沖合観測を活用した津波予報の新手法を開発:JAMSTEC王宇晨研究員へのインタビュー

2025年3月25日 JSTアジア・太平洋総合研究センター

国際頭脳循環を強化することは、研究開発活動を活性化させるために不可欠な条件です。日本は、世界の「知」の交流を積極的に推進し、研究・イノベーション能力を強化する必要があります。そのためには、研究環境の国際化を進めるとともに、国際的な人材交流を促進し、日本が国際的人材循環の流れに緊密に組み込まれることが非常に重要です。

「国際頭脳循環」特集では、最前線で活躍する研究者へのインタビューを通じて、日本の研究現場が国際的人材循環を促進し、卓越した研究成果を生み出すために実施しているさまざまな取り組みの現状や課題を紹介します。また、世界中の研究者を惹きつける要素である日本の研究環境の魅力についても取り上げます。今回は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の王宇晨研究員にお話を伺いました。

王宇晨氏は、2016年に北京大学物理学院を卒業。2018年に東京大学で地球惑星科学専攻の修士号を取得し、2021年に同専攻の博士号を取得。同年、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海域地震火山部門の研究員となる。2019年に日本地震学会の学生優秀賞を受賞し、2023年には同学会の若手研究者学術奨励賞を受賞。

日本への留学を決めたきっかけは、東京大学の「UTRIP」サマープログラム

Q: そもそも、どのようにして日本留学を決意したのですか?

日本への留学は、もともと自分自身の計画の一つでした。当時、北京大学の学生の主流はアメリカ留学で、特に物理学院では半数以上の学生がアメリカの大学院(PhD)に進学し、ほとんどが全額奨学金を獲得していました。

しかし、私には日本との特別な縁がありました。それは、大学3年生の時に参加した東京大学のサマープログラム「UTRIP(University of Tokyo Research Internship Program)」です。このプログラムは、世界中の大学2年生・3年生を東京大学に招き、教授の指導のもとで6~7週間の小規模な研究課題に取り組むものです。私は東京大学の公式サイトから応募し、選考を通過してこのプログラムに参加しました。

2015年8月にUTRIPの修了式にて

プログラム中、私は津波の数値シミュレーションに取り組みました。流体力学の手法を用いて2012年にカナダ沖で発生したマグニチュード8.1の地震による津波の伝播をシミュレーションしました。具体的には、佐竹健治教授の指導のもと、地震によって引き起こされた海底地形の変形を計算し、それをもとに津波の伝播過程を流体力学的に解析しました。

このサマープログラム終了後、私は北京大学に戻り、学士課程を修了しました。しかし、佐竹教授の学識と人間的魅力、東京大学の優れた学術環境、そして日本社会の秩序ある環境に深い感銘を受けていました。

その後、私はアメリカの大学と日本の大学の両方に出願し、プリンストン大学、シカゴ大学の全額奨学金を獲得しました。同時に、日本政府が優秀な海外学生向けに提供するGSGC(Global Science Graduate Course)奨学金も獲得し、東京大学で修士・博士課程に進学する機会を得ました。

「客観日本」のインタビューを受ける王宇晨研究員

三つの大学での研究分野は、それぞれ古気候(プリンストン大学)、大気化学(シカゴ大学)、地球物理(東京大学)でした。奨学金の金額を見ると、アメリカの大学は月額3000ドル以上(当時30万日本円以上)、一方で日本の奨学金は月額18万円でした。金額だけを考えればアメリカの方が魅力的でしたが、研究分野の適性、指導教授、奨学金の金額、治安や生活環境などを総合的に考慮し、私は東京大学で地球物理を研究することを選びました。

学生の本分は学業であり、奨学金は生活できる程度で十分だと考えました。

この決断には、「UTRIP」サマープログラムの経験が大きな影響を与えました。日本での6~7週間の研究生活は非常に印象深く、佐竹健治教授は地震・津波研究の国際的な権威であり、その指導のもとで研究できることは非常に魅力的でした。このような経験が、日本への留学を決める大きな後押しとなりました。

実際、「UTRIP」に参加した外国人学生の多くが、その後正式に日本へ留学しています。このプログラムは、日本の大学が世界中から優秀な学生を受け入れる非常に効果的な制度だと感じました。

さらに、日本は地理的に中国に近いため、帰省がしやすいという利点がありました。また、文化的にも共通点が多く、馴染みやすい環境であることも、日本を選んだ理由の一つです。

博士号取得後、日本で研究を続けることを選択

Q: 2021年に博士号を取得した後、日本で働くことを決めたのですか?それとも欧米や中国に戻ることを検討しましたか?

王宇晨はJAMSTEC横浜研究所で津波研究に従事している

私は2021年9月に博士号を取得しました。しかし、新型コロナウイルスの影響で、その時期はどの選択肢も大きな制約を受けました。例えば、中国に帰国するのは非常に難しく、帰国後には長期間の隔離が必要でしたし、アメリカのビザ申請もほぼ停止していました。一方で、私が研究している津波のテーマは日本でより注目されていたため、2020年7月に仕事を探し始めた時、唯一考えられた選択肢は日本で仕事を続けることでした。

東京大学で教職に就くことも選択肢の一つでしたが、佐竹教授の方針は学生に外の世界で経験を積ませることであり、博士研究員の期間は外で経験を積むべきだと考えていました。その後、再び大学に戻ることは可能だとも言われました。そこで、私は日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)を選び、2021年から2024年まで3年間の博士研究員として研究を行いました。そして、2024年10月には正式にJAMSTECの研究員に就任しました。

主な研究分野は、新しい方法での津波予報

現在、王宇晨博士が取り組んでいる研究課題は主に2つあります。一つは津波警報の持続時間と解除タイミングに関する問題、もう一つは従来の方法とは異なる手段を用いて津波警報を行うことです。

一般的に、人々は津波の第一波が最大であると考え、最初の津波の予報が出た後、解除のタイミングはそれほど重要ではないと思いがちですが、これは大きな誤解です。第二波の津波は第一波と同じか、場合によってはそれ以上に強いことがあります。そのため、津波警報の正確な解除タイミングを把握することが非常に重要です。警報が解除されないと、外部の救援活動が妨げられ、警報が長期間続くことで経済活動にも影響を及ぼします。したがって、津波警報の持続時間、つまり警報解除のタイミングは非常に重要な研究課題となっています。

日本の津波予警は、従来、地震波の観測に基づいて行われており、まず震源を逆算し、その震源をもとに津波の高さや到達時間を予測します。しかし、近年では沖合に設置された水圧計観測装置(S-net、DONET、N-netなど)が増え、津波予警に新たな方法を提供しています。海中に設置された水圧計を使って水圧の変化を観測し、そのデータを元に海面の高さを推測し、さらにその高さから津波の状況を推定する方法です。しかし、沖合の観測データをもとに沿岸の津波波形を予測するには多くの処理が必要であり、精度は潮汐や海流、さらには地震波の影響を受けるため、非常に難しい課題です。

2024年1月1日に日本の能登半島地震が発生後、災害地域に赴き、津波の状況を調査した

離岸の水圧計に加えて、海洋レーダーも津波予警に活用できます。海洋レーダーは、沖合の海水流速を測定することにより、津波が発生したかどうか、そしてその強さを判断する方法です。この技術は、津波観測においてこれまでとは全く異なる次元のデータを提供します。

また、海洋レーダーは元々漁業のために設置されており、沿岸に設置されたレーダーを使って海流を観測し、適した魚の種類や漁業のタイミングを判断するためのものでした。JAMSTECと北海道大学は、津軽海峡にそのような海洋レーダーを設置しています。そして私は、これらの海洋レーダーを津波予報の分野に柔軟に応用し、既存の施設に新たな機能を加えました。

2022年1月15日に発生したトンガ海底火山の噴火による津波では、津軽海峡に設置された海洋レーダーのデータを利用して、津波が日本に到達した状況をうまく説明することができました。これにより、海洋レーダーを使った津波予報の実現可能性が証明されました。このデータを実際の火山津波に適用したのは、これが初めてのことです。

この経験を基に、私たちは発電所周辺にも海洋レーダーを設置することを提案しています。日本の発電所はほとんどが海岸近くにあり、発電所自体がレーダーに電力を供給できるため、発電所とレーダーは相互に補完し合う関係を築くことができます。レーダーが津波を検知すれば、発電所を保護することができ、両者はウィンウィンの関係を形成することができるのです。

2024年6月、アジア・オセアニア地球科学学会(Asia Oceania Geosciences Society, AOGS)で海洋レーダーを利用した津波観測の研究成果を発表

皆が懸念している南海トラフ地震に関しても、重要な地域に海洋レーダーを設置することで、津波の観測と予報が可能となります。将来的には、日本全沿岸に海底水圧計と海洋レーダーを設置することで、日本の防災・減災において重要な役割を果たすことができると考えています。

現在、海洋レーダーを利用した津波予測の観測距離は約80~90km程度です(理論的にはもっと遠くまで観測可能ですが、強力なノイズ処理能力が必要です)。予報に使える時間は約15~20分程度です。個人的には、今後さらに遠くまで観測できるようになり、一般市民にもっと多くの対応時間を提供できるようにしたいと考えています。

また、離岸観測を利用して津波予警の新しい方法を開発したことを評価され、日本地震学会から2019年度学生優秀発表賞と、2023年度「若手学者学術賞」を授与されました。

国際的な人材を引き寄せるためには、まず研究職を社会で羨望される職業にする必要がある

Q: 日本は「国際頭脳循環」というスローガンを掲げ、海外の研究エリートを日本に招き入れるとともに、日本のエリートも海外に送り、最終的には再び日本に戻ってくることを目指しています。これに対して、日本が提供すべき政策的な支援や保障について、あなたはどのように考えますか?

まずは給与待遇の問題です。

多くの国々では、研究者の給与待遇は民間企業と比較して差があります。大学や研究機関で研究を行う場合、同じレベルの人が企業に行くよりも給与が低くなります。例えば、私のアメリカの大学での同級生は、教職に就いて年収は6〜7万ドルですが、もしシリコンバレーに行ったら、通常50〜60万ドルです。中国で大学に残って教職に就いている同級生の給与も、IT大企業で働く同級生には及びません。この問題は、シンガポールやヨーロッパでも同様で、もちろん日本でも同じです。

しかし、国と国を横並びで比較すると、円安の影響で、日本の研究者の給与はますます魅力を失っていることがわかります。アメリカの大学で若手教職が受け取る年収7万ドルは、1:150の為替レートで換算すると、1000万円を超えます。日本の大学や研究機関では、博士研究員や若手研究者にこれほど高い給与を出すことは難しいです。現在、日本の多くの若手研究者の年収は400〜500万円で、海外と比較すると競争力がありません。日本独自の研究でなければ、単純に給与面で国際的な人材、特に西洋の研究者を引き寄せることはできません。

もし、比較的若い優秀な研究者が年収800万円を得られ、職位や経済的な上昇の道が保証されれば、彼らは比較的安心して日本で研究を続けることができるでしょう。

もちろん、個人として理想を追い求め、意義のあることに取り組んでいきたい場合、経済的な考慮は必ずしも最優先ではありません。しかし、社会全体の観点から言えば、研究職が社会から憧れられ、賞賛される職業であるべきです。もし、博士課程で学び、論文を書き、卒業後も生活に苦しむ給与だと、研究職は社会的地位を持たなくなり、人々が研究職に憧れを抱かなくなります。その結果、研究職に就く人は減少してしまいます。

もちろん、給与問題の解決は簡単ではありません。そのため、給与以外の3つの点で日本は改善できる点があります。 1つ目は、政策に優しい環境を作ることです。 現在、世界の多くの国々は、国家安全保障の観点から、研究者の研究の自由度に対して多くの制限を課しています。もし日本が、より包括的で友好的な研究環境を提供し、政策上の障壁を少なくすることができれば、国際的な優れた研究者が日本で研究を行うことを促進できるでしょう。当然、国家安全保障に関する考慮もありますが、バランスを取る方法を考える必要があります。

2つ目は、若い学生に対して積極的に研究実習プログラムを推進することです。 例えば、東京大学のUTRIPは非常に良いプログラムで、大学生が短期の研究実習を通じて、日本の研究環境を知り、日本の治安や社会の良い環境を体験し、卒業後に日本で研究を行うことに関心を持つようになります。

3つ目は、十分な研究資金を提供することです。研究資金の充実と継続性は、研究者が安心して研究に専念するために非常に重要です。十分な研究資金があれば、研究者は将来を見据えて計画を立てることができ、必要な研究に対して必要な資金を確保でき、研究への信頼も高まります。現在、日本では研究資金の利用率が徐々に増加しており、ますます多くの研究者が資金援助を受ける機会を得ていることは、非常に積極的な取り組みです。

日本を研究人材の集積地に

JAMSTEC横浜研究所の本館入口前にて

国際頭脳循環において、重要な形態の一つは人材の集積地としての役割です。つまり、外国の優れた人材が日本に永住する必要はなく、1年や2年の短期交流という形で日本に引き寄せることが可能だと考えています。この形態で国際人材を引き付けることは実現可能だと思います。

さらに積極的に国際的に著名な学者を日本の研究機関に短期客員研究員として招待し、研究費の支援を行うべきです。トップクラスの科学者の役割は、個人と個人との点対点の交流にとどまるものではなく、日本の研究機関と海外の機関との間で相互交流を構築し、学生交換や客員研究員の派遣などを通じて、国家間の科学技術交流を促進することです。国際的なトップレベルの科学者が日本に長期定住するのは難しいかもしれませんが、短期的には十分可能であり、研究ネットワークを広げ、人材の流動を促進する効果が期待できます。

現在の状況下で、日本は留学先として適していると思います。まず第一に、日本の学術界の雰囲気は比較的堅実であり、もう一つの理由として、日本の奨学金は指導教員の予算から出されることはなく、基本的に政府や大学、企業から提供されます。学生と教師の間に利益関係はなく、教師の「道具」として扱われることはありません。一方、アメリカでは多くの博士課程の学生が指導教員を「ボス」と呼び、ある意味「準雇用関係」のようになり、教員のお金を受け取った以上、教員のために働かなければなりません。日本では、師弟関係は韓愈の『師説』に書かれているように、「師は道を伝え、学業を授け、疑問を解く者である」という関係が基盤になっています。研究に熱心な人々にとって、日本の学習環境はより純粋であると言えます。

未知を追求することが本当に好きであれば、学術研究の道は良い選択だと思います。私自身の経験から言うと、日本で研究をする道を選んで正解だったと感じています。

インタビューは、2025年2月10日、JSTアジア/太平洋総合研究センターにて実施
インタビュー/編集:JST「客観日本」編集長 曹晖
写真:王宇晨、客観日本編集部

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