アジアではテクノロジーを利用して食事内容を厳密に管理する人が増えており、パーソナル化された栄養管理がアジアのニューノーマルになりつつある。(2025年3月21日公開)
インドのパンジャブ州に住む34歳のマユリ・ラジヴァンシ (Mayuri Rajvanshi) 氏は、最近までほぼ毎日過食していた。ネットフリックスを見ながら数枚のビスケットに手を伸ばすつもりでいながらも、気がつくと1袋全部食べてしまうこともあった。やがて、食欲は日常の衝動となっていった。2022年、ラジヴァンシ氏は妊娠していたが、出産への不安をごまかすために大量のお菓子を食べることが多かった。
不安から過食となり、やがて彼女は健康を害した。体重は83キロとなり、高血圧を発症していた。医師は、持病に対応するだけでなく、他の疾患を予防するためにも、体重を減らすよう強く勧めた。米国国立衛生研究所は、太りすぎや肥満は、2型糖尿病、脳卒中、腎臓病、妊娠障害など、多くの健康問題のリスクを高める可能性があるとしている。
ラジヴァンシ氏は体重管理について複数の栄養士に相談したが、単に食事プランを紙に書くだけではうまくいかなかった。もっと効果的な戦略が必要だった。精神科医に相談したところ、食事日記をつけて自分の食習慣を理解するのがよいと言われた。
ラジヴァンシ氏は日記をつける一方、自分の食事摂取を追跡するのに役立つアプリをオンラインで探した。しかし、見つけたアプリのほとんどは西洋の食事向けに設計されており、インド料理のカロリー値はなかった。最終的に、彼女はインドの食事に合わせた健康アプリであるHealthifyMeを見つけ、食べたものをすべてアプリに記録し始めた。ラジヴァンシ氏はAsian Scientist Magazine誌に対し「アルーゴビからサブジ、パラタまで、あらゆる種類のインド料理のカロリーカウンターがありました」と語った。
このように食事を細かく追跡することで、ラジヴァンシ氏は自分が今までどれほど過食していたか、食事の栄養価が低かったかをよく知ることができた。2023年、彼女はアプリを新しいものに変えた。このアプリは人工知能 (AI) を使用してパーソナル化された食事計画を提案し、マクロ栄養素と微量栄養素の摂取量のモニタリングをしてくれる。
ラジヴァンシ氏は、最初の減量中に起こった良い変化に勇気づけられ、定期的な運動をスケジュールに加え、20kgの減量に成功し、2024年1月までに目標体重の63kgに達した。
ラジヴァンシ氏は、このアプリはフィットネスの道のりの中で手を引いて導いてくれる目に見えないパートナーのようだという。多くのアジア人がテクノロジーを利用して自分たち独特のニーズやライフスタイルに合わせて食事のパーソナル化をするようになってきているが、ラジヴァンシ氏はそのうちの1人である。アイルランドに拠点を置き、32か国で事業を展開する世界的な栄養食品グループであるGlanbia Nutritionalsは、パーソナル化された栄養食品市場は2020年には世界で約83億ドルと評価されており、2028年までには214億ドルに達すると予測している。インドに拠点を置く市場調査会社Market Data Forecastによると、パーソナル化された栄養食品市場はアジア太平洋地域だけでも、2024年の24億7,000万ドルから2029年には54億3,000万ドルに成長すると予測されている。日本、韓国、シンガポールは、アジア太平洋地域におけるパーソナル化された栄養食品の主要市場となっている。
世界保健機関 (WHO) は、東南アジアの人々は加工食品を多く消費するようになってきており、天然の穀物、豆類、果物、野菜の代わりに加工された炭水化物、糖、脂肪を食べるようになっていると指摘する。この変化は、心血管疾患、がん、糖尿病などの慢性疾患のリスクの上昇と一致する。WHOによると、東南アジアの成人の4人に1人が高血圧症を患っている。
このような疾患を予防し、人々がさらに健康的なライフスタイルを続けられるように、アジアではデジタルウェルネスと栄養食品ブランドが徐々に増加している。今日の栄養に関するテクノロジー・イノベーションは、人々が何をどれだけ食べるべきかということだけの話ではない。Bisu Body Coachは東京を拠点とする新興企業のBisuが提供するアプリである。ユーザーはこのアプリを使用して自宅で尿検査を実施し、尿の水和状態、ミネラル、ビタミン、pH、尿酸、ケトンなどといった指標の分析に基づいて簡単な栄養アドバイスを受けることができる。このアプリは、睡眠、活動、体重、血糖値に関するデータも統合し、一人一人に合ったレシピやサプリメントを提案してくれる。
シンガポールを拠点とする食品テクノロジー企業 Hoow Foods は、AI を活用して、味や食感を損なうことなく、健康によくない食品を健康的な代替食品に変えている。たとえば、同社の製品にはCallery'sという低カロリーアイスクリームがあるが、通常のアイスクリームと変わらない味がする。
インドのデリーで栄養医学コンサルタントを務めるマンジャリ・チャンドラ (Manjari Chandra) 氏は、Asian Scientist Magazine誌に対し、栄養テクノロジーの最大の利点は、そのメリットを多くの人々に届けられるように規模を拡大できることだと述べる。
チャンドラ氏はさらに、今日のテクノロジーは、血液検査や遺伝子検査のデータを使い、各自に合った栄養に関する推奨事項を作り上げることができると述べた。スマートフォン、インターネット接続、そしてこの種類のアプリをサブスクリプションすれば、消費者は遠隔地にいても栄養テクノロジーを利用できる。
進化し続けてはいるものの、栄養テクノロジーには依然として課題がある。「テクノロジーは、人間の経験と専門家のカウンセリングから得られる見識や個人に特化したケアに完全に代わることはできません。人間の専門家は、学術的な訓練と実務経験から得た深い知識と理解を教えてくれます。けれどテクノロジーはまだそれを完全に再現することはできません」とチャンドラ氏は述べる。
チャンドラ氏は、医療専門家が不足しているインドなどの国ではテクノロジーが重要であると認めながらも、ほとんどの栄養アプリが提供するデータは概要を述べるだけであり、客観的ではないことが多いと述べた。インドのチャンディーガルに所在する医学教育・研究大学院(PGIMER)の主任栄養士であり栄養学科長であるナンシー・サーニ (Nancy Sahni) 氏は、ユーザーが基本的な栄養知識を持っていない場合、食事追跡アプリだけでは不十分となり得ると力強く述べた。
「栄養士の適切な指導を受けなければ、データを誤解するかもしれません。この種類のアプリを効果的に使用するには、栄養に関する基礎的な理解を持つ必要があります。理想的には栄養士に相談するといいでしょう」とサーニ氏は語る。デリーの機能医学コンサルタントであるプリティ・ナンダ氏も、「ブロッコリーから50カロリーを摂取することと、ペストリーから50カロリーを摂取することは同じではありません。体にいい食事にするには、むしろさまざまな色の食材を取り入れる方が効果的です」と述べる。
パーソナル化された栄養テクノロジーには別の課題がある。本当に効果を上げるには、遺伝子及びバイオマーカーを深く分析して個別化する必要があるのだが、アジアの多くの人々にとって手頃な価格ではない。インドでは、遺伝子検査に最大 2,300 米ドルかかることがある。
このような限界があるにもかかわらず、アジアでは栄養に関するテクノロジーサービスが採用され、拡大し続けている。ラジヴァンシ氏にとって、AI栄養トラッカーは画期的なものであった。階段を上った後に息切れを感じることもなくなり、数分以上娘を抱っこするのに苦労することもなくなった。彼女は、医療専門家との定期的な相談に加えて、このアプリにより、健康的な食事と定期的な運動という快適な習慣を維持できていると考えている。