景況悪化でもテック系人材の育成に注力 シンガポール

2023年2月13日 JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 斎藤 至

ICT業界でテック系人材市場の大規模な変動が生じている。米国では新型コロナウイルス禍でテック関連の需要拡大が見込まれたが振るわず、ある調査では2022年は10月から12月だけで8万人近くのレイオフ(一時解雇)が生じたとしている 1。シンガポールも例外ではなく、解雇人数は、2022年の上半期が260名、下半期は1,270名であったと報じられている 2。このようにテック系人材の雇用削減が世界的に進む中、シンガポール政府は将来を見越して人材育成・雇用拡充策を相次いで打ち出している 3

かねてから科学技術人材の確保に注力するシンガポール。今後も新たなテック系人材の活躍に注目だ
(写真はイメージ)

まず2021年4月から、政府系企業テマセクとグローバルIT企業USTの連携で設立されたテマス(Temus)が、情報通信メディア開発庁(IMDA)の支援を受け、テック系人材転換プログラム「Step IT Up x Temus」を開始した。Step IT Up x TemusはICT分野未経験者に短期間でデジタル分野のリスキリングを施し、自社ないし業界の人材として雇用する事業である。2022年下半期には22名の第1期生を輩出した。

また2022年11月からは、政府により公共部門の労働需要を充足する新事業「Tech for Public Good」が開始され、現在も継続中である。60以上の国内事業者、ソフトウェア・エンジニアリング、製品管理、デザインなどの多分野で700以上の技術職の求人がウェブサイト上に公開され、政府技術局の一部門であるオープンガバメントプロダクト(OGP)で募集中である 4。シンガポールのジョセフィン・テオ(Josephine Teo)通信情報相は、本事業に関して「シンガポールの成功の核心は常に人材であり、デジタル化の分野でも例外ではない」と述べる。他方で事業の意図を「ICT業界におけるレイオフの吸収策ではなく、公共サービスにおける重要課題に取り組む優秀な人材を確保するため」とも語り、積極的かつ中長期的な施策である旨を明らかにしている。

更に2023年1月13日には、政府系スタートアップ支援組織SGInnovateが主導するディープテック・タレント・セントラル(DTTC)の立ち上げが発表された。人工知能(AI)、バイオテクノロジー、量子技術などのディープテックの分野で働く人材を2025年までに最低900名育成する新しい人材イニシアティブが展開される見込みだ。シンガポールのヘン・スイキャット(Heng Swee Keat)副首相兼国家研究基金(NRF)理事長は、同日の会見で「本構想は、実践と機会を共有することで、急成長するディープテック分野で利用可能な資源を有効に活用するものだ」と表明した 5

一連の報道は公開配信され、メディアを通じて優秀な人材を募りたい政府の意図も垣間見える。長引く新型コロナ禍と景況悪化という二重の苦境を、優秀なテック系人材確保のチャンスに変えられるか、シンガポールの動向には今後も注目すべきだろう。

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