2026年2月4日 JSTアジア・太平洋総合研究センター
光は人々の周りの世界を照らす。光は環境を構成する物質と様々な形で作用しあう。適切な道具と技術を用いれば、通常は肉眼では見ることができないミクロの世界でさえも観察可能になる。最新の光学技術には、ラマン分光法などの手法が含まれる。大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)バイオフォトニクス研究室の主任研究者であるニコラス・スミス (Nicholas Smith) 准教授は、光の世界を利用して研究を行っている。彼はラベルフリーイメージング技術、ハイブリッド細胞イメージング技術、ラマン分光法、定量顕微鏡法など、幅広い技術を組み合わせて、複雑な免疫の世界を調べている。
スミス准教授はこのインタビューで、日本での研究を選んだ決断、フォトニクス分野及び免疫学へのその応用、国際頭脳循環が研究者としてのキャリアに与えた影響について話してくれた。

大阪大学ニコラス・スミス准教授
(提供:スミス准教授)
スミス准教授はオーストラリアの小さな町で生まれた。子供の頃からよく家中のものを分解し、それが科学の世界への第一歩となった。「科学への興味のきっかけは、おそらく古い時計を分解したことだったと思います。当時はそれが科学だとは全く気づいてはいませんでした。ただ面白いと思ったことをしていたのです。そのうちに、『どうすればろうそくをもっと早く燃やせるのだろう』といったことを考えるようになりました」この子供らしい好奇心が、周りにある物理の世界をさらに知りたいという関心へつながり、スミス准教授はシドニー大学で物理学の学部課程に進んだ。
大学での進路を振り返り、スミス准教授は語る。「橋の構築のようなことをやろうと思っていました。でも、これらの応用の背後には、異なる分野が同じ科学的原理でつながっているように思え、その背後にある考え、つまり純粋科学の方が面白いと感じたので、結局、物理学と純粋数学を専攻することにしました」しかし、これが旅の終わりではなかった。物理学の中では「一番苦手な科目」だったにもかかわらず、スミス准教授は光学分野に惹かれていった。
最初は天文学とそれに関連する光学全般を学びたいという希望から始まった。スミス准教授は「光学は特に好きではなかった」と認めてはいるが、いくつかの光学研究所を訪れ、様々な感動的な実験や装置に触れたことが、この分野が持つ可能性に気づくきっかけとなった。スミス准教授は、著名な光学科学者であり、当時はシドニー大学教授であったコリン・シェパード (Colin Sheppard) 博士の研究室に偶然、足を踏み入れたことがあった。スミス准教授はシェパード博士のことを「とてもくつろいでいるように見えて、実は非常に真剣だった」と語る。彼はその研究室で、光学に関連する様々な素晴らしい実験や装置を目の当たりにした。スミス准教授は、この経験と、当時の指導教官であったキャロル・コグズウェル (Carol Cogswell) 氏の存在が、この分野への興味を掻き立ててくれたと語った。
偶然にも、大阪大学の著名な日本人科学者である河田聡教授が、同じ時期、シェパード博士の研究室で長期研究休暇を取っていた。この偶然の出会いが、スミス准教授の人生の転機となった。河田教授から海外で研究期間を過ごしてみてはどうかという提案を受けたことが、彼の人生を変えた。
スミス准教授は当時を振り返り、次のように語った。「河田教授は『日本に来るべきだ』と言いました。当時、私は日本について何も知りませんでした。しかし、これは素晴らしい機会だと思いました。友人たちは日本について、途轍もないことをいろいろ言っていましたが、今となっては明らかに嘘だったと分かります。私はチャンスを掴み、博士号取得前に日本学術振興会 (JSPS) の短期招聘研究員として日本に来る機会を得て、客員研究員として3か月間滞在しました」
この期間の終わりに、スミス准教授はシドニー大学と大阪大学の両方の博士課程に応募し、慣れ親しんだシドニー大学に留まるか、日本での長期職に挑戦するかという難しい決断をすることとなった。彼は、この招聘研究員としての短い期間が、異文化の刺激的な新しい側面と潜在的な課題の両方を目の当たりにして経験する基礎となり、勇気を奮い起こして博士課程のために日本に行く決心をしたと語った。

スミス准教授(左)と指導教官のキャロル・コグズウェル氏
日本に移動する前のお別れ会にて
(提供:スミス准教授)
スミス准教授は主に、免疫学における光学技術の活用、すなわちバイオフォトニクスという分野に取り組んでいる。これは物理学を活用し、生物分子の研究における光の応用を探る学際的な分野である。この分野の研究は、主に顕微鏡検査と光を使う試料分析法、あるいは試料に光を照射して波長の変化を測定し、存在する分子を特定する分光法を用いる。複雑なメカニズムを使用しているようだが、研究の成果は日常生活の多くで見ることができる。妊娠検査や抗原検査など、ラベル表示を使う検査に用いられるバイオセンサーは、その良い例である。
スミス准教授は自身の専門分野について次のように話す。「私はBiomedical Optics Express Journal誌の編集者を務めており、バイオフォトニクスのほぼすべての分野に関わっていますが、私が主に研究しているのは細胞です。それはドナー由来の細胞だったり培養細胞だったりしますが、光学技術を用いて細胞からデータを抽出しています」
これには主に2つの手法がある。1つはラマン散乱プロセスに基づくラベルフリーイメージングであり、この手法では色の変化を利用して試料の分子組成を調査する。もう1つはレーザー干渉を利用して細胞の形態と動態を調べる位相敏感イメージングである。スミス准教授は両方の手法を駆使し、脂質ナノ粒子の細胞への取り込み、体内でのT細胞の挙動、細胞内のマイクロプラスチックの存在など、様々な生物学的プロセスを研究してきた。
例えば、マイクロプラスチックの場合、それが細胞に及ぼすかもしれない様々な影響を調べることができる。「これらの技術を用いることで、細胞内にマイクロプラスチックが存在するかどうかを知ることができます。また、細胞の外側を観察し、細胞の他の部分と同様の構造や組成があるかどうかを調べることもできます。もし同様であれば、細胞はマイクロプラスチックに実際には反応していないので、プラスチックが自然に入り込んだだけかもしれません。しかし、細胞の周囲に脂質が大量に存在したり、細胞が異物を取り囲むように形を変えたりしている場合は、細胞がマイクロプラスチックを能動的に取り込んでいるか、少なくとも反応を引き起こしていることを意味します。いずれにせよ、私たちは、あらゆる光学測定技術から得られる情報を掘り起こし、このことを解明しようとしています。たとえ何もなくても、それ自体が答えになります」スミス准教授は、マイクロプラスチックと細胞の相互作用を理解する上での光学技術の活用方法を、例として説明してくれた。
特に時事的な進展として、スミス准教授のグループはこれらの手法を用いて、制御性T細胞集団の検出にも成功した。この細胞は日本人科学者である坂口志文教授がノーベル賞を受賞したことで、最近注目を集めている。制御性T細胞集団は、光学的インタロゲーション手法を使って観察することができる。
スミス准教授はまた、人工知能(AI)と、それがこの分野に及ぼす大きな影響の可能性にも強く惹かれている。彼は、AIの導入によって科学が既に変化しつつある有様と、今後その影響がどのように拡大していくかについて力強く語った。「フォトニクスのような分野では、ノイズが多い、あるいは追跡が困難な難しい技術が用いられています。さらに、生物学には固有の多様性が存在します。それに加え、バッチ効果の影響も大きいのです。AIはすでに、ノイズの多いデータセットから情報を引き出すために活用されています。迅速に情報を見つける能力は、大きなゲームチェンジャーとなるでしょう。しかし、結果が有効であり、意義があり、再現性があるかどうかを判断するのは、常に研究者、つまり私たちの責任であるということにはしっかりと注意しなければなりません」
スミス准教授は、AI活用の他に、自身の研究室で用いる技術が新たな発見につながり、バイオフォトニクス研究の標準検査法の一つとなることを期待している。しかし、「発見の喜びは、必ずしも概念の斬新性に関係するわけではありません」と語り、これらの技術を用いて、過去に理論化された細胞集団の存在を発見・証明することにも価値があると述べた。

マウス胎児線維芽細胞 (MEF)のラベルフリー・ラマン画像
(提供:スミス准教授)
スミス准教授は日本でのキャリアの中で、日本の主任研究者として、また様々な海外共同研究を通じて、国際頭脳循環に積極的に貢献してきた。日本とオーストラリアの研究機関の違いについて尋ねたところ、彼は「実は、最も大きな点は両者が似ているということです。高いレベルの研究を行い、成功を収めている機関は、多かれ少なかれ同じことを行っています。『その国にいる』という感覚については大きな違いがあります」と答えた。
最近、スミス准教授はオーストラリアを拠点とする複数の研究者と共同研究を行っているが、学部生時代に初めてコリン・シェパード博士の研究室を訪れた時と変わらず、そのリラックスした雰囲気にいつも驚かされている。くつろいだ雰囲気ではあっても、これらの研究室から発表される論文はどれも非常に質が高く、スミス准教授が1年生の時に受けた講義の講師たちでさえ、高品質な論文や優秀な研究者と繋がりを持っていた。オーストラリアでは、熟練した研究者であると同時に優秀な教師であることが重要視されている。学生時代の授業に刺激を受けたスミス准教授は、オーストラリアの大学の授業で学んだ数々のアイディアを自身の授業にも取り入れている。時には学生たちの困惑した表情も見受けられるが、これは国際頭脳循環の恩恵の良い例だと確信している。
二つの環境の違いについて話す中で、スミス准教授は共同研究の容易さについて述べた。「オーストラリアは、共同研究の形成について寛容です。あるいは、あまり心配することはありません。アイディアやデータの共有に対してオープンな姿勢を見せますが、それでも限界はあります。行うべきことを行うことが非常に重要なのであり、それが、共同研究の成否を大きく左右する傾向があります。私は主任研究者なので、他の主任研究者に共同研究の話を持ち掛けることはできますが、それでも良いアイディアだと確信した場合のみ行います」スミス准教授は、オーストラリアの科学者は依然として時間を貴重な財産として扱っているものの、異なるグループにアプローチするのは、多少は容易であると話してくれた。
スミス准教授は、日本で研究を行うことの利点として、資金を利用しやすいこと、基礎的・自由な研究に対する国民の姿勢などを挙げた。「日本では、私が科学的に何を言っているのか正確には理解されなくても、本当に興味深いアイディアであり、誰かが『それはいいアイディアだ』と考えれば、おそらく支持を得るのはあまり難しくはないでしょう」このオープンな姿勢は、長年にわたり多くの日本人科学者がイグ・ノーベル賞を受賞していることに表れている。
スミス准教授は、IFReCへの就任のタイミングが日本での成功の大きな要因だと考えている。 「場所もタイミングもちょうどよかったのです。『世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)』のおかげで莫大な資金が投入され、非常に大きな恩恵を受けました。そのため、実に早く共同研究を始めることができました。私の研究室はIFReCの中では少し異端です。研究者のほとんどが免疫学を専門に研究しており、他の免疫学者と共同研究を行っているのですが、私は免疫学に役立つツールの開発に注力しており、免疫学者がこの分野で新たな発見を見つけられるよう、貢献したいと願っています」
WPIの資金により、多くの海外共同研究も可能になった。故郷のオーストラリアの大学との繋がりが生まれたのは、IFReCを通じた活動の相乗効果であった。最近の成果として、メルボルンの大学から助成金を獲得したことが挙げられる。スミス准教授はこの経験を懐かしそうに振り返り、「私は十分な支援を受け、自身のネットワークを築くことができました。これからはさらに拡大していきたいと考えています」と語った。スミス准教授はアジア太平洋地域全体で共同研究をさらに広げようと熱心に活動している。これは国際頭脳循環が日本の研究環境及び共同研究を行う様々なパートナーの両方に利益となる良い例となっている。
スミス准教授は、日本に初めて移住した時の経験と、異なる文化の中で新しい生活の最初の段階をうまく乗り切るための賢明なアドバイスも話してくれた。「新しい環境に足を踏み入れると、少し迷子になったような気分になります。誰もがある程度は経験すると思いますが、小さな戦いが続き、残念ながらそのうちのいくつかに負けてしまうでしょう。必要なのは、十分な数の戦いに勝利し、打撃に耐えられることです。解決できない問題もありますが、できる限りうまく柔軟に対応することが重要です」
「人を観察し、物事を個人的な問題として捉えないようにすることが大切です。それでも、間違いを犯すことはあるでしょう。日本では物事が母国と少し違うのには必ず理由があります。ですから、常に心を白紙にしておくことが大事です。物事がどうなるかについて過度な期待を抱かなければ、うまくいきます」このアドバイスは、言語や習慣の習得から、研究室や職場の異なる環境への適応まで、新しい文化に入ろうとするとき、あらゆることに当てはまる。

バイオフォトニクス研究室の一員であるアリソン・ホブロ (Alison Hobro) 博士
暗黒光学実験室で顕微鏡を使い作業中
(提供:スミス准教授)
日本で25年にわたる研究経験を持つスミス准教授は、この第二の故郷で研究を続けるつもりである。しかし、長期研究休暇その他の制度を利用して海外で研究する機会を活用したいとも考えている。バイオフォトニクス分野で彼のような道を進みたい、あるいは国際的な環境で研究を行いたいと考えている研究者に対し、スミス准教授は次のようなアドバイスをくれた。
「バイオフォトニクスは素晴らしい研究分野であり、探求に値します。光学は一般的に、量子力学など多くの複雑な概念を扱っています。ですから、科学的好奇心を持ち続けることが大切です。これは科学全般に言えることですが、特にこの分野においては特に重要です」
「特に日本で働くことに興味のある方は、まずは短期滞在から始めるのが良いでしょう。観光客として訪れるだけでは、ここでの生活や仕事がどのようなものなのかを実感することはできません。ですから、会議に出席し、この環境で研究を行うとはどういうことなのかを直接体験してみてください」
スミス准教授は、バイオフォトニクスというあまり知られていない世界に光を当てると同時に、未来の技術を探求する可能性についても考えている。観察を目的としてカメラのレンズ上で細胞を培養したり、インターフェースを用いて脳を直接画像化したりするといったアイディアは、将来、実用化するだろうと述べた。未来の光がどの方向に向かおうとも、Science Japanはスミス准教授とIFReCバイオフォトニクス研究所から生まれる発見に注目して進路を追い続ける。

ニコラス・イザーク・スミス(Nicholas Isaac Smith):
大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)准教授、バイオフォトニクス研究室主任研究者
オーストラリアのシドニー大学で物理学と純粋数学の学士号を取得後、工学と応用物理学の博士号を取得するために大阪大学に編入。同大学では、2003年に特任助教、2007年に講師、2010年に准教授、2015年に終身在職権を有する准教授に就任。2009年にはJSTさきがけを含む多数の研究助成を受けた。