シンガポール国立大学(NUS)は1月6日、NUSの研究者らが有害な副作用を低減しながら、乳がんの化学療法の効果を高める非侵襲的な方法を開発したと発表した。研究成果は学術誌Cancersに掲載された。
アルフレド・フランコ-オブレゴン(Alfredo Franco-Obregón) 准教授(中央)と研究チームメンバー
この研究は、NUSヘルス・イノベーション&テクノロジー研究所(iHealthtech)の主任研究員であり、NUSヨンルーリン医学部(NUS Medicine)外科のアルフレド・フランコ-オブレゴン(Alfredo Franco-Obregón) 准教授の主導する研究チームが、局所的に磁場パルスを適用することで、健康な組織への影響を最小限に抑えつつ、乳がんの化学療法薬であるドキソルビシン(DOX)の取り込みを有意に増加させることを実証した。
DOXは乳がんの化学療法に一般的に使用される薬剤であり、DNAに結合し、細胞の複製と呼吸を妨害することで、がん細胞を死滅させる。しかしながら、DOXは非選択的な薬剤であるため、健康な組織にも損傷を与え、心筋症や筋萎縮など、軽度から重度までの副作用を引き起こす可能性がある。
(提供:いずれもNUS)
研究チームは、磁場を用いた化学療法がヒトの乳がん細胞と健康な筋細胞に及ぼす影響を比較する実験を行った。その結果、乳がん細胞が磁気パルスにさらされるとDOXを多く取り込むのに対し、正常組織はそれほどDOXを取り込むことはなかった。特に低用量の薬剤では、10分間の磁場照射によって、同程度のがん細胞の死滅に必要な薬剤濃度が半減した。一方、健康な筋細胞では、DOXと磁気パルスの併用による細胞死の増加は見られず、非がん組織に対して高い保護効果があることを明らかにした。
研究チームは、こうした研究を通して、TRPC1として知られるカルシウムイオンチャネルの役割についても明らかにした。TRPC1は乳がんを含む侵攻性のがんによく見られるものである。この研究では、磁場に照射されるとTRPC1が活性化し、がん細胞へのDOXの取り込みを促進する能力が高まり、TRPC1の発現を減少させ、その活性を阻害すると、DOXの取り込みの効果がなくなることを実証した。
今後の研究では、患者の腫瘍に局所的に磁場を照射することで、これらの知見を臨床に応用することに焦点を当てる。これにより、がん細胞への局所的な薬物送達を最大化しつつ、DOXの投与量を減らす可能性を検討する。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部