【AsianScientist】働くには暑すぎる、アジアの政策イニシアチブ

ますます多くの熱波が東南アジアを襲うにつれて、この地域の屋外労働者は、増加する死亡、障害、健康問題のリスクに直面している。(2024年6月19日公開)

2023年4月の耐え難いほど暑い午後のことである。23歳のれんが職人であるシャムルル・シェイク (Shamrul Sheikh) 氏は、インド東部の大都市であるコルカタで竹の足場に座り、4階建ての建物の鋼鉄の骨格を叩き、型を作っていた。その月にコルカタで記録された最高気温は摂氏40度から43度であった。

シェイク氏は、太陽から頭部を保護するために、赤と白の市松模様のスカーフをかぶっていた。汗が体に滴り落ち、彼が着ていたベストは汗だらけになった。ある時点で、シェイク氏はめまいを感じ始めたが、作業を続けた。しばらくして、彼の同僚は大きなどさっという音を聞いた。シェイク氏は失神し、足場から落ちたのだ。地面に倒れた彼は大量に出血していた。

同僚のれんが職人と建物の建設業者は救急車を手配し、彼をすぐに近くの病院に搬送した。シェイク氏は怪我から回復するまで数か月間入院した。シェイク氏は、コルカタの北200kmに位置するマーシダバード出身の多くのれんが職人と同様に、建設労働者として生計を立てるために毎年約9か月間コルカタに滞在していた。

彼は4人家族の唯一の稼ぎ手であった。彼のような労働者の収入は一日4.4米ドルから9米ドルであり、1日でも働かない日があれば、経済的困難に陥ることがある。建設業者はシェイク氏のために補償を行ったが、彼は医療費の支払いのため、すぐにその金額を使い果たした。

コルカタにあるピアレス病院の研究学術部の臨床ディレクターであるスブフロジョティ・ボーミック(Subhrojyoti Bhowmick) 氏はAsian Scientist Magazine誌に対し「太陽に長時間暴露すると脱水を起こし、血液の電解質のバランスを乱します」と語った。彼は「体が脱水症状を起こすと血圧を下げ、それによりめまいがすることがあります。高所で作業する労働者の場合は、転倒のリスクが高くなります」とつけ加えた。

健康への影響

2023年、アジアで異常な熱波が発生した。最高気温は中国で41.9度、インドで44.5度、ミャンマーで45度に達した。北京気候センターによると、中国での熱波は70日以上続き、その間の気温はずっと40度を超えていた。

このような高温は、既存の健康問題を悪化させ、早期死亡と障害を引き起こす可能性がある。2022年に発表されたランセット報告書によると、心臓関連の死亡率は2000年代初頭以来、世界中で約70%増加した。インドだけでも、熱波による死者は過去50年間で1万7000人となり、2021年にWeather and Climate Extremes誌に公開された調査によると、高温を原因とする死亡率は62.5%増加した。

さらに、農業従事者や建設労働者など屋外労働者が熱ストレスに常に曝露すると、慢性腎臓病 (CKD) になることがある。2023年に Kidney International Reports誌に発表された研究では、高温の中で過ごす時間が増えると、温度が1度上昇するごとにCKDのリスクが2.3%増加することがわかった。

熱波および周囲温度の上昇は生理学的反応だけでなく、記憶力への影響、反応時間の短縮、注意力など、精神的健康にも悪影響を与える。

さらに、熱波は以前よりも発生時期が早くなってきているという。2023年、気候変動研究を専門とする世界気象分析グループのメンバーを含む国際研究チームは、南アジアと東南アジアで発生した高湿度の熱波を調べた結果、4月は一般的に南アジアと東南アジアでは暑い月であるが、2023年4月の熱波は例外的であったと述べた。

気温が突然急上昇する場合、体が徐々に高温に順応するというプロセスがないため、熱波の早期発生は危険である。65歳以上の高齢者、乳児、屋外労働者など脆弱な人々にとって、脱水、熱関連疾患、死亡のリスクは高まる。

このような警戒すべき結果が見えているにもかかわらず、シェイク氏のような人々は、屋外での仕事で生計を支えているので他の選択肢はない。国際農業研究協議グループ (CGIAR) の気候変動適応・緩和影響行動プラットフォームのディレクターであるアディチ・ムケージ (Aditi Mukherji) 氏は「生産性の損失に加えて、熱波は農場労働者の健康に有害な影響を及ぼしますが、あまり語られることはありません」と語る。CGIARは、気候危機における食料、土地、水システムの変革を専門に調べる世界的研究パートナーシップである。

彼女が特に懸念することの一つに、異常熱波は屋外で働く女性に割に合わない影響を与えることがある。たとえば、インドでは、女性は熱波のために有給労働時間のほぼ20%を失う。農業、建設、その他サービス業などの産業では、異常熱波の影響により女性の賃金は貧困ラインを下回るようになった。米国の非営利団体であるエイドリアン・アルシュト・ロックフェラー財団レジリエンス・センターが2023年に発表したScorching Divideという調査報告によると、これらの産業は国内の女性雇用の70%を占める。

懸念は健康に止まらない。熱波は、屋外労働の割合が大きい国の経済に深刻な影響を与え得る。たとえば、バングラデシュを取り上げてみたい。世界銀行によると、2019年には、バングラデシュの労働者の雇用の38%は農業で、21%は鉱業、採石業、建設業、製造業でなされていた。The Lancet Planetary Health誌に発表された研究は、世界の気温が1.5度上昇した場合、これらの産業の労働供給と生産性は国内で16%減少すると予測している。

暑さが労働損失に及ぼす影響の規模や分布を考えると、屋外労働者だけでなく、彼らに経済的に依存している家族も、大きなリスクにさらされている。

アジアの政策イニシアチブ

2022年7月、香港で熱帯夜が22夜続いた。これに関する労働組合の要求に応じて、2023年5月、香港労働局は、職場での熱ストレスの防止に関するガイドラインを発行した。

政府は、雇用者と労働者が黄色、赤、黒という3色で構成される香港熱指数を参照するよう奨励した。指数が30に達すると黄色の警告が発せられる。32で赤に変化し、34に達すると黒に変わる。ガイドラインは、黒または赤の警告が出たならば、激しい仕事をする屋外労働者は休憩するよう述べている。

他の国も同様に屋外労働者を異常な高温から保護する措置を実施している。シンガポール気候研究センターは最近、2100年までにシンガポール国内の1日の最高気温が35〜37度となることを予測した。現在、シンガポールの一日平均気温は31〜33度の間である。このような予測を念頭に置いて、シンガポール国立大学 (NUS) の共同研究イニシアチブであるプロジェクトHeatsafeは、東南アジアにおける気温上昇の影響を緩和する方法を模索している。

とりわけ、このプロジェクトは、シンガポールの労働者の生産性と幸福に対する熱ストレスの影響を研究している。このプロジェクトで2022年に国内19の屋外職場を分析したところ、労働者の間に高熱ストレスが繰り返し発生していることが分かった。労働者を助けるために、プロジェクトチームはある実験を計画した。200人以上の建設労働者に対し、昼間の休憩中に特別に調製されたアイススラリーを提供したのである。アイススラリーは糖分ほぼゼロで必須塩や鉱物を含む、冷たくコクのある飲み物である。労働者が受ける暑熱負荷のリスクを効果的に減らすことで労働者は清涼感を感じ、水分補給を行い、活動的になることができる。

これらのアイススラリーは、摂取時に熱を伝える表面積が大きいため、氷を入れた飲み物よりも効果的に深部体温を下げることができた。熱耐性・パフォーマンス研究所所長でありNUSのヨン・ルー・リン医学部准教授であるジェイソン・リー (Jason Lee) 准教授は、アイススラリーを飲むと体温が氷の粒子を溶かし、深部体温が下がるのだと説明した。

リー准教授は、アイススラリーは、シンガポールの人材開発省 (MOM) が職場の安全・健康研究所を通じて実験され、提案された複数のソリューションの1つであるとも述べた。この実験がよい結果をもたらしたことから、プロジェクトHeatSafeのチームは、民間企業と協力してアイススラリーを拡大することを検討している。介入により実に好ましい結果が出たため、労働者はスラリーの購入にあたり多少の料金を支払う意思があるとリー准教授は説明した。

2023年10月、MOMは保健省熱ストレス専門家パネルと話し合い、その後、暑さ指数が32度に達した場合、雇用主は1時間につき5分以上の休憩を屋外労働者に提供すべきと命じた。暑さ指数とは、その時の周囲条件下で水の蒸発により到達できる最低温度である。2020年にScience Advances誌で発表された研究の中で、湿度が100%で暑さ指数が35度になると、身体の発汗作用能力を上回る可能性があり、脱水や熱関連の疾患を引き起こすかもしれないと警告された。

このような異常な状況を制御する最も効果的な方法は世界中で温室効果ガス排出を削減することであるが、その間に、屋外労働者は既に起こっている状況に適応できるソリューションを必要とする。

「たとえば、女性の仕事を機械化する技術は昔からありましたが、その普及は進んでいません。既存の技術を改良し、その採用を促し、農場での労力とリスクを軽減するような形で提供する道を開くためには、こうした女性たちの具体的な状況や嗜好について、さらに調査しなければなりません」とムケージ氏は語る。

リー准教授は、社会のさまざまな業種に対し、出来る限り具体的に国家によるストレス勧告を行い、うまく実施できるようにすることが重要だという。暑さの感じ方や耐性は社会的・経済的背景によって異なってくる。

リー准教授は、アジアの政府は皆、現場介入による屋外労働者支援は費用がかかるという古い認識を変える必要があると付け加えた。

「現実には、介入は福祉だけを目的とするのではありません。それは事業にも良いことです。労働者が幸せで健康なとき、生産性は高まります。適切な休息は生産性に貢献し、病欠を減らし、福祉と事業の利益となるのです」

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