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第57回アジア・太平洋研究会 -科学技術イノベーションを巡る最新事情-

【演 題】『AI for Science時代の国際研究協力 ― 日本とアジア・太平洋諸国のさらなる連携に向けて』

日  時: 2026年8月27日(木) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師:
栗原 潔 氏
文部科学省 研究振興局 参事官(情報担当)付 計算科学技術推進室長

講演資料: 「第57回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 18.0MB)

YouTube [JST Channel]: 「第57回アジア・太平洋研究会動画

栗原 潔(くりはら きよし)氏

文部科学省 研究振興局 参事官(情報担当)付 計算科学技術推進室長

略歴

2005年 文部科学省入省、文科省のほか内閣府、外務省、経産省等で政策立案に従事し、日中韓投資協定交渉、iPS細胞研究拠点整備、AI戦略会議設立等に携わる。
英国マンチェスター大学ビジネススクール留学後、在インド日本国大使館一等書記官、2024年より文部科学省研究振興局計算科学技術推進室長として、「富岳」の次世代となる新たなフラッグシップシステム「富岳NEXT」の開発・整備や、AI for Science政策を推進。


第57回アジア・太平洋研究会リポート
「AI for Science時代の国際研究協力 — 日本とアジア・太平洋諸国のさらなる連携に向けて」

近年、科学技術をめぐる国際競争がかつてなく激化している。各国は研究開発力を国家競争力の源泉と位置付け、AIを活用した新たな知識発見や科学技術革新の実現に注力している。創薬、材料開発、気候変動対策などの分野では、AIが研究の速度と精度を飛躍的に高める可能性を示しており、科学研究のあり方そのものを変えつつある。こうした潮流を踏まえ、今回研究会では文部科学省研究振興局の栗原潔氏をお招きし、日本の取り組みやアジア・太平洋地域との連携についてご講演いただいた。

AI for Scienceが切り拓く科学研究の新時代

AIを科学研究に活用する「AI for Science」は、特に第3次AIブーム以降に注目されてきた分野である。2019年に米国エネルギー省(DOE)が「AI for Science」をテーマとするイベントを開催し、2022年にはマイクロソフト・リサーチが「Microsoft Research AI for Science」を設立した。また、機械学習分野の主要国際会議でもAI for Science関連のワークショップが開かれるなど、研究コミュニティでの関心が高まった。

また、近年は、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOがAI for Scienceの重要性を訴え、この分野への注目を一層高めている。フアン氏は、AIを「現代科学のエンジン(Engine of Modern Science)」や「科学のための強力な技術」と位置付けている。2026年6月には、最新GPU「Vera Rubin」を発表した際に、これを「科学のための新しい計測・研究装置(New Instrument for Science)」と表現した。これは、望遠鏡や粒子加速器と同様に、AIが科学研究を支える基盤技術になりつつあるという考え方である。

さらに、AIエージェントが科学知識を理解し、研究ツールを活用して実験や解析などの科学的ワークフロー全体を支援する新たな研究環境の実現が期待されている。

そもそも、「AI for Science」は、研究の一部を効率化するための技術ではなく、仮説創出、文献調査、シミュレーション、自動実験、データ解析、検証までをAIが支援することで、科学研究のプロセス全体を変革する取り組みである。背景には、研究者の時間不足や論文数の急増により、人間だけでは最新知見を把握しきれなくなっている現状がある。

AIは大量の論文を解析し、数百万通りに及ぶ実験条件を探索できるほか、ロボットやクラウドラボと連携して24時間365日の自動実験も可能にする。これにより研究効率が向上するだけでなく、従来は探索が困難だった広大な科学空間へアクセスできる点が最大の意義とされる。

代表例としてライフサイエンス分野では、DeepMindの「AlphaFold」がTransformerを生命科学向けに発展させたEvoformerアーキテクチャなどを開発してタンパク質構造予測を飛躍的に進展させ、新たなタンパク質設計や創薬研究を加速している。また、細胞の挙動をAIで再現する「バーチャルセル」は、個別化医療などへの発展が期待されている。材料科学分野でも、AIが膨大な候補物質を探索し、新材料発見を大幅に高速化している。

このように、「AI for Science」により研究開発を飛躍的に進めようとする動きは、世界のアカデミアのみならず、主要国の政策・施策に急速に取り入れられてきており、各国はAI for Scienceを国家戦略に位置付けている。米国は計算資源、科学データ、AI研究への投資を強化し、EUは研究機関や計算資源をネットワーク化する「AIファクトリー・AIギガファクトリー」構想を推進している。英国は創薬期間の大幅短縮など具体的な目標を掲げ、中国は「AI+科学技術」戦略の下で大規模モデルや研究施設の知能化を進めている。インド、UAE、シンガポールなども計算基盤や人材育成への投資を拡大している。

加速する世界:AIと科学を巡る構造変化

「AI for Science」を進める基盤として、とりわけ、高性能なAIモデルとAI計算能力が必要である。

AIモデルについては、注目すべきAIモデルの90%超が産業界により開発され、最先端AIモデル開発は米国が主導し、中国が追従している。AI研究全体においても、高引用論文において同様に米国が優位性を維持しつつ、中国が追随し、両国が世界をリードする状況にある。

また、各国・地域でAIを利用するには、各国・地域内での計算基盤の強化に加え、国際連携による計算資源の相互接続も重要になってきている。計算能力はデータセンターやスパコン等におけるAIを利用するための計算能力として、GPUの基数で大まかに示される。世界のAI計算能力は2022年以降、年平均3.3倍で増加し、NVIDIAの高性能GPUのH100換算で1,710万基に到達している。2025年の統計においては、GPU資源(計算資源量)の世界シェアは米国が70%、中国が15%とされ、米国GenesisMissionや欧州AIファクトリー・AIギガファクトリーの取組により米欧は数十万GPU級の整備が進むのに対して、日本は1%程度の数万基規模にとどまる。日本においては、今後は計算資源の整備を、高品質データ整備、人材育成、国際連携確保と共に一体的に強化することが重要な課題となっている。

日本は何をしようとしているのか

日本は2025年5月にAI法を制定し、同年9月から全面施行した。これを受けて同年12月に初の人工知能基本計画を策定、2026年7月に改訂版を閣議決定し、AI研究開発とAI基盤の拡充・高度化を国家戦略として明確に位置付けた。これに対し、自民党提言では「AI for Science」について、今後5年間で1兆円規模の投資、3年間で3000件のAI駆動研究、5年間で3000人のAI高度研究人材育成を掲げている。

文部科学省は「研究力・人材」「計算資源」「研究データ」の3本柱を一体的に整備し、さらに戦略的な国際連携を組み合わせる基本戦略を策定した。具体的には、共有計算資源10倍以上(2030年度まで)、研究データ基盤のNII-RDC容量5倍・AI化(2030年度まで)、学術情報ネットワークSINETの2倍高速化(2028年度まで)、高度研究人材3000人育成(5年間で)、AI関連の高引用論文数の世界3位(2035年度まで)を目指している。

2025年度補正予算で約370億円規模の今年度公募実施の施策として、「ARiSE(AI to Redesign Scientific Exploration)」と「SPReAD(Supporting Pioneering Research through AI for 1,000 Discovery Challenges)」の2本柱を推進する。ARiSEは日本の強みを生かした重点投資プログラムで、①材料・マテリアル研究、②バイオ・創薬、③大型研究施設・研究装置の活用を重点分野とし、海外トップ研究者とチームを組む国際融合型も推進する。AIと自動実験等を組み合わせ、新材料開発や創薬、研究データ解析の高度化を進める。

一方、SPReADはAI活用を全研究分野へ広げるための支援策で、第2回公募だけで1万7000件を超える応募をいただき研究現場のAI活用への非常に大きな需要が顕在化した。1課題500万円の研究者への資金提供に加え、AI専門家とのマッチングや伴走支援も行う。

日本政府として、国内完結型ではなく「Made with Japan」の考え方を掲げ、米・欧・アジアのトップ研究機関と研究開始段階から共同チームを組む国際協力を重視している。特にAI分野では計算資源、人材、アルゴリズムを一国だけで揃えることが難しく、世界トップレベルの研究ネットワークの中で競争力を高める戦略を採用している。

計算基盤では、実際の科学技術計算に近い性能を測るHPCGにおいて現在も世界3位のスーパーコンピュータ「富岳」を運用するとともに、新たに富岳へのGPUや量子コンピュータの密結合も進めている。また、次世代スーパーコンピュータ「富岳NEXT」の開発を進めており、低精度マトリックス演算器を活用したAIサロゲートやPINNs、尾崎スキームなどの手法も取り入れることで、アプリケーションの実効性能で富岳の約100倍程度の性能の実現を目指している。これらを通じて、日本はAIを活用した科学研究の革新と国際競争力強化を図ろうとしている。

なお、現時点(講演当日)において、国の令和9年度概算要求額は公表されていないが、文科省は「AI for Science」の来年度の当初予算として、約3800億円(本年度の当初予算額の約7倍)を概算要求するとの報道がなされたところ。

日米Genesis Mission -AIfS連携

2025年11月、米国トランプ大統領は大統領令に署名し、世界で最も強力な科学プラットフォームを構築するための国家的なイニシアチブ「Genesis Mission」を正式に開始した。同ミッションは、10年以内に米国の研究・イノベーションの生産性とインパクトを倍増させることを目標としている。戦略の中核は、エネルギー省(DOE)が保有する世界最高水準のスーパーコンピューター群、AIシステム、基盤モデル、科学データへの研究者アクセスを拡大し、AIを活用した科学研究を加速することにある。

2026年7月にはGenesis Mission Summitが開催され、小児がん治療、慢性疾患の原因解明、生物脅威の早期検知、宇宙研究など33の重点科学技術課題が示された。

日本は2026年1月に参画を表明し、6月には初の国際パートナーとして日米協力に関する10億ドル規模の戦略的投資についての合意を発表した。栗原氏自身も、2026年3月の日米首脳会談や、6月の両国間署名の場に同席するなど、一連の日米AI for Science協力の政策形成・調整の実務に携わっており、特に大きな意義を持つのは、両国の研究者が相手国の計算資源を自国研究者と同等の条件で利用できる枠組みが盛り込まれたことである。7月のGenesis Mission Summitでは、外国政府の中で日本が特に大きく取り上げられ、山田大使が登壇するなど、AIを成長戦略の中核に据える日本と米国の方向性の一致や、今後の研究協力強化への高い期待が示された。

日本とアジア・太平洋のさらなる連携へ

AI for Science時代において、日本が国際競争力を維持・強化するためには、アジア太平洋地域との連携が不可欠である。日本の研究開発投資やGDP成長は過去20年で伸びが限定的である一方、中国や韓国、インドは急速に発展し、研究論文数やAI研究力でも存在感を高めている。AIそのものの研究力では米国と中国が主導する一方、科学研究へのAI活用度では、インド、韓国、中国等アジア諸国が高く、日本は相対的に順位を下げている。

アジア諸国には豊富な人材基盤、即ち、高い起業家精神、強い学習意欲、国際志向を持つ若い人材層が存在し、インド、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどでは自己研鑽やグローバルキャリアへの意欲が高く、日本にない強みとなっている。また、中国やインドを中心とするアジアは今後世界の中間所得層と市場の中心となり、科学技術やイノベーションの重心もアジアへ移ると予測されている。特にインドについては、2026年4月にムンバイで開催された第1回日印AI戦略対話に栗原氏自身も日本政府代表団の一員として参加しており、AI人材、基盤モデル、デジタル公共基盤、産業協力、第三国展開など幅広い議論が行われた。従来の技術供与の対象という関係から、互いの強みを持ち寄る対等なAI・研究開発パートナーへと、日印関係が変化していることが強調された。

こうした環境変化の中で、AI for Scienceは単なる研究支援ツールではなく、研究開発サイクルそのものを変革する基盤技術である。従来の国際共同研究のように研究者や大学同士を結ぶだけではなく、計算資源、研究データ、科学基盤モデル、自律・自動実験設備などを相互接続し、国境を越えて新時代の研究エコシステムそのものを繋ぐ新たな国際協力へ移行しつつある。

日本は世界有数の研究施設、高品質な研究データ、材料・製造技術、医療データ、部品素材産業など独自の強みを持つ。これらをアジア・太平洋諸国の豊富な人材や成長市場、社会課題と結び付けることで、大きな相乗効果が期待できる。政府は日米Genesis Missionや日印AI協力などを通じ、この新たな国際連携を推進している。

AI for Scienceを共通言語として、日本とアジア・太平洋地域が互いの強みを持ち寄り、科学的発見とイノベーションを共同で創出する「共創」の体制構築が今後の重要な方向性である。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 安 順花)


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