シンガポール国立大学(NUS)は5月22日、がん免疫細胞療法に用いる遺伝子導入を効率化・安全化する新技術ナノストロー電気駆動トランスフェクション(NExT)を開発したと発表した。研究成果は学術誌Biomaterialsに掲載された。
研究を率いるアンディ・テイ(Andy Tay)助教授(右)
今回開発した技術は、ウイルスを用いず、ナノストローと呼ばれる微細な中空構造体と電気パルスを用いることで、mRNAやタンパク質、ゲノム編集ツールなど多様な生体分子を免疫細胞へ高効率かつ低負荷で導入できる。この方法は、従来のウイルスベクター法やバルク電気穿孔法に比べ、細胞へのダメージが少なく、安全性や柔軟性の面でも優れているとされる。
この研究は、NUSのデザイン・エンジニアリング学部およびヘルスイノベーション・テクノロジー研究所のアンディ・テイ(Andy Tay)助教授が率いる研究チームにより進められた。研究チームは、1回の操作で1400万個を超える免疫細胞に遺伝子導入を成功させた。対象となった免疫細胞にはガンマデルタT細胞や制御性T細胞、樹状細胞、マクロファージ、ナチュラルキラー細胞、好中球など操作が難しい細胞タイプも含まれている。
がんは依然として世界の主要な死亡原因の1つであり、毎年約1000万人の命を奪っている。近年登場した最も有望な治療戦略の1つとして個別化がん免疫治療であるキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)療法が知られている。NExTは遺伝子送達を迅速化し、細胞へのダメージも軽減することにより、このCAR-T細胞療法の製造工程を簡素化し、コスト削減や品質安定化につながり、高コストと製造上の課題によって制限されている患者の治療に貢献する可能性がある。
NUSの研究者が開発したNExTプラットフォームは、細胞と高密度のナノストローの集合体を接触させることで機能する。弱い電気刺激を加えると、ナノストローが細胞膜に一時的な孔を開き、mRNAやCRISPR/Cas9複合体などの生体分子を細胞質内に直接導入する
(提供:いずれもNUS)
前臨床試験では、一次T細胞においてタンパク質導入効率94%、mRNA導入で80%以上の効率を達成し、増殖・移動・サイトカイン産生などの機能も維持された。テイ助教授は「遺伝子を導入した後も、免疫細胞が腫瘍と闘う重要な特性を保っていることから、このプラットフォームは、治療に必要な効率と細胞の質の両方を兼ね備えていると考えられます」と述べた。今後は、臨床試験に進む前に前臨床研究でこの技術を検証するとともに、業界パートナーと協力して、実際の商業環境でプラットフォームをテストする機会を積極的に模索する。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部