二酸化炭素による「発電」は夢ではない(その1)
陳 瑜、呉葉凡(科技日報記者) 2026年03月03日
中国核工業集団の首席科学者で、超臨界二酸化炭素(CO2)発電ユニット「超炭1号」のチーフデザイナーでもある黄彦平氏は、「二酸化炭素で発電できるなんて、大うそつきじゃないか!」との疑念の声を、これまで何度となく耳にしてきた。
だが、2025年12月に「超炭1号」が、貴州省六盤水市の首鋼水鋼集団で商業運転を開始し、「CO2による発電」という夢は現実のものとなった。
従来の蒸気式排熱発電ユニットと比べ、「超炭1号」は設備の設置面積を半分に縮小し、発電効率は85%以上向上し、年間発電量が50%以上増加した。これらの背景には、17年に及ぶ研究チームの取り組みがある。設計、製造、統合・応用といった技術的課題を次々と克服し、独自イノベーションによって、人類が長年続けてきた「水を沸かして発電する」歴史を書き換えた。
微細加工された熱交換経路
2009年のある日、黄氏は中国工程院院士(アカデミー会員)の孫玉発氏から託された一枚のメモを受け取った。
「米国が超臨界CO2発電技術を研究している。多くの人は不可能だと考えているが、挑戦してみる気はあるか?」
わずか数行の言葉が、黄氏の探究心を強く刺激した。
超臨界とは物質の特殊な状態だ。作動圧力が73気圧を超え、作動温度が31℃を上回ると、CO2は超臨界状態に入り「超臨界CO2」となる。
超臨界CO2発電技術は、この超臨界CO2をエネルギー伝達および熱-仕事変換の作動流体として用い、従来の蒸気発電における水蒸気に代えて、熱エネルギーから電気エネルギーへの変換を実現するものだ。
黄氏は、「水蒸気と比べ、超臨界CO2は密度が高く、粘度が低い上、気液相変化も起こらない。そのため、発電効率を高めると同時に、設備を小型化できる。ただし当時、この技術は理論段階にとどまり、国内で手がける者はいなかった」と振り返った。
経験もチームもない中、黄氏は博士課程の学生1人を連れ、「暗闇の中を手探りで」研究を進めた。黄氏は4年後、「この技術は必ず実現できる。たとえ私財を投じてでもこれをやらなければならない」と確信するようになった。
だが、チームが結成された後も、プロジェクトが始まる前から、「『二機三器』が作れない以上、CO2発電なんて夢物語だ」という冷ややかな声が上がっていた。
「二機」とは圧縮機とタービン(透平機)を指し、「三器」とはそれらをつなぐ熱源熱交換器、再生熱交換器、冷却器を指す。黄氏によると、超臨界CO2は圧縮機と熱源熱交換器でさらに圧力と温度を高めた後、高温高圧の状態でタービンに入り、瞬時に膨張して羽根を高速回転させ、発電機を駆動する。仕事を終えた超臨界CO2は再生熱交換器と冷却器でエネルギーを回収・冷却され、再び圧縮機に戻り、新たなサイクルに入るという。
1948年に超臨界CO2発電の概念が提唱されて以来、「二機三器」を実用化できた例はなかった。超臨界CO2発電を実現するには、より緻密な流路構造と高い熱交換効率を持つマイクロチャネル熱交換器が不可欠だった。黄氏はまず、この「熱交換器」という要を攻略することを決断した。
研究チームの劉睿竜氏は、「プロジェクトの設計スケジュールは非常にタイトで、1カ月以内にマイクロチャネルのプレートを作る必要があった。しかし、従来の光化学エッチングで、ステンレス薄板に直径1ミリメートルの溝を数百本も高精度で加工するのは至難の業だった。メーカーが提供するサンプルの精度はどれも基準を満たしておらず、業を煮やした私は後輩の費俊傑とともに、直接エッチング工場に乗り込んだ」と語った。
エッチング工場では若手研究者2人と技術者が深夜まで議論を重ねることがよくあり、数人はパンをかじりながらサンプルを検証し、流路設計の最適化を進めた。数週間の高強度作業の末、費氏は体調を崩して病院で点滴を受けた。劉氏は、「数日休ませたかったが、彼は少し回復するとすぐに工場に戻って作業を続けた」と当時の様子を語った。
数週間にわたる試行錯誤を重ねた末、化学試薬がプレート上に均一かつ正確に数百ものマイクロ流路を「彫刻」する光景を目にしたとき、60歳近いベテラン職人が思わず涙をぬぐったという。
劉氏は、「マイクロチャネルプレートには、多くの人の心血が注がれている。我々は熱交換器開発における最初の難関を突破した」と強調した。
(その2 へつづく)
※本稿は、科技日報「二氧化碳"发电"不是梦」(2026年1月27日付)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。
