G20における科学技術・研究・イノベーションに関連する議論②―RIIGプロセスと研究・イノベーション大臣会合

2022年12月07日

樋口義広(ひぐち・よしひろ):
科学技術振興機構(JST)参事役(国際戦略担当)

1987年外務省入省、フランス国立行政学院(ENA)留学。本省にてOECD、国連、APEC、大洋州、EU等を担当、アフリカ第一課長、貿易審査課長(経済産業省)。海外ではOECD代表部、エジプト大使館、ユネスコ本部事務局、カンボジア大使館、フランス大使館(次席公使)に在勤。2020年1月から駐マダガスカル特命全権大使(コモロ連合兼轄)。2022年10月から現職

G20において科学技術を導くための研究や様々な課題に対応するために必要なイノベーションをテーマとして扱う主要プロセスは、「研究・イノベーション・イニシアチブ会合(RIIG:Research and Innovation Initiative Gathering)」と称される一連の会合・イベントである。その成果は、「研究・イノベーション大臣会合」で取り纏められた後、最終的にはG20首脳会合にインプットされ、首脳の政治的なエンドースメントを得るという流れになる。

G20の国際保健を議題としたセッション
(出典:首相官邸ホームページ)

このプロセスは、昨年の議長国イタリアが「G20研究担当大臣会合」として初めて開催したものをインドネシアが引き継いだものである。来年の議長国インドもRIIGプロセスを引き継ぐ旨明らかにしている。

今年の研究イノベーション大臣会合は10月28日にジャカルタで開催された。他の大臣会合と同様、会合終了後には議長総括等、何らかの成果文書が公表されることが期待されていたが、実際にはそのようにはならなかった。ちなみに、昨年のイタリアのトリエステでの研究担当大臣会合では議長総括が発出されている。11月16日に発表された「バリ首脳宣言」には、今年のG20関連大臣会合の議長総括等が付属文書として添付されているが、その中にも研究・イノベーション大臣会合の文書は見当たらなかった。大臣会合の成果文書がなぜ最終的に纏まらなかったのか(あるいは、纏まったにも関わらずなぜ公表されなかったのか)等については公式には明らかになっていないが、他の大臣会合の場合と同様、おそらくウクライナ紛争を巡る評価等と関連があることは想像に難くない。

G20バリ首脳宣言の本文では、研究・イノベーションについては短いパラグラフが充てられた(パラ45)。同パラは、「様々な分野における持続可能な資源利用に関する研究及びイノベーションの重要性を認識」し、「グリーンエコノミーやブルーエコノミーを含む持続可能な開発を支援するため、生物多様性の保全とその活用に関する研究・イノベーションの協力を歓迎する」旨述べ、「研究とイノベーションを促進するための包摂的な協働を推進するとともに、研究者の国際的な移動を促進する」とした 1

昨年のG20ローマ首脳宣言では、デジタル経済やAI等への言及が見られたが、研究・イノベーションそのものへの直接的な言及は見られなかった。一般的には首脳宣言での言及は政治的にそれなりに重たいと評価できようが、内容的には、首脳宣言の他の部分と比較しても、どちらかといえば一般的な内容にとどまった観は否めない。少なくともこの首脳宣言の表現からだけではRIIGプロセスでどのような議論が行われ、何がどこまで纏まったのかは必ずしも十分見えてこない。大臣会合の成果文書が通常どおり公表されていれば、そのような点を補う材料を提供してくれたはずである。

研究・イノベーション大臣会合の開催に当たってのプレス会見(10月28日)において、今年のRIIGプロセスを主導したインドネシア国立研究革新庁(BRIN)の関係者は、研究・イノベーションに関する国際協力の重要性を強調した上で、同大臣会合に提示されるRIIGプロセスの成果に関して次の4点に言及している。

  1. ① 生物多様性と関連エコシステムの保護、保全、回復及び持続可能な利用
  2. ② 持続可能な開発全般、及び特にバイオ基盤の製品・サービスを含むグリーン/ブルーエコノミーのための新技術とイノベーションの革新、試験、適用及び実施
  3. ③ バイオテクノロジーの開発
  4. ④ 入手可能で信頼できる持続可能な現代的なクリーンエネルギーへのアクセスをすべての人々に確保するために新しい再生可能エネルギーの利用

この説明振りから見るに、RIIGプロセスにおいてこれらの事項の重要性についてメンバー国間で意見の集約があったことが推察できるが、これらに関して具体的にどのような国際協力を実施していくか等、具体的アクションについては、この説明だけでは十分に理解することは難しい。12月07日現在、大臣会合の成果文書が未公表であることが残念であると重ねて言わざるを得ない所以である。

BRINは、G20研究・イノベーション大臣会合のタイミングに合わせて「インドネシア研究・イノベーション・エキスポ(InaRI Expo 2022)」を開催している。このエキスポは、研究・イノベーションの成果を内外に示すための年次イベントであるが、今年はG20のRIIGプロセスのサイドイベントとしての位置づけの下、「デジタル・ブルー&グリーン経済:食料・エネルギー主権のための研究とイノベーション」と題してより大規模に開催されたようである。こうした企画の実施も、G20プロセスを盛り上げるための議長国としての貢献の1つとして評価されるであろう。

RIIGプロセスの主要テーマ:生物多様性と国際協力の強化

今年のRIIG会合は、2月の準備会合を皮切りに、4月、8月、10月の3回に亘って開催された。第3回会合は、研究・イノベーション大臣会合の前日(10月27日)に行われている。RIIGの議長役を務めたBRINは、各会合の前に記者会見を行い、プレスリリースも発表している。そこでの説明振りを追うことで、議長国インドネシアの狙いをある程度読み解くことができる 2

2月の準備会合に関する記者会見において、ハンドコBRIN長官(閣僚級)は、ポスト・コロナの経済回復を目指すG20メンバーは益々地球規模問題に直面しており、その対応において研究・イノベーションの果たす役割が大きいことを強調し、そのために必要となる施設、インフラ、資金の共有を通じた国際的な協力とパートナーシップの構築が重要である旨強調した。また、グローバルな生物多様性研究をはじめとして、より野心的な目標を設定する必要があるが、G20メンバーの間では研究分野における大きな能力ギャップがあるとし、「各国の適切な政策に支持された関係者間のより堅固な協同体制を築く必要がある」とした。具体的には、生物多様性、海洋調査、新・再生エネルギー、宇宙・地球科学等のテーマについて国際的な研究・イノベーション協力を強化することを前向きに検討する必要がある旨強調した。

議長国インドネシアが今年のRIIGプロセスで生物多様性を特に重要なテーマとして取り上げることを企図したことは、バリ首脳宣言での最終的な言及振りを見ても明らかである。昨年のトリエステでのG20研究担当大臣会合の大臣宣言では、研究と高等教育におけるデジタル化の活用とそれに関連する問題にほとんどの紙幅が費やされたこととは大きな違いである。先にG20プロセスにおいて議長国の裁量が働く余地がある旨述べたが、まさにRIIGプロセスにおけるテーマ設定において議長国インドネシアの強いイニシアチブを見て取ることができる。

一般的に生物多様性が豊かな東南アジアでも、とりわけインドネシアは「メガ・ダイバーシティ国家」と呼ばれ、海洋資源を含め、生物資源に富む国である。動植物資源の利用価値は多岐に亘るが、特に植物や微生物由来の生物資源は創薬において価値が高い。ワクチンや治療薬の開発問題を通じて、コロナ禍はバイオ研究の重要性を世界的に再認識させる機会となった。

一般的に海洋資源の持続可能な管理や生物多様性とそのエコシステムの保全は、一国の経済社会発展に直接的なインパクトを与える。このことは海洋国家インドネシアに特に当てはまる。海洋生物多様性の維持には宇宙科学技術を活用したモニタリングも必要となるだろうし、気候変動と生物多様性保全に対応するためにはクリーンエネルギーの開発が重要となる。CCS(二酸化炭素回収・貯留技術)、水素技術、バイオ燃料等と並んで原子力エネルギーの活用に向けた研究開発も重要になる。インドネシアにとっての優先課題である海洋資源の持続可能な管理と生物多様性の維持には、このように多岐にわたる科学技術・イノベーションが関連してくる。バリ首脳宣言でのブルーエコノミーとグリーンエコノミーへの言及からも、そのような基本認識を見て取ることができる。

そのような多様な生物資源を保持しつつ、適切な形で活用していくためには、この分野での研究・イノベーションの推進が不可欠である。しかし先進国と新興国を含むG20メンバーの間にはいまだギャップがあり、国際的に相互協力を強化していく余地が大きい。インドネシアは、新興国のG20議長国としての立場から、この分野での国際協力を具体的に促進する中でこのギャップを埋める方途を模索するとともに、できれば自国にとっても何らかの具体的なメリットを引き出したいとの狙いがあったものと思われる。約10カ月に亘るRIIGプロセスを振り返って、議長国インドネシアの当初の狙い(目標)はどの程度達成されたと言えるであろうか。

確かに、生物多様性は当初からインドネシアにとって最重要テーマの1つであったと思われるが、2月のBRINの会見では、生物多様性と共に、海洋調査、新・再生エネルギー、宇宙・地球科学等にも言及があった。しかし、バリ首脳宣言の関連パラでは、新エネルギー・再生可能エネルギーへの言及はあるものの、基本的にもっぱら生物多様性に言及する形になっている。

また、国際協力の具体的な方法に関しては、2月の会見でBRINは、「施設、インフラ、資金の共有を通じた国際的な協力とパートナーシップの構築」を目指したいとの意向を示していたが、バリ首脳宣言では「包摂的な協働を推進するとともに、研究者の国際的な移動を促進する」という比較的一般的な内容にとどまった。ここでの論点は、いわゆる「オープンサイエンス」という考え方に関わってくるものである。研究・イノベーション大臣会合では、「オープンサイエンス」という言葉遣いを含め、この問題について然るべき議論が行われたものと推察するが、首脳宣言には「オープンサイエンス」の考え方やそれを実現するための具体的なアクションについて踏み込んで敷衍するまでには至っていない。

現在公表されている情報の範囲で判断する限り、議長国インドネシアがRIIGプロセスの開始に当たって定めたテーマの範囲(スコープ)と国際協力の具体化に関する野心の度合いの2点について、当初の狙いが十分達成されたのかどうかについては評価が分かれそうである。もちろんG20はマルチのプロセスであり、その成果はメンバー国間の議論の結果であり、その責任は議長国にのみに課されるべきものではない。しかしながら、ことほど左様に、研究・イノベーションであれ、他のテーマであれ、一般的な国際協力の重要性を謳うことを超えて、多様な意見と立場を持つ主要20カ国の間で調整を図って、具体的な協調行動をコンセンサスで導き出すという作業は決して簡単ではないという現実が改めて明らかになった。

=つづく

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