東南アジア諸国ではAIの研究開発がいかに進んでいるのか

2024年1月16日 斎藤 至(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)

2023年はChat GPTに代表される対話型生成系AI(人工知能)の著しい発展が世界の注目を集めた。一方で、フェイクニュース、ハルシネーションなど、事実に基づかない情報をAIが生成する事象、精度の高い詐欺メール工作など技術の悪用に関する懸念も、つとに指摘されている。適切なプロンプト(構文)の作成や予測精度の高い学習モデルの設計のみならず、信頼性ある技術利用を促す枠組構築は喫緊の課題である1。本稿では、勃興する東南アジア諸国において、技術開発の動向を概観し、信頼性あるAI利用のための取組について幾つかを紹介し、今後の展望を試みる。

AIのポテンシャルを活かしつつ、適切な利活用ガイドライン整備が求められる(写真はイメージ)

東南アジア諸国のAI研究開発概況

東南アジアで、AI分野での学術論文はどのような動きを見せているのか。Web of Scienceを用いて東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要6カ国を対象に経年推移を見たところ、シンガポールとマレーシアが上位2位で推移し、ベトナム・インドネシアが続く。特に2021年から2022年には、シンガポールで顕著な報数の伸びが見られた。2023年には、世界の高被引用論文約2,200報のうち、シンガポール発の論文は全世界の4.9%を占め、これはアジア・太平洋で中国・インド・韓国に続いて第4位に相当する。

図 ASEAN主要6カ国のAI関連論文発表数の推移
出典 Web of Science。2015年から2022年まで(原著論文・会議報告)を対象に、共著国にASEAN主要6カ国が含まれるものを対象とした。

政策動向を見ると、ASEAN主要国ではここ2~3年で国家AI戦略の策定が相次いでいる。シンガポールは最新の5カ年計画RIE2025(2020年12月発表)の中でAIを重点分野に位置付け、これに先立つ2019年には国家AI戦略(NAIS)を策定している。シンガポールに続き、インドネシアは2020年に国家AI戦略(Stratnas AI)を発表して2045年までの長期的な道筋を示した。また2021年にはマレーシアが国家AIロードマップを、ベトナムがAIの応用に関する2030年までの研究開発10カ年戦略を、2022年にはタイがAI戦略・行動計画2022-27を、それぞれ策定している2

スマート・ネイション建設と連動して先駆:シンガポール

シンガポールは、2014年にスマート・ネイション構想を発表して以来、デジタル国家の建設へむけて、東南アジア地域はもとより世界に先駆けて取り組んでいる。2023年6月には情報通信メディア開発庁(IMDA)が、AIを倫理ガバナンス原則と照合し検証するツール「AI Verify」の開発・利活用を促す財団を設立した3。2023年12月4日には既報の通り、国家AI戦略を改定し(NAIS 2.0)、AIを国の基幹技術として位置付け、包括的かつグローバルな視点に立った再編を行った4。AI Verify 財団のプレミアメンバーにはGoogle・IBM・セールスフォースなど米大手IT企業およびIMDAが名を連ね、信頼性あるAIの利活用環境整備に注力する体制を整えている5

人材育成の面では、分野特定型のプログラムとしてAIシンガポール(AISG)が2017年に創設された。国内6つの自治大学を対象校として、「100 Experiments」に選定された研究プロジェクトに対して上限33万シンガポールドル(約3,560万円)を投じて研究開発を振興し、NAIS2.0によって一層手厚く強化されている6

高い成長ポテンシャルで注目:インドネシア

インドネシアはその経済規模・人口規模から、さまざまな科学技術の次なる成長ポテンシャルを秘めた国として注目を集めている。AIに関してもアメリカCSETが2021年8月に調査報告書を発表し、可能性と課題を分析している。中でもtokopediaやGojekなどのユニコーン企業は、過去5年でアメリカと中国双方のベンチャーキャピタルから多額の投資を受ける現状が把握されている7

インドネシア政府は技術面だけでなくその倫理的・法的・社会的側面(ELSI)の整備にも注力する。2023年12月19日には、AI倫理に関する回状(2023年第9号)を発表した。AI企業やシステム提供者に対して、個人データ保護と人権侵害防止を提示し、技術開発に関する情報を提供することで、技術による悪影響や損失を防ぐ。電子情報取引法や個人情報保護法など、いくつかの法的根拠を有し、実質的な拘束力を有する。KOMINFO報道発表によると、通信情報省は後述する「AIに関する特別規則」にむけた先鞭とみられている8

豊富な高度人材で、世界のR&D拠点へ:ベトナム

ベトナムでは冒頭に見た通り、2018年頃からAI分野の論文数が漸増している。当センターの過去調査によれば、2020年現在、2011~13年と比べてコンピュータ科学分野の論文数増加も顕著となっている9。2020年8月には、国内最大手のIT企業FPTがクイニョン(Quy Nhon)へAIセンターを設置した。AIに関する東南アジアおよび世界の研究開発拠点を目指すほか、AI専門の大学を併設して学生500人(2023年4月現在)を受け入れ、高度専門人材の育成と確保も進められている10

ASEAN域内でのガバナンス整備へむけて

AIの急速な浸透に伴い、東南アジア諸国でも全世界と同じく、プライバシーや著作権・知的財産権の侵害リスクが懸念されている。これに対しASEANでは、国家連合全体でのAIガイド策定を前に進める方針だ。2023年9月には、2025年までの成立を目指し、デジタル経済枠組合意(DEFA: Digital Economy Framework Agreement)の形成に向けた交渉も始められた11

国際機構の動向と相まって、加盟諸国でもデータガバナンスの基礎づくりが急速に進むと予想される。先駆するシンガポールをはじめ、インドネシアでも通信情報省(Kominfo; MCI)が中心となって12月19日に特別倫理規則が採択された。先端技術の適正な利活用を管理しつつ、科学技術イノベーションの着実な促進につなげていく政策的取組が望まれる。

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