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【26-04】中国の研究人材育成に対する米国の影響(1)
米国の新たな国家安全保障戦略が示唆する外国人材の受け入れ政策

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長) 2026年02月10日

はじめに

 2025年11月末、トランプ政権は米国の国家安全保障戦略(以下「新戦略」という)を新たに公表した。この新戦略は、軍事・外交のみならず、経済、科学技術、移民問題を含む国家運営の基本方針を包括的に示すものであり、今後主要国が米国に向き合っていくにあたり、その政策を選択していく上で極めて重要な文書である。

 本コラムでは、新戦略が外国人材、とりわけ博士課程学生や研究者といった研究人材の米国への受け入れ政策にもたらす展開を見通し、そのことが研究人材の国際的流動性にどのような影響を及ぼし得るのかを検討する。また、本コラムは、中国の研究人材の海外における育成・交流をシリーズで解説するに際しての序章の位置づけを有するものであり、米国の科学技術・イノベーションを長年支えてきたとされる中国人留学生・研究者の米国への流入動向を今後展望するための基礎的情報となることを期待する。

 国際的な知の循環が人類全体の知的進展や各国経済の発展に不可欠であると認識される今日において、世界最先端の研究拠点である米国の政策転換は、国境を越えた人材移動の在り方に大きな影響を及ぼす可能性を有している。

新たな国家安全保障戦略の位置づけと外国人材受け入れ政策との関連

 今回の新戦略に対する日本のマスメディアの関心  は、西半球を最優先地域とするモンロー主義の復活と日本に対する防衛費負担の増額要求等であった。実際、米国は これまで自国が担ってきた費用負担を是正するため、同盟国に対してより大きな役割分担を求める姿勢を強めている。

 しかし、国家安全保障戦略の意義は直接的に軍事に係わる政策  に限定されるものではない。歴代政権を振り返っても、ブッシュ政権、オバマ政権のいずれにおいても、8年間の任期中に策定された戦略は2回にとどまっており、その位置づけは極めて重い。国家安全保障戦略は、国家がどのような価値観と優先順位に基づいて行動するのかを示す、国家意思の集約と位置づけることができる。

 第一次トランプ政権が2017年に策定した戦略では、中国およびロシアとの戦略的競争が明確に打ち出されるとともに、地球温暖化を国家的脅威と位置づけないなど、大統領個人の政治的信条が色濃く反映されていた。

 今回公表された新戦略では、その傾向がさらに鮮明となっている。新戦略全体を貫く狙いは、トランプ大統領の掲げる「米国第一主義」を国家運営のあらゆる領域において徹底することにある。

 新戦略は基本原則として、「明確な国益」「力による平和」「制限された正統な介入主義」「柔軟な現実主義」「国家の優位性」「主権と尊厳」「力の均衡」「労働者重視」「公正」「能力と実力」を掲げている。ここには国家の主権と安全を最優先に位置づけ、国境管理や移民政策を通じて米国の安定と繁栄を確保しようとする強い意図が読み取れる。

 基本原則のうち、外国人材受け入れ政策に関係するものは「労働者重視」と「能力と実力」である。

 まず、「労働者重視」で想定されているのは、単なる働き手としての労働力ではなく「米国人たる労働者(our own workers)」である。この原則は外国人材の雇用を直接否定するものではないが、経済成長の成果を広範な米国人労働者に還元することを重視する思想であり、外国人材の活用に対して抑制的な方向性を内包している。

 より直接的に外国人材受け入れ政策と結びつくのが「能力と実力」である。新戦略は、米国の繁栄が米国人の能力と実力によって築かれてきたとの認識を示した上で、グローバルに才能を求めて労働市場を開放することが、結果として米国人労働者の地位を損なってきたと主張している。能力主義の名の下で外国人材を受け入れることへの強い警戒感が、ここでは明確に示されている。

米国における外国人材受け入れ政策に関する議論

 米国では長年にわたり、外国人材をめぐって二つの立場が対立してきた。一つは、移民や外国人材の貢献こそが米国の経済的・科学技術的発展を支えてきたとする立場である。もう一つは、外国人材の流入が雇用喪失や技術流出、国家安全保障上のリスクをもたらすとする立場である。

 この対立は留学生の就労に関連する制度にも影響を及ぼしてきた。前者は学生ビザ発給時の帰国義務の確認の撤廃、就労機会拡大、永住権取得の円滑化を主張し、後者はOPT(Optional Practical Training:任意実務訓練)制度(留学生が学業中または卒業後に専攻分野に関連する実務訓練を受けられる制度)やH-1B制度(学士以上の高度専門技能人材を米国で一時的に雇用するための制度)が米国人雇用を圧迫しているとして規制強化を求めている。

 米国の歴代政権はこれまで、外国人材の貢献を通じて米国の国際競争力を維持・強化するという判断を示してきた。例えば、2008年のブッシュ政権下ではSTEM分野のOPT期間が29か月へ延長され、さらにオバマ政権期には36か月まで拡張された。また、近年では、CHIPS and Science Actにおいて、半導体産業の要請を背景に、STEM系留学生がH-1Bビザを円滑に取得する仕組みが検討されてきた。

 しかし、今回の新戦略は、こうした流れを根本から見直す思想的転換を示唆している。

トランプ政権の移民政策の変遷と国際的影響

 第一次トランプ政権期の移民政策の中心は、不法移民対策であった。2017年就任直後に取られた特定国への入国制限措置を皮切りに、国境管理の強化、不法滞在者の強制送還、移民を雇用する企業への監査強化が進められた。また、「Buy American, Hire American」のスローガンの下でH-1Bビザの審査が厳格化され、企業にとって大きな負担となった。

このような移民政策の強化の一方で、外国人留学生や研究者の受け入れが広範に制限される段階には至っていなかった。

2025年1月にトランプ氏が再び大統領に就任して以降、移民政策は新たな局面を迎えている。入国制限の対象国は75か国にまで拡大し、その影響範囲は大きく広がった。当局による不法滞在者の強制送還が一層強行に進められている。

一方、反イスラエル的な留学生の示威行動を取り締まらない大学への助成金制限の示唆、留学生情報の開示要求、学生ビザ申請時の学業遂行意図の宣言、中国共産党関係者へのビザ取消方針、SNS情報提出要請、学生ビザの年限設定案など、留学生を直接対象とする措置が相次いで打ち出されている。

これらのほか、第一次トランプ政権時に取られたチャイナ・イニシアチブや、第二次トランプ政権で深刻化している国立科学財団(NSF)、国立衛生研究所(NIH)等における研究費削減など外国人材受け入れ政策そのものには関わらない広範な政策が、米国を研究拠点として選択する魅力を低下させる要因ともなっている。

 主要国では研究人材獲得競争が激化しており、米国の政策転換を好機と捉え、ビザ緩和、研究費、生活支援を含む包括的な誘致策を拡充する動きも見られる。中国が2025年に新たなKビザ制度を導入したことは、その象徴的事例である。

おわりに──今後の見通しと政策的含意

 以上のように、最新の国家安全保障戦略は、外国人材をめぐる米国内の長年の議論に対し、トランプ政権が明確な方向付けを行おうとしていることを示している。

 今後、学生ビザへの年限設定(例えば4年)やOPT制度への制限が現実の政策として導入されれば、中国人をはじめとする外国研究人材の動向に大きな変化をもたらす可能性は高い。こうした「歓迎されていない議論」の存在自体が、留学生、研究者に予防的な判断を促し、米国以外の学業・研究拠点を早めに選択させる要因ともなり得る。

 米国を中心とする外国人材受け入れ政策の動向を継続的かつ多面的に把握し、その分析を政策立案に生かしていくことが、今後ますます重要となるであろう。

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