中国に多数のヒューマノイド企業が存在する理由と今後の課題
2026年06月04日

山谷 剛史(やまや たけし):ライター
略歴
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。
今年の春節前の大型人気番組「春晩」や、ロボットハーフマラソンでは、前年を大きく超える性能のヒューマノイドがお披露目され、世界中の視聴者を驚かせた。2025年までに中国のヒューマノイドメーカーの数は140社を超え、330モデルを超えるヒューマノイド製品が発売されたと推計されている(参考リンク)。
また今年のヒューマノイドの年間世界出荷台数は5万台を超えると予想され、その半分は中国のメーカーから出荷される見込みだ(参考リンク)。
インパクトのあるニュースが出るたびに問われるのが「なぜ中国で多数のヒューマノイド企業が存在するのか」という疑問だ。改めて振り返り、わかりやすく紹介したい。
中国のヒューマノイド産業もまた、最初は米国に追随したものだった。歴史の長いボストン・ダイナミクスではなく、その後のテスラによる影響が大きい。ボストン・ダイナミクスのみがヒューマノイドを牽引していた頃は、部品は高度にカスタマイズされていて、サプライヤーの数が少なく、その結果、コストが非常に高く、大規模な量産の条件が整っていなかった。テスラが量産を目的とした人型ロボットを提案したことで、従来のEVや家電、産業用制御システムのサプライチェーン企業がヒューマノイド分野に参入するようになった。わかりやすい例としては、小鵬汽車(Xpeng)が挙げられる。ヒューマノイドを構成する関節モジュール、モーター、減速機といった部品は、EVと産業用ロボットで部品が類似しており、既存の生産ラインに拡張できるからである。
ロボット産業の集積についてまとまっている記事「売上高900億元超 ロボット企業が広東に集まる理由とは?(参考リンク)」によれば、「深圳ではコア部品から各種完成品に至るまでのロボット産業構造がほぼ整っており、産業チェーンおよびサプライチェーンの現地化率は60%を超えている」という。
自動車産業の部品メーカーが集積するように、ロボットの部品メーカーも集積した。出来合いのモノでヒューマノイドを作るならば、試作品は最短で25~40日で完了させることも可能になった。ちょっとした機械を作るような感覚で、ヒューマノイドのハードウェアは作れるようになったわけだ。
ハードウェアを組み立てれば動くというわけではなく、ヒューマノイドロボットを立たせて歩かせるための動作制御アルゴリズムやソフトウェアが必要となるが、オープンソースも含め多数あり、導入のハードルは近年大幅に下がった。ただ、それをそのまま入れれば立って歩くのではなく、そこからシミュレーションと実際の動作でのパラメータの調整や修正作業が必要となり時間と工数を要する。中国のヒューマノイド大手のUnitree(宇樹科技)は、研究用ヒューマノイドを中国内外に販売しているが、これは基本的な立つ動作や歩行動作、用意された走る動作まではUnitreeが用意している。その上で他の動きは購入者である大学や研究機関がパラメータを調整し研究や開発を行うか、あるいはさらに代理業者がそれ以上の動きができるようにして貸し出す。
中国ではヒューマノイドは国の基幹産業に指定され、中央・地方政府がファンドや購入補助、用地優遇で新規参入を強く後押しした。実際2024年には中国のヒューマノイド業界で少なくとも65件の資金調達があり、投資家は主に政府系ファンドや産業パークファンドであり、資金提供を受けた企業の多くが初期段階でありながらも「テスラのような」「世界をリードする」といった文言でファンドを呼び寄せたという。そしてまた、ヒューマノイドの開発ハードルが下がったことから、他の製品ジャンルでもそうだったように、ヒューマノイドの完成品を作って補助金を得たのではないかと思われる業者も現れた(参考リンク)。
例外的に、中国のロボット企業には、資金面で急成長を遂げる企業もある。它石智航(TARS)や自変量機器人(X Square Robot)といった企業で、它石智航は2025年2月に起業し、起業から50日で8.7億元を調達した。これは百度の自動運転とファーウェイのロボットのトップ人材が、そのまま1社に集約されたことで、基盤モデル・制御・本体・量産までのノウハウを創業時点で持っていたためだ。また2023年起業の自変量機器人も、「起業時点で既に大手インターネット企業の技術者・プロダクトマネージャーが集まっている」ことを背景に、巨額の資本調達を実現している。Unitreeの初期のころのように、0から作るのではなく、既にサプライチェーンがあり、関連技術のトップ頭脳が集まったからこそ期待され、巨額の資本調達を実現した。Unitreeの資本調達に比べて圧倒的に資本調達のスピードが速いが、注目先がこれまでのハードウェアから、次の段階のロボットやエンボディドAI(物理的な身体を持つAI、フィジカルAI)、そして具体的に使えるヒューマノイドにフォーカスが移っていったといえる。
中国政府が発表する五カ年計画からもそれは見て取れる。五カ年計画の科学技術分野についてだけ言及すると(他のジャンルは筆者の管轄外なので控えるが)、概ね実現可能な目標設定がされていて、ロボット・ヒューマノイドにおいても、2021年の「第14次五カ年計画」ではロボット全体の基盤整備程度にとどまるものの、その後の2023年10月の「人型ロボットイノベーション発展指導意見」で、ロボットの減速機やサーボ、コントローラーといったコア技術について中国産製品の普及を加速させることを目標としていた。これは目標を達成したといえる。さらに第15次五カ年計画では、既存産業を基盤とし、上流工程(コア部品、オペレーティングシステム、大型モデル)に注力することで、「量から質へ」の国際競争力向上を推進する。つまり、数を売るだけではなく、さまざまなシーンごとに使えるヒューマノイドやAIモデルやOSを生産することを目標とし、その目標に向けて各社が注力していくことになる。
ヒューマノイドの現在地だが、上で挙げた「エンボディドAI」や「量から質へ」というのが新たなハードルになっている。そのためには文章や画像の生成AIがそうであったように、膨大な量のデータが「供給」される必要がある。ヒューマノイド向けの汎用的な機能を備えた大規模モデルのトレーニングには、少なくとも数千万時間分の、数百ペタバイトのデータが必要だとされている。しかし、2026年初頭の時点で、世界全体で約50万時間しかないと言われている。2024年の上海を皮切りに、2025年には北京、武漢、蘇州など中国各地にヒューマノイドのデータトレーニングセンターが建設され、稼働しはじめている。ただ大規模モデルのトレーニングに向けて、どれだけのデータが必要なのか、どのような形式が必要なのか、そして品質をどのように評価するのかについては、まだ明確な理解が得られておらず、性急という意見もある。
とはいえ、次の段階がデータであることは間違いなく、こういうデータが必要というニーズがはっきりしたとき、データトレーニングセンターはそれに応え、導入されたヒューマノイドが現場で作業することになる。
