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中国の高等教育とイノベーション(第2回) 研究大学と産学官連携―制度設計からみるイノベーション創出―

2026年07月23日

黄 福涛

黄 福涛:広島大学高等教育研究開発センター教授

略歴

専門は比較高等教育研究・高等教育国際化・研究大学論。
中国・日本・アジアを中心に、研究大学、大学教授職、科学技術政策と大学の関係に関する国際比較研究を行っている。

はじめに

 近年、中国の科学技術政策をめぐる議論では、「高水準の科学技術の自立自強」という言葉が頻繁に使われるようになった。その背景には、米中間の競争激化や先端技術をめぐる輸出規制の強化など、科学技術を取り巻く国際環境の大きな変化がある。

 とりわけ中国で強い危機感をもって語られているのが、半導体、人工知能(AI)、先端材料、中核部品、高度な研究機器・設備などにおける、いわゆる「卡脖子問題」(重要な核心技術を海外に依存することによる技術的ボトルネック)である。直訳すれば「首を絞められる」という意味であり、重要な技術や製品を海外に依存しているため、その供給を制限されれば研究開発や産業活動そのものが停滞する問題を指している。

 こうした状況の下で、中国政府は研究開発投資を増加させるだけではなく、科学技術イノベーションを生み出す仕組みそのものを再編しようとしている。2023年には科学技術行政の大規模な再編が行われ、科学技術政策の統合的な調整機能が強化された。さらに、2026年3月に公表された「第15次五カ年計画綱要」では、「高水準の科学技術の自立自強」を独立した政策領域として位置づけ、独創的なイノベーションと核心技術の開発、体系的なイノベーション能力、技術革新の主体としての企業の役割、教育・科学技術・人材の一体的な発展を相互に関連する政策課題として掲げている。

 この変化の中で、研究大学には従来とは異なる役割が求められている。大学は教育と基礎研究を担うだけではなく、国家的な研究課題、産業界の技術開発、地方の産業振興を結ぶ結節点となりつつある。

 では、中国の研究大学は、政府や企業との連携を通じて、研究成果をどのように技術開発や社会実装につなげようとしているのであろうか。本稿では、新型R&D機関をはじめとする制度的な仕組みに注目し、中国における産学官連携の特徴と課題について考えてみたい。

研究大学化の成果と残された問題

 中国の大学と科学研究の関係は、長期的に見ると大きく変化してきた。

 1950年代初期に旧ソ連型の高等教育制度が導入されて以降、大学は主として専門人材を育成する教育機関として位置づけられ、科学研究は中国科学院をはじめとする研究機関が中心的に担ってきた。

 この構造は1980年代以降、徐々に変化した。大学院教育が拡大し、研究機能が大学に組み込まれた。さらに1990年代以降、「211プロジェクト」「985プロジェクト」、そして2017年に始まった「双一流」建設(世界一流大学・一流学科の建設)を通じて、重点大学に研究資金、人材、研究設備などの資源が集中して投入された。

 その結果、中国の主要大学の研究力は大きく向上した。Nature Indexによれば、中国は2023年に、質の高い自然科学・健康科学分野の学術誌への研究成果を対象とした国別指標で米国を上回り、その後も差を広げている。また、2025年版の機関別ランキングでは、中国科学院が第1位となり、中国科学技術大学、浙江大学、北京大学、清華大学など、中国の大学・研究機関が世界の上位を占めている。こうした変化は、中国の研究大学が、研究成果の「量」だけでなく、国際的に評価される研究の「質」の面でも存在感を高めていることを示している。AIの分野でも、中国の主要な研究大学は、人材育成、学際的研究、研究組織の整備を急速に進めている。例えば、清華大学ではAI関連の選択科目を38科目まで拡充し、上海交通大学は2025年に学部定員を150人増員して、AI、集積回路、バイオ医療、健康、新エネルギーなどの戦略分野に重点的に配置した。西安交通大学でも、「AI+X」の考え方の下で、AIをバイオ医療、情報技術、新型エネルギー貯蔵などと結びつける取り組みが進んでいる。これらの動きは、AIを一つの独立した専門分野として拡大するだけではなく、既存の学問分野や産業分野を横断する基盤技術として位置づけようとする方向性を示している。

 一方、教育、研究、成果の実用化を結びつける組織のあり方は、大学によって異なる。例えば、清華大学では、教育、研究、成果の実用化を大学内部のイノベーション体系の中で結びつける傾向が強い。上海交通大学では、大学と企業を結ぶ共同研究組織やプラットフォームが重要な役割を果たしている。一方、中国科学院大学では、中国科学院傘下の研究所を教育資源として活用し、研究活動と大学院教育を密接に結びつけている。このように組織形態は異なるものの、教育、研究、成果の実用化をどのような制度によって接続するかという課題に、それぞれ異なる方法で対応している。

 しかし、研究力の向上が、そのまま技術革新や社会実装につながるわけではない。

 大学は長期的な基礎研究や学術的な新規性を重視する。一方、企業は市場での収益性や事業化の可能性を考慮する必要がある。さらに、ボトルネック技術の開発には、多額の資金と長期間の研究開発が必要であり、成功の不確実性も高い。

 したがって、大学の研究能力と企業の技術開発能力がそれぞれ高まっても、その間に有効な接続の仕組みがなければ、研究成果は必ずしも製品やサービスには結びつかない。

 ここに、中国の産学官連携を理解する上で重要な問題がある。問題は、大学、企業、政府のいずれが最も重要かということではない。それぞれ異なる目的と行動原理を持つ主体を、どのような制度によって結びつけるかという問題である。

 ボトルネック技術の問題はなぜ大学だけでは解決できないのか。

 ボトルネック技術の克服は、一つの大学や研究所、あるいは一つの企業だけで完結するものではない。

 中国科学技術大学の潘建偉教授は、中核部品、重要材料、高度な研究設備などの自主開発は一つの組織だけでは困難であり、大学、研究機関、企業、ユーザーなどが参加する協同イノベーションの仕組みが必要であると指摘している。研究機関の研究能力、企業の製品開発能力、金融機関や社会資本の資金力などを組み合わせる必要があるという考え方である。

 この指摘は、中国の科学技術イノベーション政策の変化を考える上で重要である。

 従来の産学連携では、大学で研究成果が生まれた後、その成果を企業に移転するという直線的なモデルが想定されることが多かった。しかし、今日の先端技術では、基礎研究、応用研究、試作、中間試験、製品化、量産化の境界が必ずしも明確ではない。

 AIや半導体の事例でも、大学の基礎研究と企業の技術開発の関係は以前より密接になっている。中国の主要大学と国内の技術企業との連携も拡大しており、大学の研究、人材育成、企業の技術開発が同時に進行する傾向がみられる。

 したがって、研究成果を大学から企業へ一方向に「移転」するだけでは十分ではない。研究の初期段階から社会実装まで、異なる主体が異なる時点で参加できる制度的な経路が必要となる。

 中国では、この問題に対応するため、大学と産業界を結ぶさまざまな「中間装置」が形成されてきた。

大学科技園から新型R&D機関へ

 中国では1990年代末以降、大学の研究成果を産業化につなげるため、国家大学科技園が整備されてきた。大学科技園は、大学発企業の育成、技術移転、投融資支援、人材育成などを担い、大学と市場の間を結ぶ組織として一定の役割を果たしてきた。

 しかし、その主要な機能は、研究成果が生まれた後の事業化支援や企業育成に置かれてきた。これに対して、基礎研究、人材育成、技術開発、事業化をより継続的に結びつける新たな組織的試みとして注目されるようになったのが、「新型R&D機関」である。

 新型R&D機関とは、研究大学、地方政府、企業、研究機関などが共同で設立し、人材育成、科学研究、技術開発、研究開発サービス、成果の産業化などを総合的に行う組織である。中国の研究では、こうした機関は教育、科学技術、人材の一体的な改革を体現する組織形態として位置づけられている。

 その特徴の一つは、大学の通常の学部や研究科から一定の独立性を持つことである。

 多くの新型R&D機関は独立した法人格や財務運営の権限を持ち、人材採用、給与、研究評価、企業との契約などについて、従来の大学組織より柔軟な運営を行う。このため、中国では「四不像」、すなわち大学、研究所、企業、行政機関のいずれにも完全には当てはまらない組織と表現されることがある。実際、関連研究は、これらの機関が大学の性格を持ちながら伝統的な大学機能に限定されず、研究機関でありながら従来型研究所とは異なり、市場性を持ちながら利益だけを目的としないという複合的な特徴を指摘している。

 この曖昧な組織的境界が、むしろ制度上の柔軟性を生み出していると考えられる。

政府、大学、企業の役割は同じではない

 産学官連携という言葉からは、政府、大学、企業の三者が対等に協力する姿が想像されやすい。しかし、中国の新型R&D機関に関する実証研究を見ると、それぞれの役割は必ずしも同じではない。

 中国科学技術部が2020年に実施した調査データを用いた研究によれば、新型R&D機関の企業インキュベーションに対して、政府と大学の参加は正の効果を持つ一方、企業の参加については単独では統計的に有意な効果が確認されなかった。また、複数の主体によって共同設立された機関は、単独主体によって設立された機関よりも高い成果を示し、とりわけ政府と大学の組み合わせが企業インキュベーションに正の効果を持っていた。

 この結果は、企業が重要ではないということを意味するものではない。むしろ、機関の設立・研究開発の初期段階と、技術の成熟・市場化の段階とでは、各主体が果たす役割が異なる可能性を示している。研究開発の初期段階では、大学が知識と人材を提供し、政府が資金、土地、政策的支援を提供する。その上で、技術が一定の成熟段階に達すると、企業や投資機関が製品化や市場化に重要な役割を果たす。

 このような関係は、単純な「政府主導」あるいは「市場主導」という二分法では十分に説明できない。

 政府は企業に代わってイノベーションを行う主体ではなく、大学、企業、研究機関が協力する条件を整備し、特に高リスクの研究開発における不確実性を低減する「触媒」として機能していると考えることができる。

 ただし、政府の関与が強ければ強いほど成果が上がるとは限らない。過度な行政介入は、研究者の自主性や組織運営の柔軟性を損なう可能性がある。この点は、中国の制度を評価する際にも注意する必要がある。

研究成果を「書架」から「商品棚」へ

 新型R&D機関のもう一つの特徴は、研究成果の社会実装を組織の付随的な活動ではなく、研究活動そのものの一部として組み込もうとしている点にある。

 中国の関連研究では、こうした機関に対して、企業や研究機関との共同研究、中間試験・実証プラットフォームの整備、柔軟な人事制度、市場を意識した運営制度を整備し、研究成果を「書架」から「商品棚」へ移すことが求められている。

 この表現は、中国の研究大学が直面している問題を象徴的に示している。

 研究論文や特許の数が増加しても、それだけでイノベーションが生まれるわけではない。研究成果を試作し、検証し、改良し、生産技術を確立し、市場に投入するまでには、大学の研究室とは異なる組織能力が必要となる。

 一方、企業側から見ても、大学との連携には意味がある。中国企業と研究大学の大規模データを分析した研究では、産学連携を行う企業は新製品の売上が多く、より多く、質の高い特許を生み出す傾向が確認されている。また、その効果は、大学からの知識獲得と人材採用という二つの経路を通じて生じていると分析されている。

 ここから見えてくるのは、産学連携を単なる技術の移転としてではなく、知識と人材が大学と企業の間を循環する過程として捉える必要があるということである。大学は企業に技術を提供するだけではなく、企業の知識基盤を広げ、新しい研究方向を探索する能力を高め、さらに高度人材を供給している。

 したがって、大学と企業の関係を考える場合には、特許や共同研究件数だけではなく、知識、人材、資金、研究設備がどのように循環しているのかを見る必要がある。

研究大学は「統合の結節点」になり得るか

 中国では近年、「教育・科学技術・人材の一体的発展」が強調されている。

 これは、教育政策、科学技術政策、人材政策を単に並行して進めるという意味ではない。研究大学を、人材育成、知識創出、技術革新を結びつける結節点として位置づける考え方である。

 中国科学技術大学の事例に関する研究では、研究型大学は教育、科学技術、人材の「天然の交差点」であり、研究と教育を統合することによって、先端人材の育成と国家的な研究課題を結びつける役割を持つとされている。

 しかし、ここでも成果と課題の双方を見る必要がある。

 中国の研究大学は、国家戦略分野への研究資源の集中、大規模な研究施設の整備、大学院教育と先端研究の結合などにおいて大きな成果を上げてきた。その一方で、研究と産業の間には依然として距離があり、異なる組織間の調整には大きなコストがかかる。

 新型R&D機関の意味は、この距離を縮めるために、既存の大学組織を内部から改革するだけではなく、その境界領域に新しい組織を設けたことにある。

 言い換えれば、中国の研究大学の変化は、単なる研究能力の向上としてだけではなく、教育、研究、産業、国家戦略の結びつき方を変える「制度設計の変化」として理解する必要がある。

日本にとっての示唆は何か

 中国の産学官連携の仕組みを、日本にそのまま導入することは現実的でもなく、望ましいことでもない。

 中国と日本では、政府と大学の関係、大学の自律性、中央政府と地方政府の関係、省庁間の役割分担、企業の研究開発活動などが大きく異なっている。

 中国では、国家戦略、科学技術政策、大学改革、人材政策を比較的一体的に設計する傾向が強い。これに対して、日本では、複数の省庁、大学、研究機関、企業がそれぞれの役割を担う分散的な仕組みが発達してきた。

 重要なのは、どちらの制度が優れているかということではない。

 日本にとって問われているのは、大学の基礎研究を長期的な社会実装につなぐ中間組織が十分に機能しているのか、競争的研究資金が終了した後にも研究開発を継続できる仕組みがあるのか、大学、企業、国、地方自治体の役割分担が個別事業を超えて戦略的に設計されているのか、という問題である。

 中国の経験から得られる一つの示唆は、優れた大学と強い企業が存在すれば、自動的にイノベーションが生まれるわけではないということである。

 問題は、それぞれの主体の「能力」だけではなく、それらをつなぐ制度的な経路にある。

おわりに

 中国の研究大学は、教育機関から研究大学へ、さらに近年では、教育、研究、人材育成、技術開発、社会実装を結ぶ結節点へと、その役割を変化させつつある。

 この過程で形成されてきた新型R&D機関は、大学、政府、企業、研究機関の境界に位置する新しい組織形態である。その特徴は、単に複数の主体が参加していることではない。それぞれ異なる目的、時間軸、評価基準を持つ組織を、一つの継続的な制度の中に組み込もうとしている点にある。

 もちろん、この仕組みがすべて成功しているわけではない。行政的な介入と組織の自主性をどのように両立させるのか、国家的な研究課題と研究者の自由な発想をどのように調整するのか、地域間・大学間の格差をどのように考えるのかなど、多くの課題が残されている。

 中国の科学技術力の向上については、研究費、論文数、特許数などの指標が注目されることが多い。しかし、今後の中国のイノベーション能力を考える上では、こうした量的指標だけではなく、大学、企業、政府、研究機関の間にどのような新しい制度的関係が形成されているのかを把握する必要がある。

「卡脖子問題」への対応を契機として形成されつつある制度が、実際に持続的なイノベーションを生み出すのか。それとも、強い政策的誘導が新たな硬直性を生むのか。

 その成果と限界を継続的に観察することは、中国の科学技術・イノベーションの将来を理解するとともに、日本における研究大学と産学官連携の在り方を考える上でも重要であろう。

参考文献

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