2023年7月5日 三田 雅昭(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
科学技術政策に関連して、アジア・太平洋地域の今を伝えるSPAPでは、オーストラリアの教育・研究制度や研究費の流れ1)および高度人材・留学生や移民制度2)について報告してきた。c名目GDPがコロナ禍を除いて1991年から連続して増加し3)、2021年国勢調査によると総人口は1971年1200万人から2,550万人と2.1倍となり、移民の第1世代および第2世代が国民の5割を超えた。出身国別移民は2016~20年の5年間で、ネパール110%・インド48%・パキスタン45%・イラク38%・フィリピン26%の順で増加しており、多文化社会へと変化している4) 5) 。
本稿では、オーストラリアのアルバニージー新政権発足から1年を迎える中、それに先立つ5月に産業・科学・資源省(DISR)から公表6) 7) 8)された重要技術リスト(List of Critical Technologies)に注目する。このリストは、オーストラリアの国益である経済的繁栄・国際セキュリティー・社会的一体性に影響を与える可能性があるテクノロジーの概要を示している。リストの目的は、重要技術のエコシステムを調整し、政府活動全体の一貫性と調整をサポートすることにある。
そこで、重要技術における主要な7つの技術分野および37の技術例に含まれるキーワードを利用して、ここ10年間の文献数・世界シェア・共著上位国を整理し、オーストラリアが注目する科学技術分野および国際連携の方向性について分析を試みた。
DISRは、オーストラリアの将来を確保するのに役立つ重要技術リスト6)を2023年5月19日に更新・公開した。7つの主要な技術分野を表1に示す。
Advanced manufacturing and materials technologies |
AI technologies |
Advanced information and communication technologies |
Quantum technologies |
Autonomous systems, robotics, positioning, timing and sensing |
Biotechnologies |
Clean energy generation and storage technologies |
これらの分野の詳細について、DISRはテクノロジーやアプリケーションの例など、37の技術例を示している(表2)。尚、技術例はすべてを網羅したものではないとしている。
表2 重要技術リストに関連する37の技術例6)
DISRのエド・ヒュージック(Ed Husic)担当相によると8)、人工知能(AI)やロボット工学などの重要技術分野は、国のビジネス全体の生産性の向上と高収入の仕事を加速するという。量子分野では、このリストは国家量子戦略9)を補完するものであり、量子技術は重要技術リストの中で優先分野として特定されており、今後何世代にもわたってセンシング・通信・コンピューティングの開発を加速する体制が整っているという。計測制御分野では、高度な分析により、人間にはできない遺伝的パターンを発見することができ、希少疾患の診断と治療における画期的な進歩につながるという。エネルギー分野では、クリーンエネルギーの生成と貯蔵技術に関する新たな優先事項が含まれており、この分野でのブレークスルーが、エネルギー安全保障を改善し、ネットゼロエミッションを達成するという取り組みにおいて極めて重要であるとしている。
公開された重要技術の7つの主要技術分野および37の技術例からキーワードを抽出し、文献検索DB(Web of Science・Topic・10年間2013-2022)を利用して、世界文献数・オーストラリア文献数・世界シェアの情報を表3に整理した。
表3 オーストラリアの重要技術分野の文献数とシェア2013-2022
医薬・ワクチン・ゲノム分野は文献数世界シェアが4%を超えており、オーストラリアの得意分野と言える。また、情報通信・サイバー分野も同様に文献数世界がシェア4%を超えており、オーストラリアの得意分野と言える。一方、材料・半導体分野は文献数世界シェアが2%未満である。エネルギー・製造・計測制御分野はそれらの中間に位置している。特徴的なのは、鉱業分野の文献数世界シェアが6%を超えており、豊富な鉱物資源を利用した産業展開に向けた研究を進めていると推定される。
公開された重要技術リストに含まれる7つの主要技術分野および37の技術例からキーワードを設定し、文献検索DB(Web of Science・Topic・10年間2013~2022)を利用してオーストラリアにおける国際共著を表4に整理した。
表4 オーストラリアと共著上位の国と地域2013-2022
表4枠内の数字は、10年間(2013-2022)の報文数を示す。国名はISO3166規定・英字2桁コードにて表記した。色分けは豪州AU灰色、中国CN桃色、米国US・英国GB・カナダCA・ニュージーランドNZのAUKUSおよびTTCP参加国を水色、インドIN黄色、日本JP緑色である。そのほかの欧米・中東・アジアの国は白色である。オーストラリアの共著ベスト3は中国・米国・英国であり、これにドイツ・カナダ・インド・日本・フランスが続く。欧米が共著の過半を占めるが、中国が共著シェア15~30%で首位の技術分野が多い。
オーストラリアとの国際共著の技術分野に注目すると、中国は製造・材料・情報通信・量子およびエネルギー分野で共著首位、米国は人工知能・原子力・医薬およびバイオ分野で共著首位である。共著3位には英国、共著4位・5位にはドイツ・カナダ・インドおよび日本が登場している。日本は材料・半導体・鉱物・量子およびエネルギー貯蔵分野が共著5位である。
オーストラリアは、重要な技術問題に関する国際協力を強化するために、多国間のAUKUS・TTCP、二国間の豪印・豪英のパートナーシップを実施すると表明している。
「最先端の軍事能力と技術」に関しては、豪・英・米の三カ国間パートナーシップAUKUSにより、高度なサイバー・人工知能・量子技術・海底能力・極超音速と対極超音速、電子戦で深い協力を実施している。また、技術協力プログラム TTCP は、英・米・加・豪・ニュージーランドの5カ国による協力フォーラムであり、パートナー国の防衛関連研究所とオーストラリアの最も重要なつながりである。アイデアを共有するためのフォーラムを提供し、加盟国に最小限のコストで研究開発 (R&D) 能力を拡張し、重複を避け、相互運用性を向上させる可能性を与えるという。
「サイバー対応」の重要技術協力に関しては、豪・印二カ国間の枠組みを取り決め、重要技術パートナーシップを通じて、重要技術の開発を支える倫理的枠組みと技術基準を強化する研究者を支援している。また、豪・英二カ国間のサイバーおよび重要技術パートナーシップでは、サイバーおよび重要技術政策に関する共有の機会および課題に関する協力を強化するとしている。
1970年大阪万博の際に、オーストラリアと日本の交流を図る目的で製作された短編映画のタイトルは「オーストラリアと日本 東経135度の隣人」であった。また、オーストラリア館は恐竜のように見えたが、実は葛飾北斎の富嶽三十六景を模した斬新なもの。そして、オーストラリア館のテーマは「人類の進歩と調和に対するオーストラリアの貢献」であった。今後、前述の技術分野における国際的な科学技術協力が、技術と社会のイノベーションに繋がり、人類の進歩と調和に貢献することを期待する次第である。
1970年の大阪万博で、オーストラリアのパビリオン
出典:在日オーストラリア大使館
https://japan.embassy.gov.au/tkyojapanese/pr2022_tk04.html