2023年10月20日 聞き手 科学技術振興機構(JST) 元参事役(国際戦略担当) 樋口 義広
国際頭脳循環シリーズの今回のインタビューでは、防災科学技術研究所(NIED)主任専門研究員のシャクティ・P.C.博士に話を伺った。
環太平洋火山帯に位置する日本は、自然災害と無縁ではない。地震、火山噴火、津波が頻繁に発生する。また、洪水や地滑りを引き起こし得る台風や大雨は毎年発生し、脅威となっている。これらの自然災害は、インフラに重大な損害を与え、人命を奪い、経済的損失を引き起こす。このような問題があるにもかかわらず、日本はその影響を最小限に抑えることに対し大きな進歩を遂げ、高度な早期警報システム、強靱なインフラ、国民向けの教育訓練プログラムの開発を通じて世界で最も災害に強い国の1つとなった。しかし、まだ改善の余地はあり、日本は国民を自然災害から守るために新しい技術や戦略の開発に取り組み続けている。
NIEDは、これらの現象を研究し、自然災害に対する回復力を持つ社会の実現に取り組んでいる日本の研究機関の一つである。ネパール国籍を持つシャクティ・P.C.博士はNIEDの水・土砂防災研究部門の主任専門研究員であり、レーダーを使う降雨観測研究に深く携わっている。降雨と災害に関する研究に興味を持った動機、日本と海外で研究を行った経験、国際頭脳循環と世界的な研究流動性の重要性について博士に話を聞いた。
NIED 水・土砂防災研究部門 主任専門研究員 シャクティ・P. C.博士
シャクティ博士はネパールのサンディハルカ村で生まれた。そこは山、丘、川に囲まれ、仏陀の生誕地として知られる美しいルンビニ県に位置している。シャクティ博士は自身の幼少期には、故郷の村の自然と強い絆があったと懐かしく語った。毎日の通学の途中では小さな川を渡らなければならなかったが、モンスーンの季節には川が増水して洪水になり、シャクティ博士と学校の友達は水位が一定の基準を超えると川に入ることができなくなった。それにもかかわらず、洪水にすっかり慣れてしまった村人たちは、他に選択肢がなかったこともあり、あえて汚れた水の中を泳ぐこともあった。
シャクティ博士は、水文学と気象学に最初に興味を持ったのはこの経験があったからだと述べる。「当時、橋はありませんでした。私たちは学校の先生と一緒に川を渡ることしかできなかったのです。私の祖父は、洪水とそれに伴う土砂崩れを何とかしなければならないとよく言っていました。洪水も土砂崩れも当時の大きな問題でした。大人になってから祖父が言ったことをよく思い出し、地球科学の分野に入りました」
故郷で学校教育を終えた後、シャクティ博士は首都カトマンズに移り、ネパール最古にして最大の大学であるトリブバン大学に入学した。幼少期の経験から、シャクティ博士は水文学と気象学の背後にあるメカニズムを深く学びたいと考えていた。理学士号を取得し、その後修士号を取得し、2002 年に学業を修了した。勤勉な学生であったので学部で最高の成績を収め、それにより、修士課程修了時に当時のネパール国王からマヒンドラ・ビディヤ・ブーサン(カー)金メダルを授与された(その後、王政は2008年に廃止された)。この後、シャクティ博士は母校に残って学部および大学院で5年間教鞭を執った。
教職に就いている間、シャクティ博士はさまざまな研究や野外実験活動に携わるようになった。この経験から、シャクティ博士はこの分野をさらに研究したいという思いを強め、外国での他の機会を探し始めた。外国の教育費は高額だったので、奨学金を探さなければならなかったが、幸運にもベルギー政府の奨学金を受け、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学で水資源工学の国際修士コースを受講することができた。「本当に厳しいコースでした。伝統的な修士課程で、授業の多くは英語を使い、教授がやって来て私たちに新しいことを教え、その後質問するという講義形式でした。この形式ならば、学生は可か不可かすぐに分かります。とても良い経験でした」。シャクティ博士はヨーロッパで過ごした時間について 「このコースには、アフリカ、東アジア、南アジアのさまざまな国からの学生が参加していました。難しかったけれども、非常に貴重な経験であり、水文学モデリングを深く知るという素晴らしい機会となりました。特に、歴史的に知られているいくつかの現象のレーダー雨量データを分析したのですが、これはかなり新しい分野なので、私はそこで初めて経験しました」と述べた。
ヨーロッパでのこの経験の後、彼は一身上の理由で帰国したが、日本のレーダー降雨に関する多くの研究論文に出会ったのはこの頃だった。「それは私がこの分野にさらに興味を持つようになった大きな原因になりました」。シャクティ博士は子供の頃から日本について知ってはいたが、この国に来て初めて、日本とネパールは地質学的に多くの共通点を持っていることに気づいた。山岳地帯が多く(ネパールは75%、日本は73%)、似たような気象や災害現象がみられるのである。シャクティ博士はここで、その後の研究人生に大きな影響を与えることになる眞木雅之教授と初めて出会った。
「眞木博士は気象レーダー観測とレーダー気象学の重要人物でした。彼の論文とイノベーションが私の興味を掻き立て、彼とのやり取りを始めました」。シャクティ博士は積極的にアプローチして、当時、NIEDの水・土砂防災研究部門の部門長であり、筑波大学の教授でもあった眞木博士に連絡を取った。この連絡とその後の話し合いから、彼は日本で博士号を取得することを決意し、2010年に来日し筑波大学大学院博士課程に入学した。「近年、都市部では鉄砲水の原因となる局所的な豪雨を監視するために、実用Xバンド偏波気象レーダーの使用が急速に拡大しています。しかし、山岳地帯では標高が高く、地形が複雑なため、降水量の推定値を出すのが依然として課題となっています。日本は全体的に見ると山岳国であり、国土の約80%が山で占められています。このような山岳地帯では、レーダービームが遮断される可能性が高くなります。これは日本の地理的性質上大きな問題であり、眞木博士と話し合った後で、私はこれを博士課程のテーマとしました」
シャクティ博士によると、ヨーロッパの場合、降雨量測定用レーダーのうち、最も広く使用されているものはCバンド(波長4~8GHz) である。これは、Cバンドレーダーは波長が長く、多量の雨粒やその他の物体を透過できるため、土地が地理的に平坦で山が少なく離れている土地の気象条件ではうまく機能するためである。しかし、シャクティ博士は、降雨量が非常に多く密集して降ることが多い日本の場合、Cバンドではうまくいかないことを発見した。なぜなら、部分的なビーム遮断が存在するためである。これは山間部でよくある問題であり、反射率バイアスによる誤差を生じさせる。
シャクティ博士はこれを研究テーマとし、「Estimating rainfall amounts in mountainous regions using X-band dual polarization radar (Xバンド二重偏波レーダーを用いた山岳地帯の降雨量推定)」という論文を発表した。この論文は日本の環境条件に適したXバンドレーダー(8~12GHz)の利用について詳しく述べている。Xバンドレーダーの周波数はCバンドレーダーよりも高い。そのため、小さな物質を検出し、より詳細な画像を作成することができ、気象状況をより詳細に把握するのに適している。このため、日本の地理環境でもXバンドレーダーは優れた検出力を持つ。
NIEDつくば本所(茨城県つくば市)
筑波大学での研究期間中、シャクティ博士はNIEDの施設を利用することができ、職員と共同研究を行い、そのデータを研究に活用した。「NIEDのメンバー、特に私の研究分野の新しい手法の開発に重点を置いている水・土砂防災研究部門のメンバーと緊密に協力して研究を進めることができました。さらに博士課程の終わり頃、 TOMACS (気候変動に伴う極端気象に強い都市創り)という大きな国際プロジェクトの中で、NIEDで2年間の契約上のポジションを得ました。自分は幸運にもプロジェクトメンバーに選ばれたのです」。彼の主な役割は、降水量の「ナウキャスティング」を行うことだった。通常、予測は長期間にわたって行われるが、ナウキャスティングでは、非常に短い期間(たとえば1時間以内) を予測する。シャクティ博士はこのプロジェクトのために、さまざまな国の著名な国際的研究者と協力し、オーストラリアに約1カ月間出張してオーストラリア気象局と協働した。さらに、アンサンブル降雨ナウキャスティングを日本で初めて導入し、その功績は高く評価された。
それ以来、シャクティ博士はNIEDで、特に強靱な防災・減災機能の強化をテーマとした日本政府主導のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)などのさまざまなプロジェクトを手掛け続けた。
ネパールでの幼少期の経験、ヨーロッパへの留学、そして現在はNIEDの常勤研究員としての経験から、シャクティ博士は国際頭脳循環を大きく活用し、その国際経験は彼の研究活動に大いに役立っている。2013年にNIEDに入所して以来、シャクティ博士はさまざまなプロジェクトに携わってきたが、今年から主任専門研究員となり、水文学と気象学の研究を熱心に続けている。
シャクティ博士にNIEDでの仕事について尋ねたところ、国内外の学術誌に発表された29件の論文に貢献し、そのうち22件では筆頭著者を務めたと誇らしげに述べた。これらの研究の主なテーマは、気象関連の災害問題に焦点を当てている。
シャクティ博士が初めて取り扱ったテーマはレーダーを使用する山岳地帯の定量的降水量予測 (QPE) に関するもので、大部分はビームの部分的な遮断によって生じる反射率の補正を扱っていた。「この研究の重要な成果は、部分的なビーム遮断による偏った反射率を修正することを目的とした『修正数値標高モデル法』の開発です。開発にあたり、日本の民間企業が提供してくれた観測所を使用してテストを行いました」 とシャクティ博士は回想する。「その後、関東地方の豪雨の気象レーダーに携わるようになりました。私は、今後もこの分野の創造的な発展に貢献するつもりです」
防災科学技術を向上させることで災害に強い社会を実現するというNIEDの目標は、実に意義深くシャクティ博士の研究と繋がっている。日本は近年、多数の豪雨に見舞われており、それに伴う洪水の影響がシャクティ博士の研究テーマとなっている。例えば鬼怒川、小田川、久慈川など日本各地で起こった氾濫や、最近では2020年に九州で発生した水害などが扱われている。
シャクティ博士は、研究成果のうち実りを見せたものをいくつか快く教えてくれた。新しく学際的アプローチを採用することにより、開発は幅広いものとなった。特に注目すべきは、彼の研究の成果として開発された洪水氾濫ツールである。彼は河川の形状を正確に計測する新しいアプローチを提案し、洪水氾濫範囲マッピングツールを開発した。
シャクティ博士が主任研究員を務めた日本学術振興会(JSPS)の助成事業においても、Hi-netデータ(全国高感度地震計ネットワーク)を活用して洪水のタイミングとピーク時の流量を特定する新しい技術を提案した。 山間部を含む日本全国の800カ所以上で緻密な地震観測が行われている。シャクティ博士はこの地震観測でノイズを抽出し、同時に水文シミュレーションを実施した。次に、彼は地震ノイズと水文の両方のデータを比較し、良好な相関関係があれば、地震ノイズを水位または放水量に直接変換できることを発見した。この情報は、洪水時に利用できる。普段は直接アクセスできない山間部の地震データを遠隔解析することで、下流域の洪水を予測することができる。このような情報は人命や資産を守るために非常に貴重なものとなる。これは、学際的研究、特にNIEDの地震部門との協力を通じて生み出されたシャクティ博士独自のアイデアである。
NIEDは日本全国に観測点を有しており、これらは様々な調査プロジェクトで使用される。NIEDビルのロビーには日本地図があり、観測点が小さなLEDライトで示されている(この画像は関東地方および中部地方の観測所を示している)。これが、シャクティ博士がこの研究で利用している「Hi-net」ネットワークである
シャクティ博士の研究について詳しく知るために、我々は博士が過去に取り組んだ2つの論文について語ってもらった。シャクティ博士は、まず、「Accuracy of Quantitative Precipitation Estimation Using Operational Weather Radars: A Case Study of Heavy Rainfall on 9-10 September 2015 in the East Kanto Region, Japan(実用気象レーダーを使用した定量的降水量予測の精度: 日本の東関東地方における2015年9月9から10日の豪雨のケーススタディ)」について教えてくれた。この研究は、部分的に遮断されたレーダービームを使用した予測の精度について分析したものである。これにより、鉄砲水による被害を最小限に抑え、管理上非常に有益な情報を手に入れることができるようになった。これは非常に意義ある業績であったため、シャクティ博士はこの成果により、日本水文・水資源学会(JSHWR)の若手優秀論文賞を受賞した。博士は 「このような賞をいただくことができ、大変光栄でした。今後も研究を続けていきたいと思います」と述べた。
その次に語ってくれた論文は、「Quick Exposure Assessment of Flood Inundation: A Case Study of Hitoyoshi City in Kumamoto Prefecture, Japan(洪水氾濫の迅速な暴露評価: 日本の熊本県人吉市のケーススタディ)」であった。この論文は、前述の九州での洪水事象に対応して作成されたもので、緊急対応を支援し、豪雨洪水事象の社会経済的影響を評価する上で重要であった。シャクティ博士によると、この研究で開発された洪水氾濫ツールのアイデアはソーシャルメディアからヒントを得たという。「洪水が発生した場合、一般の人々が写真を撮ってソーシャルメディアで見られるようにオンラインに投稿すれば、その情報を利用できます。追跡して場所を見つけることができるのです。これを利用して浸水マップを作成し、一般の人々と共有することができます」。シャクティ博士はNIEDでの研究を継続しており、今後のさらなる成果が期待される。
NIEDには多くの特別研究施設がある。大規模降雨シミュレータはその一つであり、実際に稼働しているところを見学させてもらった(※大音量に注意)。ここでは、最大300mm/hの降雨量をシミュレーションできる
この特別インタビューシリーズは才能ある研究者の国際循環の重要性に焦点を当てている。シャクティ博士はネパールからヨーロッパに移り、そして現在は日本で常勤職を持ち、水関連災害研究に対してさまざまなアプローチで取り組んでいる。ヨーロッパでのCバンドレーダーの使用経験、ここ日本でのXバンドの研究への応用、近年の洪水氾濫マッピングの開発などから、彼が国際頭脳循環から受けた影響は瞭然である。
特にシャクティ博士の研究分野は、地域差はあるものの、世界中で応用可能である。博士は「最近の豪雨や洪水の傾向を見ると、アジアは大きな影響を受けています。日本、中国、韓国、インドの多くの地域で極端な降雨と洪水は珍しいことではなくなり、何百万もの人々の生活に混乱をもたらしています。この地域におけるあらゆるイノベーションは、アジア太平洋地域だけでなく、世界の他の地域にも適用できるでしょう」と述べた。
シャクティ博士にとって、研究環境の国際化は、何よりも国際社会との協力、アイデアの交換の促進、研究の機会の拡大を意味する。研究者とそのアイデアの両方が循環すれば、彼の研究分野に大きな進歩が生まれるかもしれない。「日本は、自然災害科学における観測データや過去のデータの蓄積という点でトップレベルであり、あらゆる革新的な研究成果を海外でも応用することができます」。 シャクティ博士はこれまで様々な国際会議や海外の大学で講演する機会を得て、彼の知識を伝えてきた。そして、世界的な協働と情報共有の機会をさらに増やそうと積極的に取り組んでいる。
シャクティ博士にネパール、ベルギー、日本の研究環境の間に見られる違いについて尋ねたところ、博士は次のように答えた。「水関連の災害については、日本とネパールは地理的に似ているため、非常に似たような問題に直面しています。しかし、使用される技術は日本のほうが進んでおり、科学も日本のほうが発展しています。ベルギーでは、水関連の災害はあまり多くはないようですが、ベルギーとドイツでは大雨と洪水が増加する傾向にあります」。シャクティ博士は使用されるさまざまな種類のレーダーについても述べた。「日本には35以上のXバンドレーダー基地がありますが、ベルギーではCバンドの方が一般的です。それでも、ベルギーでは水文学分野における重要な研究が続けられています」。シャクティ博士は最後に、「3か国すべてには直接的気象関連災害という共通の問題があり、レジリエントな社会の発展を促進すべく、情報交換を奨励し、各国から出てくる革新的な成果を共有する必要があります」と力強く述べた。特に、日本とネパールは地理類似性があるため、両国間での技術交流や移転をさらに促進することができるという見解を持ち、このテーマに関する研究論文も発表している。
研究拠点として日本を選んだことについて、シャクティ博士は3つの主な理由を挙げた。 「第一に、日本はとても熱心に高度で徹底的な観測活動に取り組んでいます。 第二に、日本では豪雨とそれに伴う洪水がますます増えており、この分野に関する研究が非常に重要になっています。最後に、研究環境自体が非常に協力的であり、過去10年間にわたって、政府がこの国で働く研究者を積極的に支援し、抜擢するのを目にしました」。シャクティ博士は、NIEDが研究機関として博士の研究に与えた影響、および世界最大級の降雨シミュレータなどの高水準施設を他の国も利用できることについても評価した。「この施設では、毎時約300mmの人工雨を降らせ、土砂崩れの再現や豪雨時のレーダーや自動運転の性能検証など、さまざまな実験を行うことができます。研究や情報交換を目的として来日する外国人研究者を増加させるには、このような研究インフラを外部に紹介する必要があります。データ可用性と研究インフラは、日本が多くの才能ある人材を惹きつけ、国際的な研究ハブとなるための重要な要素です。広報やコミュニケーションについては、まだ埋めるべきギャップがあると考えています」
シャクティ博士はまた、眞木博士がいたからこそ日本に留まろうと思ったのであり、自身の業績の大部分はメンターのおかげであり、ここつくばにいる間に眞木博士と奥様から受けたあたたかな支援のおかげであると語った。「眞木博士と奥様は親のように私を気遣い、支援し、励ましてくれました。尊敬するお二人を日本での後見人とすることができて、私は信じられないほど幸運だと思います」
シャクティ博士は才能ある研究者の国際循環が日本の研究環境にもたらす恩恵を示す素晴らしい事例である。彼は将来、この分野にさらに貢献したいと考えている。この目標を達成するために、彼はすでに国際協働に焦点を当てた学際的研究プロジェクトを開始しており、我々はそこからインパクトのある成果が出ると大いに期待している。
シャクティ博士(右)と聞き手の樋口義広氏
災害レジリエンスの分野で働きたいと考えている研究者、あるいはここ日本に住んで働きたいと考えている研究者へのアドバイスを求めたところ、シャクティ博士は次のような言葉を返してくれた。「自然災害は世界中で見られます。ただし、その影響は国によって異なります。日本は、その地質学的特徴、質の高い研究を推進してきた長い歴史、そして豊富で有益なデータが多くあるため、この分野において独特な地位を築いています」。博士は、この革新的な環境は、災害レジリエンス分野でも他の分野でも、極めて革新的でトップレベルの研究を目指す外国人研究者にとって最適であるということを強調した。
シャクティ博士は、気候変動が進行し、嵐や洪水の頻度が増加するにつれて、災害レジリエンスの研究の重要性も高まるだろうと予想している。その一環として、博士は、新しいデータの開発やデジタルツインの活用に携わり、将来に向けて都市やインフラの洪水レジリエンスを高めたいと考えている。 博士は「デジタルツインは、さまざまな地域および洪水時に利用可能な選択肢や対策を示し、視覚化し、比較する上で重要な役割を果たすことができます」と述べた。博士がこの分野に情熱を持ち、革新的な新技術を開発しようとしていることは、インタビューを通じて強く伝わってきた。
NIEDは研究者に対し、研究成果を社会に応用できる製品を開発することを奨励している。 「今年、私は同部門の同僚と一緒に特許を申請し、結果待ちの状態です。しかし、結果はすぐに分かりますから、主に研究論文に重点を置いています」。シャクティ博士はまた、アジア太平洋地域間で国際的なワークショップや会議を開催する計画も立てており、日本を災害レジリエンスにおける中核的研究拠点として確立したいと考えている。
我々は日本が直面する課題についても話し合った。「日本での研究はお勧めできますかって?もちろんです。私自身が良い例でしょう。しかし、研究者の採用に注目するなど、何らかの政策も必要だと思います。政府はこれを可能にするために新しい政策の策定方法や現在の政策の変更などを考える必要があると思います」とシャクティ博士は述べ、さらに続けた。「日本の博士課程には海外から来た学生がたくさんいます。しかし、彼らは学業を終えると、ほとんどが母国に戻ります。博士課程の学生を日本にとどまらせて研究をさせるには、それを促進できる良い政策が必要です。政策声明は具体的な行動に移されるべきです。しかし、それが時には簡単ではないことも理解しています」
「研究者にはそれぞれの動機があります。彼らの優先事項は、お金の場合もあれば周りの環境その他のこともあるでしょう。私の優先事項は、穏やかな職場環境で良い仕事をすることです。質の高い研究を行い、さまざまな社会に応用可能な効果的な手法を開発すれば、どこでも仕事がしやすくなります。日本のNIEDで過ごす間、何の困難にも問題にも遭遇せず、すべてが順調に進んでいると感じているので、私は自分を幸運だと思っています。また、同じ部門のメンバー、管理委員会、NIEDの他のスタッフの方々から受けたサポートに感謝しています」
「私のような日本の良い事例が若手研究者の知るところとなれば、励みになることでしょう。人を集めるためには、こうした宣伝も重要でしょう。日本にはよい就労機会があることをもっと多くの人に知ってもらうべきです」。シャクティ博士は宣伝に関する自身のアイデアを教えてくれた。「時々、自分の旅をドキュメンタリービデオにすることを考えます。たとえば、ネパールからベルギー、日本に至るまでの私の苦労、勉強、家庭生活、研究活動を紹介するインタビュー形式のビデオです。これは興味深いものになると思いますし、世界中の若者を対象としたエビデンスベースの物語として作用し、これから日本で研究に従事する若者の注目とモチベーションを高めることができればと考えています」と述べた。
川を渡って学校に通った幼少期から先進的な研究成果を求めて各国を回るようになるまで、シャクティ・P.C.博士の体験は、革新的な研究成果を促進する国際頭脳循環の重要性を示す素晴らしい例である。博士はネパールでの体験、ベルギーの水文モデリングにおけるレーダー降雨データの分析経験、そして現在のNIEDの研究者としての10年間の経験を活かして、水に関する災害の研究に貴重な洞察を提供してきた。博士はレジリエントな社会を実現できる革新的なテクノロジーの応用について、日本で研究を続けている。次の研究成果を大いに期待して待ちたい。
インタビューは2023年7月19日、NIEDつくば本部にて実施
聞き手:樋口義広・JST参事役(当時)
編集:Matthew Drum、JST、APRC, Science Japan編集長
シャクティ・P. C. (Shakti P. C.):
防災科学技術研究所(NIED)主任専門研究員
トリブバン大学の学部および修士課程で気象学を修めた後、同大学の教職に就いた。その後、ルーヴェン・カトリック大学で水資源工学の修士号取得のため奨学金を受け欧州のベルギーに移った。2010年に来日して筑波大学で博士号を取得し、その後、NIEDに入所。2023年4月から現職に就いている。
<NIED概要>
国立研究開発法人防災科学技術研究所(NIED)
「防災科学技術を向上させることで災害に強い社会を実現する」という基本目標のもと、幅広い研究が行われている。ここでいう防災科学技術とは、災害を予測し、災害を未然に防止し、被害の拡大を食い止め、災害からの復旧・復興を実現する科学技術を指している。
NIEDホームページ: https://www.bosai.go.jp/
【国際頭脳循環の重要性と日本の取り組み】
国際頭脳循環の強化は、活力ある研究開発のための必須条件である。日本としても、グローバルな「知」の交流促進を図り、研究・イノベーション力を強化する必要があるが、そのためには、研究環境の国際化を進めるとともに、国際人材交流を推進し、国際的な頭脳循環のネットワークに日本がしっかり組み込まれていくことが重要である。
本特集では、関係者へのインタビューを通じて、卓越した研究成果を創出するための国際頭脳循環の促進に向けた日本の研究現場における取り組みの現状と課題を紹介するとともに、グローバル研究者を引きつけるための鍵となる日本の研究環境の魅力等を発信していく。