2024年5月9日 斎藤 至 (JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
シンガポールはアジア・太平洋地域でも屈指の科学技術力を持つ先進国であるが、域外諸地域とも積極的に協力関係を取り結んできた。本稿ではEUとのこれまでの関係へ簡単に触れつつ、最近の新たな動向について考察を加える。
シンガポールはマラッカ海峡に面した港市国家として発展し、科学技術に関しては中期計画で戦略的に分野を絞り、2000年代初頭から欧州を含む外国のトップ人材を積極的に招聘して急速に能力を高めてきた。論文データから見ると、量子科学技術・ナノ材料・人工知能(AI)などの先端技術で強みを示している1。また、その地理的特性からカーボン・ニュートラルやエネルギー安全保障が国家課題と認識され、水素エネルギーや浄水技術の開発にも注力している。
シンガポールは東南アジア諸国連合(ASEAN)の主要国の1つであるが、加盟国内で主導的な立場を取るよりは、域外諸国との共同研究を推進し、EUとも独自のパートナーシップを築いてきた。通商ハブとしての性格から、自由貿易協定(FTA)や投資保護協定、パートナーシップ協力協定などは他のASEAN主要国に先駆けて2018年に結ばれた。2022年の外交樹立45周年に際しては、FTAを含む通商関係を基盤としてデジタルパートナーシップ(EUSDP)に実質合意し、2023年2月には双方がこれに署名した2。
ASEAN-EU外交関係45周年の記念サミットで会談するリー・シェンロン首相(左)とウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(右)。同サミットで両国はEUSDPに実質合意した
© European Union, 2022 / Source: EC - Audiovisual Service / Photographer: Christophe Licoppe
4月23日、欧州委員会とシンガポール政府は、欧州連合(EU)が2020年より開始した研究イノベーションプログラムであるHorizon Europeへの準加盟国入りを模索する協議を開始した。準加盟国とは、EU加盟27カ国以外でHorizon Europeの全体プログラムに参加できる国を指し、(a) EFTA加盟国、(b) 加盟交渉中・加盟候補の国、(c) 欧州近隣諸国、(d) ある3つの特定条件3を満たす国、からなる。世界では19の非欧州圏の国々が準加盟国となっている。シンガポールは日本・韓国などと共に(d)の条件を満たしており、もし今回参加することとなれば、アジア・太平洋で参加条件を満たした諸国のうち、参加を表明した初の国となる4。
イリアナ・イヴァノヴァ欧州委員会イノベーション・研究・文化・教育および青少年担当委員は、シンガポール国家研究基金(NRF)のタン・チョー・チュアン常任秘書と会談したのち、協議の開始を発表した。また、NRFべー・キアン・テイクCEOは、「科学技術イノベーション担当事務局との緊密なコラボレーションを楽しみにしている」と自身のSNSでコメントした5。
協議開始の背景には、EUがシンガポールの顕著に優れた科学技術力に着目し、その参加を促すことを通じて東南アジア地域との協力を深めようという狙いがあると考えられる。対して、シンガポールは近年、自国内での研究人材育成にも力点を移してきており、EUによるファンディングプログラムへの参加で、更なる研究成果の強化が期待される。