちらから研究費も給料も付けて派遣するというケースが多い。いわば「鴨ねぎ」方式だ。受け入れる側にとっては非常にありがたい話だろうが、これで真の国際化が図られるかどうかということだ。

日本がうかうかしていた間に国際化が遅れている。一つの顕著な例が、代表的な国際会議等で日本人のプレゼンスが下がっていることがある。参加者に日本人が入っていても、会議で非常におとなしくしているため、なかなか存在感が見えない。

本気で日本を国際化しようと思ったら、例えば大学で一定数の学生を海外の一流大学院に正規で留学させればよい。つまりGREやTOEFLを受験して受け入れられる正規学生の数を増やすべきだ。そうすれば、向こうで他の学生と同じように荒波にもまれた人たちがいずれ日本に帰ってくる。自分がアメリカに行った1985年に、中国に門戸が開放されて、最初の頃の優秀な中国人学生が来ていた。中国の科学技術が近年これだけ急速に進展した理由の1つには、こうした海外への積極的な留学政策の効果があると思う。

日本の悪いところは、優秀な学生を自分のところに囲いたがることだ。理工系の卒業生や修士を積極的に海外の大学に出すとか、流動性を増やすために大学院の学生の何%以上は他大学から取るといった、思い切ったことを政策的にやらないと、なかなか大きく変わらないと思う。

さらに言えば、日本の競争力が落ちている大きな原因は、そもそも大学院博士課程の学生数が減っていることにあると思う。国際競争力は論文実績で測られ、そうしたデータに基づいて各国の競争力がプロットされている。大学院生の数が減れば、論文実績が落ちるのは当たり前だ。ここを変える努力をしなければならないと思う。

NIMSブランドの強化

人材戦略と関連して、NIMSのブランド力を強化していきたい。よい人材を引きつけるにはブランド力が重要だ。NIMSは研究環境も設備もよいが、取り合いになるような人材が最終的にどこに行くかというと、やはりブランド力が決め手となる。NIMSブランドを高めるべく、研究成果等が外に見えるように積極的に出すようにしている。ちなみに物質・材料研究機構の略称はNIMSに統一し、商標登録も行っている。これもブランド戦略の一環である。

聞き手、 樋口義広・JST参事役(国際戦略担当)
インタビューは2023年6月23日、茨城県つくば市のNIMSにて実施。
(編集:Science Portal China編集長 堀内信彦)

NIMS宝野理事長(右)と聞き手の樋口義広・JST参事役(国際戦略担当)

宝野 和博(ほうの かずひろ):
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)理事長/フェロー
(兼)筑波大学大学院数理物質科学研究科教授

1982年3月東北大学工学部卒業、1984年3月東北大学大学院工学研究科修士課程修了、1988年5月ペンシルベニア州立大学大学院博士課程修了 Ph.D
1995年にNIMSの前身である金属材料技術研究所の物性解析研究部主任研究官となる。その後、NIMSの磁性材料センター長、磁性材料ユニット長、磁性・スピントロニクス材料研究拠点長、理事等を経て、2022年4月より現職。


<NIMS概要>

国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)
物質・材料科学技術に関する基礎研究および基盤的研究開発等の業務を総合的に行うことにより、物質・材料科学技術の水準の向上を図ることを目的としている。

NIMSホームページ: https://www.nims.go.jp/

【国際頭脳循環の重要性と日本の取り組み】

国際頭脳循環の強化は、活力ある研究開発のための必須条件である。日本としても、グローバルな「知」の交流促進を図り、研究・イノベーション力を強化する必要があるが、そのためには、研究環境の国際化を進めるとともに、国際人材交流を推進し、国際的な頭脳循環のネットワークに日本がしっかり組み込まれていくことが重要である。

本特集では、関係者へのインタビューを通じて、卓越した研究成果を創出するための国際頭脳循環の促進に向けた日本の研究現場における取り組みの現状と課題を紹介するとともに、グローバル研究者を引きつけるための鍵となる日本の研究環境の魅力等を発信していく。

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