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中国の卓越的イノベーション人材育成、新段階へ-研究と教育の統合モデルの進化-

2026年06月23日

黄 福涛

黄 福涛:広島大学高等教育研究開発センター教授

略歴

専門は比較高等教育研究・高等教育国際化・研究大学論。
中国・日本・アジアを中心に、研究大学、大学教授職、科学技術政策と大学の関係に関する国際比較研究を行っている。

はじめに

 本シリーズでは、中国の高等教育改革を「制度設計」という観点から捉え、人材育成、産学官連携、大学ガバナンス、国際化といった諸要素の相互関係を段階的に分析する。本稿はその第1回として、近年の卓越的イノベーション人材育成(中国語の「拔尖创新人才培养」、すなわち卓越した革新的人材の育成)の変容に焦点を当て、とりわけ研究と教育の関係がいかに再構成されつつあるのかを検討する。

 近年、中国の高等教育は量的拡大から質的転換へと移行している。その中核にあるのが、研究能力とイノベーション能力を兼ね備えた人材の育成である。しかし重要なのは、この課題が単なる教育内容の改善としてではなく、大学制度全体の再編を伴う問題として認識されている点にある。すなわち、教育・研究・人材育成の関係そのものをいかに再設計するかという問いが、国家レベルの制度課題として前景化しているのである。

 このような問題意識のもとで、従来の学士課程教育モデルの限界と、その転換の方向性を検討する必要がある。

教育モデルの限界と転換

 従来の学士課程教育は、教養教育や専門教育、職業技術教育(日本では、専門職大学などに相当)など多様なモデルで構成されてきたが、基本的には既存知識の習得を中心としていた。しかし、科学技術の進展と国際競争の激化により、知識創出能力の育成が強く求められている。特に先端技術分野では外部依存の制約が顕在化し、「核心技術」に関わる自立的人材育成の必要性が高まっている。

 このような背景のもとで進められているのが、「知識学習から知識創造へ」という転換であり、その制度的表現として学士課程教育段階における研究型教育モデルの導入が進められている。

三段階で進化する人材育成モデル

 中国における卓越的イノベーション人材育成は、制度的には三つの段階を経て発展してきた。

 第一段階は、主として2000年代初頭以降に展開された「所系結合型」である。中国科学院大学などに代表されるこのモデルでは、大学教育と研究所が直接結びつき、学部生は早期から研究環境に参与する。例えば、学生が中国科学院の研究所に配属され、研究チームの一員として活動する仕組みが整備されている。研究主導型の教育として高い専門性を有する一方で、教育体系としての独立性や制度的整合性には課題が残された。

 第二段階は、主として2010年前後以降に展開された「協同育人型」である。この段階では、大学、研究機関、政府、さらには産業界が連携し、教育と研究の循環構造が形成された。例えば、浙江大学では、大学、研究機関、産業界との連携を通じて教育と研究を結びつける協同育成体制が構築されており、企業や研究機関と連動した実践的な教育プログラムが展開されている。

 第三段階は、主として2020年代以降に展開されている「一体化型」である。このモデルでは、教育、科学技術、人材育成が個別に接続されるのではなく、学士課程教育の初期段階から統合的に設計される。例えば、清華大学や上海交通大学に設置された「未来技術学院」では、国家重点分野を対象に、教育・研究・産業ニーズを一体的に設計した人材育成が進められている。2022年以降、「教育・科技・人材の一体的発展」が国家戦略として明確化されたことは、この転換を示す重要な制度的動向である。

 以上の三段階は、研究型教育が単なる教育手法の変化ではなく、教育・研究・国家戦略の関係を再編成する制度的プロセスとして展開していることを示している。

研究型教育モデルの理念

 従来の大学教育において、研究は主として大学院段階や一部の高度な専門教育において行われる活動として位置づけられてきた。しかし中国においては、学士課程教育段階における研究型教育が、国家レベルの人材戦略として制度的に位置づけられ、教育・研究・産業の連携を通じて体系的に推進されている。とりわけ、研究活動を現実の社会課題や技術開発と結びつける点において特徴的である。人工知能やバイオテクノロジーなどの分野において、大学教育は研究訓練と同時に応用的課題への対応能力の育成を担っており、いわゆる「核心技術」の自立的確保とも密接に関連している。

 以上を踏まえれば、研究型教育とは単なる教育手法ではなく、「研究を通じて学ぶ」という原理に基づき、教育の目的・過程・評価を再構成すると同時に、国家的な人材育成戦略と結びついて展開される理念的枠組みであるといえる。

研究型教育モデルの組織的特徴

 研究型教育モデルの特徴は、その理念が教育組織の構造そのものに具体化されている点にある。すなわち、学士課程段階における研究活動は、従来のように課外的・補完的に位置づけられるのではなく、カリキュラム、学習環境、評価制度を横断して制度的に組み込まれている。

 この構造は三つの学習空間として整理できる。第一に、正規カリキュラムにおいて基礎知識の習得とともに研究志向の学習を行う「第一の学習空間」、第二に、研究プロジェクトへの参与を通じて仮説形成や検証を経験する「第二の学習空間」、第三に、国際交流や産学連携を通じて学習を社会的・国際的文脈へと接続する「第三の学習空間」である。例えば、中国科学院大学では「科教融合」(科学研究と教育の融合)の理念のもと、研究所資源と教育課程が一体的に運用されている。

 さらに、こうした理念を具体化するため、書院制や基礎学科育成拠点に設けられた特別クラス(いわゆる「基地班」)、および「抜尖班」などの特別プログラムが導入されている。これらは少人数教育や個別指導を通じて研究志向型人材の育成を担う教育組織として機能している。例えば、北京大学の元培学院に代表される書院型組織では、学際的カリキュラムと少人数教育を通じて、学生の探究能力を段階的に育成する仕組みが整備されている。

 加えて、学士課程から大学院への接続を前提とした一貫的な人材育成も重視されている。例えば、清華大学行健書院や上海交通大学致遠学院等の一部リーディング大学では、学士・修士・博士課程を通じた体系的な人材育成が制度的に整備され、研究活動への早期参与と継続的な育成を可能にしている。

 このように、研究型教育モデルは多層的かつ統合的な構造を通じて、知識の習得から創造への転換を制度的に支えている。

制度運用と教員の役割変容

 研究型教育の展開を支えているのは、評価制度の再構築である。従来は試験や単位取得が中心であったが、研究型教育においてはそれだけでは学生の能力を十分に把握できない。このため、多くの大学では、研究プロジェクトへの参加や研究成果の発表、さらには研究プロセスそのものを評価対象とする枠組みが導入されている。加えて、「学習・研究ポートフォリオ」を活用し、学生の成長過程を継続的に記録・評価する試みも進められている。これらは、評価方法の多様化にとどまらず、知識の再生産ではなく知識創造の過程に価値を見出すという教育目的の再定義を伴っている。

 こうした制度的変化は、教員の役割にも変容をもたらしている。従来の講義中心の教育に加え、研究指導やプロジェクト型教育への関与が求められるようになり、教育と研究の統合が教員レベルでも具体化されている。とりわけ、学生の研究活動を支えるためには個別指導や少人数教育が不可欠であり、教育組織の運営にも影響を及ぼしている。また、教員評価においても、研究業績に加え、学部生の研究指導など教育への貢献が重視されつつある。

制度的含意と中国モデルの特徴

 以上の分析から、中国における学士課程段階の研究型教育モデルは、単なる教育改革ではなく、制度再編として展開されていることが明らかとなる。第一に、教育・研究・評価が相互に連動する形で設計され、学習と研究が制度的に接続されている。第二に、教員の役割と組織運営がそれに対応して変化し、教育と研究の統合が制度的枠組みによって支えられている。第三に、人材育成が国家戦略と直接結びついている点に特徴がある。

 こうした特徴は国家レベルの政策的支援によって強化されている。「強基計画」(国家戦略上重要な基礎学科で、優秀な学生を選抜・育成する制度)や「科教融合協同育人行動計画」、「未来技術学院」などは、教育・研究・産業の連携を通じて研究型教育を体系的に推進する枠組みとして機能している。近年では、基礎学科における抜尖人材育成の強化に加え、人工知能や生命科学などの先端分野における人材育成モデルの構築、人文社会科学や学際領域における長期的研究支援も進められている。

 研究型教育自体は欧米の研究大学にも見られるが、中国ではそれが国家戦略と結びつき、制度的に整備されつつ、選抜的に展開されている点に特徴がある。とりわけ産学官連携との結びつきは顕著であり、研究型教育は学術能力の育成にとどまらず、産業競争力の強化とも連動している。その特徴は、教育手法の改善にとどまらず、制度設計を通じて教育・研究・国家戦略を統合している点にある。

 こうした国家主導型の制度展開は、高い推進力を持つ一方で、いくつかの制度的課題も内包している。第一に、その実施は主として一部のリーディング大学に限定されている。例えば、2026年3月時点では、290の抜尖学生育成基地が整備されているが、77の高水準大学および21の学科領域に集中しており、制度的に選抜的に展開されている。第二に、評価制度とカリキュラム体系の整備は依然として発展途上にあり、研究プロセスを適切に評価する枠組みは十分に確立されていない。第三に、教育機会の公平性と制度の持続可能性も重要な課題である。研究機会の偏在や短期的プロジェクトへの依存といった問題に加え、国際的な研究訓練や成果発信の制度化も求められている。

 以上の課題は、本モデルの限界であると同時に、今後の制度設計における重要な検討課題を示している。

参考文献

 

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