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第22回アジア・太平洋研究会「中国の“製造強国”政策と産業・科学技術」(2023年5月30日開催/登壇者:丸川 知雄、張 紅詠、高口 康太、大西 康雄)

日  時: 2023年5月30日(火) 15:00~17:00 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

登 壇 者:
丸川 知雄 氏
東京大学社会科学研究所 教授
張 紅詠 氏
経済産業研究所 上席研究員
高口 康太 氏
ジャーナリスト、千葉大学 客員准教授
大西 康雄 氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー

講演資料: 以下の講演タイトルをクリックしてご覧ください。

YouTube [JST Channel]:「第22回アジア・太平洋研究会動画

調査報告書:
中国の"製造強国"政策と産業・科学技術

登壇者:丸川 知雄

丸川 知雄(まるかわ ともお)氏

東京大学社会科学研究所 教授

中国自動車産業の"製造強国"化
(PDFファイル 1.10MB )


登壇者:張 紅詠

張 紅詠(Zhang Hongyong)氏

経済産業研究所 上席研究員

中国のロボット産業における貿易投資、キャッチアップ及び産業政策
(PDFファイル 2.21MB )


登壇者:高口 康太

高口 康太(たかぐち こうた)氏

ジャーナリスト、千葉大学 客員准教授

中国:データ活用の展望
(PDFファイル 1.47MB )


登壇者:大西 康雄

大西 康雄(おおにし やすお)氏

アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー

中国の"製造強国"政策と産業・科学技術研究会の問題意識と暫定的結論
(PDFファイル 0.99MB )


第22回アジア・太平洋研究会リポート
「中国の"製造強国"政策と産業・科学技術」

アジア・太平洋総合研究センターでは、2022年に「中国の"製造強国"政策と産業・科学技術」研究会を実施した。周知のように、中国は戦略的新興産業が主導する製造強国を目指しており、当該研究会では、その産業育成政策の効果と発展の実態をケーススタディにより深掘りし、今後の展望を得ることを目的として、サプライチェーン、半導体、スマート製造、自動車産業、ロボット産業、データ活用、宇宙・原子力、ゲノム編集食品、5G移動通信等を巡る知的財産法制等をテーマに議論を行い、調査報告書として取りまとめた。今回のアジア・太平洋研究会では、自動車産業、ロボット産業、データ活用との3つのテーマをピックアップし、東京大学社会科学研究所の教授 丸川知雄氏、経済産業研究所の上席研究員 張紅詠氏、千葉大学客員准教授 高口康太氏に講演をいただいた。

1. 自動車産業―中国自動車産業の"製造強国"化(丸川氏)

丸川氏によれば、中国の自動車産業への従来の認識は「大きいが強くない」が普遍的であったが、2021年に自動車輸出台数が一気に214万台に倍増し、生産台数もアメリカや日本を遠く引き離すようになった。

現在の中国は、第二次自動車輸出ブームを迎えており、10%強を輸出している。第一次ブームは2007年頃となるが、奇瑞社と吉利社が牽引していた。丸川氏は、中国政府は、乗用車への新規参入を厳しく制限しているため、奇瑞社と吉利社は、「裏口」から乗用車生産に参入したケースだと分析した。2002年頃から両メーカーは、シリア、イラン、ウクライナ、ロシア等、戦争等の要素でリスキーではあるが、所得は低くない国をターゲットに輸出を行ってきた。

近年は、中国の自動車輸出先が、中所得国から徐々に高所得国にシフトしている。その代表例として、丸川氏は、チリ市場を紹介した。チリは国内に自動車生産がないため、各メーカーの現物自体の競争力で勝負しており、中国車は一つ一つのブランド価値はそこまで高くないものの、中国メーカーのブランドを合計するとチリ市場の32.9%を占めているため、中国車の製品として実力はある程度高まってきているといえる。

なお、自動車産業におけるEVシフトが目立つ中、2021~2022年にEV専業メーカーのテスラ、BYDが一気に躍進し、2022年の中国のEV生産は706万台となった。日本の自動車メーカーは苦戦しているが、自動車メーカーのリポート等によると、EVのニーズが低いというよりは、半導体不足等の供給面でのボトルネックが主要原因となっている。BYDは2023年に300~360万台の販売を目標としているが、この数字だと2023~24年に日産とホンダを抜く可能性もあると丸川氏は述べる。BYDがこのように急速に生産を拡大しつつも、供給制約に遭わなかった理由について、丸川氏は、BYDは自動車内部のモジュラー化、プラットフォーム化を進めて生産効率を高めてきただけでなく、広範な自動車部品を子会社で作っており、高い製造能力を有しているため、IC設計・製造を自社でできるところが強みとして働いたと分析した。このような現状に鑑みると、日本のJIT(Just In Time)メカニズムは挑戦を受けており、発想の転換が必要なタイミングを迎えている。BYDはこれまでの中国メーカーとはスケールが異なるため、丸川氏は今後更なる成長が予測されると述べた。

2. ロボット産業―中国ロボット産業における貿易投資、キャッチアップ及び産業政策(張氏)

EV産業ほどではないが、中国のロボット産業も成長が著しいといえる。中国は産業用ロボットの世界最大の市場であり、世界市場の約47%が中国向けである。2016年に中国における産業用ロボットの稼働台数は、日本を抜いて世界最多となった。製造業におけるロボットの導入比率(※従業者数1万人あたりのロボット導入台数)では、中国が世界5位(2021年)となった。

張氏によると、中国企業のロボットの導入は輸入に大きく依存しており、2019年に中国で新規導入されたロボットの約71%が外国のサプライヤーからの輸入となっている。2021年の中国のロボット輸入台数は11万台、輸入額で約15億ドルにのぼる。また、輸入だけでなく、輸出も増加傾向にあり、2021年の輸出台数は5万台で、輸出額は約3.4億ドルである。日本との関連で述べると、中国から日本への輸入も逆輸入も少ないが、日本の産業用ロボットの最大の輸出先は中国となっている。

近年には、日本の大手産業用ロボットメーカーの中国進出も注目されている。例えば、中国の産業用ロボット市場で最大のシェアを有するファナックは、上海のロボット工場の規模を5倍に拡大するために、2021年には過去最大となる260億円を投資するとの報道がなされた。

中国企業としては、より先端的な技術を獲得するために、積極的に対外M&Aを行っているが、その一例として、張氏は2016年に美的集団がドイツのロボット大手クーカを買収したことを紹介した。張氏は、中国のロボットメーカーがまだ日本に及ばないのは否めない事実であるが、売上高成長率、固定資産増加率、R&D集約度、労働生産性、売上高利益率の面で、中国企業のキャッチアップに注目すべきと述べた。さらに、中国のロボット産業の成長に欠かせないのが政府による政策面での支援であるが、中国政府は多額の補助金や支援策でロボットメーカーの研究開発をサポートしているという。張氏は、中国ロボットメーカーが今後更なる成長を果たすためには、生産性と収益率の引き上げが最重要課題だと分析した。

3. データ活用―中国:データ活用の展望(高口氏)

高口氏は、最初にアリババのユニ・マーケティングについて紹介した。ユニ・マーケティングとは、自社の多様な複数のサービスで取得したデータで、ユーザーの関心やニーズについて把握し、単一(ユニ; uni)の統合したマーケッティング・サービスを構築することを指す。ユニ・マーケティングの成功モデルには、C2M(Customer To Manufacture)で事業を展開している、中国のオンラインショッピングモールSHEINがある。SHEINは、日に1000点を超える膨大な新商品がアップデートされるほど、フレキシブル・サプライチェーンが特徴で、見栄えする写真、インフルエンサーの大々的な活用、他社売れ筋商品のリサーチなどを組み合わせ、ローカル企業に負けないマーケティングを中国から展開している。従来の中華セラーとは異なり、アマゾンなど外部のECプラットフォームに依存せず、独自販売サイトを構築しているのも差別化されている部分といえる。

中国のデータ活用の例として、高口氏は中国独有の金融包摂について紹介した。中国では、消費者金融、事業者向け融資、サプライチェーン金融、ブロックチェーン等から収集した膨大なデータにより、個人の信用レベルや評価が決まる仕組みを取っている。個人データの活用がここまで進化すると、企業間を超えたデータ流通をどのように担保するかが問題となってくる。2017年6月、アリババグループ系物流ソリューション企業のツァイニャオと、物流大手SFエクスプレスがデータ共有をめぐって争ったケースがあり、共有のあり方については懸念が高まっている。データ流通を推進するにあたって抱えている課題は、日本と中国とで共通しており、関与者の利害・関心への対応に関する懸念・不安とプライバシー尊重に関する懸念・不安が主なものである。

このような懸念を解決するため、中国政府は2021年「要素市場化配置総合改革試点総体プラン」を制定し、労働力、土地、資本、技術、データの市場化を促す方針を明かにした。また、翌年には、データ資源所有権、データ加工使用権、データ製品経営権の三権分置について定める政策文書も公開した。中国信息通信研究院によると、データを生産要素にするためにはデータの収集、権利者の確定、定価の設定、取引の場がポイントになる。すなわち、あるデータの権利と利益は誰に帰属するのかを明確化するとともに、商品化したデータが定額で売り買いできる場を用意する必要があるが、中国の現状としては、具体的にどのようなデータをどのような形式で取引するかがまだ曖昧である。高口氏は、中国のデータ産業の発展に伴い、データ取引所も開設ラッシュを迎えており、2014年以降だけで既に80カ所以上が設立され、乱立が課題となっているとした。

4. まとめに―産業政策への評価と日本の対応について

講演後、講演者によるパネルディスカッションと質疑応答が行われた。結局これらの一連の産業政策によって、企業は成長したのかとの問題提起について、まず議論が行われた。丸川氏は、EVに対する補助金は、国内で生産しないと取得できないため、国内産業の育成に役に立ったと評価した。また、今まで指定した電池メーカーの使用が義務化されていたが、昨年でこのような政策も終焉を迎え自律競争となった中で、BYDの躍進が目立っており、中国のEV産業の展望は明るいと予測した。張氏は、ロボット産業も政策や補助金の影響を多く受けており、上場企業を対象に定量分析を行った結果、売上高やR&D投資に対し政策による効果が大きかったという。高口氏は、社会が保持する様々なデータを今までと異なった視点や組合せや枠組みで活用することは、これからが注目される新興分野であり、その中で政策が羅針盤になることは間違いないと述べた。

そして、このような国際状況の中で、これから日本がどう対応すべきか、との問題提起に対して、丸川氏は日本の現在の立場は、中途半端感が否めなく、自動車政策は温室効果ガス排出量をネットゼロにするとの政策に大きく係わってくるため、先ずは政府がどうネットゼロを達成すべきかを明確にすべきとした。また張氏は、ロボット産業に関して、日本はハイエンドのロボットを輸出しているため、人材の育成、特に若手の確保が急務であると述べた。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー松田侑奈)


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