日 時: 2023年9月22日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 細井 大輔 氏
野村総合研究所シンガポール シニアマネージャー
講演資料: 「第25回アジア・太平洋研究会講演資料」( 4.51MB)
YouTube [JST Channel]: 「第25回アジア・太平洋研究会動画」
細井 大輔(ほそい だいすけ)氏
野村総合研究所シンガポール シニアマネージャー
略歴
日系ベンチャーキャピタル、会計系コンサルティングファームを経て2019年6月に野村総合研究所シンガポール法人に入社。
前職では日本国内の大学や教育機関、教育関連企業向けコンサルティングに従事。
現在は地域に軸足を置き、主に東南アジア及びオセアニア地域における調査に従事
2022年5月、オーストラリアでは自由党・国民党による保守連合から労働党に9年ぶりに政権交代となった。前政権の外交や安全保障政策を継続するとした上で、アルバニージー新首相のもとで、改組された産業科学資源省(DISR)などが担当する科学技術政策に変化が見られ、今後の動向に注目が集まっている。そこで、世界における研究プレゼンスを高めるオーストラリアについて、科学技術イノベーション(STI)政策と研究開発動向について情報を収集し、研究インプット・アウトプット・アウトカムを整理し、調査報告書を公開した[1]。
本研究会では、調査を担当した野村総合研究所シンガポール・細井大輔氏から、そのエッセンスをご紹介いただいた。STIに関連する省庁と研究助成機関、前政権と現政権のSTI政策の比較、7つの重要技術分野に関連する主な研究機関および国際連携スキームについて判り易く整理していただいた。加えて、我が国の戦略的なパートナーであるオーストラリアとのSTI協力の拡大・深化を視野に入れ、考え得る連携強化のスキームおよび領域案を示していただいた。
オーストラリアの基本情報および経済動向を整理した上で、STIに関連する研究インプット・アウトプット・アウトカムについて情報を整理した。
研究インプットの研究費拠出状況では、総国内研究開発支出額(GERD)は20年前に比べて3.6倍に拡大し、近年伸び率は鈍化しているが、絶対額は増え続けている。また、基礎研究比率は世界平均20%であるが、オーストラリア50%、オーストラリア研究会議(ARC)80%と判明した。研究アウトプットの論文報告では、Top10%補正論文数(分数カウント)が世界6位[2]である。国内の分野別論文シェアおよび被引用回数では、医学・生物関連分野が多い。そして国際共著が半数以上を占め、国際共同研究に積極的な国といえる。ちなみにARCの国際共同研究比率は約80%と顕著に高い。オーストラリアの国際共著が多い背景には、英語圏および政策支援が想定される。研究アウトカムについては、グローバル・イノベーション・インデックス(GII)[3]、ノーベル賞、大学ランキング、有力企業、スタートアップ等に関する情報を整理した。GIIでは2022年インプット19位、アウトプット32位とそのギャップが大きい特徴がある(日本は11位と12位)。
オーストラリアの科学技術やイノベーションに関連する組織や制度を把握し、主要なステークホルダーの全体像の整理およびキーとなる組織を特定し、代表的な機関の情報を整理した。
政策決定機関として、産業科学資源省(DISR)、教育省(DoE)および国防省(DoD)について、それぞれのSTI領域における活動状況を整理した。次に研究助成機関として、オーストラリア研究会議(ARC)、国立保健医療研究会議(NHMRC)および国防科学技術グループ(DSTG)等の概要を整理した。そして研究機関として、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)、主要大学および国内大学ネットワークの特徴を紹介した。加えて、分野別トップ級研究者と所属研究機関、政府が力を入れる研究連携と研究拠点に関する情報を収集し、研究プログラムおよび研究プロジェクトを整理した。
新旧政権におけるSTI政策の動向を、プレスリリース・政府発言およびSTI関係者へのインタビュー等に基づき整理した。前政権において掲げられていた目標と現状を比較すると、目標を着実に実現するオーストラリアの姿を確認できた。一方、新政権によるSTI政策の更新・見直しが進んでいる。
オーストラリアは、STI政策において国家の有する強みや解決すべき重要なことに注力することを基本スタンスとしてきた。そのため新しい政権におけるSTI政策も同じ方向に向かうことが想定される。具体的には、社会課題に関連する環境やエネルギー、強みを有する医療医薬やバイオ先進製造、外貨を稼ぎ地方での雇用を作る資源や農業等は引き続き重要視されると考えられる。また、国益にとって重要な技術の修正や絞り込み等の動きも想定される。
国益の観点からみた重要技術(Critical Technologies)は、2023年5月に新政権において再更新され、領域の絞り込み・簡素化が行われ、対象技術例が示された[4]。
誰のために・何のために・どこに重点を置いているのかという観点では、NSRPがNet Zeroなど、10年先を念頭に幅広く研究を捉えているのに対して、重要技術では国家・経済発展・セキュリティの観点から技術面に軸を置いて、国防や安全保障に関わるものも多い。政府は重要技術の発展に必要な研究開発や人材育成、インフラ整備等を進めるための新しいイニシアチブを検討し始めている。研究資金の流れに注目すると、主に教育省DoEからARC、保健・高齢福祉省DHACからNHMRC、防衛省DoDからDSTGの3つルートがあるが、今後具体的に重要技術とヒモづけられるであろう。重要かつセンシティブな技術であるため、対象技術については誰と研究開発するかが大事であり、国際連携スキームが重要になるという。
多国間連携スキームであるQUADおよび豪米英によるAUKUSの概要に触れ、二国間連携では中国との関係の変化、豪印パートナーシップの強化、日豪の関係、そしてSTIとの関連性について情報を整理した。
外国からの干渉への対抗策に注目すると、「大学海外干渉タスクフォース(UFIT)」[5]、「大学セクターにおける外国干渉に対抗するためのガイドライン」[6]、「トランスナショナル教育環境に特化したデューデリジェンス・ガイドライン」[7]および「オーストラリアの大学部門における外国干渉に対抗するためのガイドラインの実施に関する報告書」[8]を公表している。報告書によると、大学などの研究機関において何処まで何を実施すれば良いのか、ガイドライン実行および理解の深化のために、多くの大学や政府機関がラウンドテーブルに参加し、包括的協議を実施している。外国からの干渉に対抗することはアプローチの適応性と進化を必要とする進行中のプロセスであり、ガイドラインの機能状況やケーススタディの共有などを通じた、政府からのより頻繁かつ具体的な情報共有が、大学によるガイドラインの効果的、継続的な実施に繋がると指摘している。
日本とオーストラリアは良好な関係にあり、両国は科学技術イノベーション(STI)協力の拡大・進化を図る余地がある。二国間の関係性を強化するためには、日豪間の接点を増やし連携の土台を強化することが考えられる。日豪STI政策へのインプリケーションとして、両国の課題認識や強みを持つ領域を区分し、連携を深めるべき5つの領域案を示していただいた。
(文: アジア・太平洋総合研究センター フェロー 三田 雅昭)